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Dr.ギルモ②

 微妙に突っかかってくるロレアの回復魔術のおかげで徐々に引いてきた腫れは視界の改善をもたらせた。麻痺は変わらないままだがすべてにおいて介護されていた時より幾分かマシである。

 段差前にいちいち声を掛けられなくても昇降時構えられるのは本当に大きいものだなと両脇を支えられて廊下を進むアルマは感じていた。

 廊下ですれ違うメイド達から乾燥までかけてしまいますねと断られたのを短く了承で返しながら進めば魔の森に行く前に通された広めの応接室のドアまでやっと辿りついた。

 開けられたドアを横になって潜れば「ようやく来たか」と聞きなれない声が耳に入ってきた為思わず動かしにくい視線を巡らせ内部を探る。


「なんだ風呂には入っちまったのか」

「アンタに任せていたら老若男女問わず全裸に剥かれるからね」

 完全にアウトな発言にぎょっとしている間もなく後ろをついてきたピーンナがドアを閉めながら返した。

 言葉尻が鋭く敵意を持っているのが初見でも解るほどでピリついた空気に怯えるも、周りは慣れたものだとばかりにソファーを薦めてくるので腰を曲げ全体重を両側のメイド達に預けた。介護を終えたメイドが頭を下げ消えていくのを縮こまりながら見送る。


「お前ら人間は揃いも揃って後から「別の箇所も怪我しているのを思い出した」とか言ってくるんだ、最初から俺が全部調べた方が早いだろうが」

「戦闘後の痛覚麻痺状態のときに内部損傷とかわかるわけないでしょ!視るにしろ素っ裸じゃなくて布の一枚でも寄越しなさいよデリカシーなし男!」

「相当自分の身体に自信がお有りのようで?」


 グギイイイィィと唸る声と歯軋りをする音が隣から響く。

 アルマが口をはさめずにいるとピーンナの歯軋りを区切りとして鼻で笑い飛ばしたボサボサ頭の長髪男がこちらへと向き直った。


「あー、スライムの体液だったか?どこまで浴びた?」

 普通のスライムより強めの麻痺毒だなとボソボソ呟きながら浮かすことの出来ない腕を両方とも前に突き出した状態で捕られ、手の平から腕、脇へと布を捲っていく。

 思わず手錠をかけられているようなポーズだなと思考を彼方へ飛ばした。


 ピーンナさんがキレるのもわかる気がする。自己紹介すらない。

 マイペースなのだ、このわかめ男は。

 こちらの体に触れるのに了承の一つも確認しないところ等もはや感心するしかない。風呂場であいつだけはイヤだと騒いでいたのを鑑みるに恐らく他の医者はそんなことはないのだろう。若い女の子はそりゃあ嫌がるはずだ。


 ……ではなぜ女だけの患者を診るのに呼ばれたか。優秀だからの一言に尽きるのだろう。諦めた方が無難だ。


 泥を浴びたりしたときに口の中に入った物を吐き捨てすぐに拭ったので比較的麻痺度は軽いが虫歯を治療したときのような違和感はある。

 なんらかの返答を求められたところで長く喋っても言葉にならないのなら意味がないなと身を委ねた。

 この歳頃の、女性なら特に抵抗するであろうきわどい部分にも……と言うかほぼ毟り取られて布っ切れとなっている病人服の肩部分を横からたくし上げるように押さえつけ喚いているピーンナさんには悪いがアルマ自身はすでに諦念したので「見られたところでなぁ……」という考えしかもはや出ない。


 通路を作るために使わせてもらったからとお礼として貰い魂を結び付けられ己が動かしているとは言え、リピズスモデルの人造体なのだ。自分の元の体ならまだしも羞恥の感情は薄い。

 スタイルも前より全然いいし若いので恥ずかしさがそれほど沸かないのだ。

 露出狂の気が芽吹いたとかそういうものではないのはどうか特筆させていただきたい。



 トイレとか行くのに介護されるのは流石に羞恥心が顔をのぞかせてくるので早めに麻痺解いてほしいなぁとぼんやり脳裏で主張する。まあ声には出していないので伝わることはないが。


 ピーンナに「ギルモ!」と叫ばれた男は対峙した患者が自分に体重を預け委ねたことに驚いた。ミランダから事前に効いたところでは20だという話だったがこれではまるで性別の自認できていない子供である。

 多少なりとも抵抗されるのが常だった為珍しさに思わず動きを止めてしまった。


 脱がしかけた服をいつもつっかかってくるメイドが肩を巻き込んで抑えているのをいいことに、当人から預けられた体重をそちらに放り出し小型の明かりを胸元から取り出し瞼を無理やり開ける。

 麻痺を解除していないが反射運動で閉じようと試みている瞼に呼吸に紛れさせて静かに息をついた。ただただ身を任せただけだったらしい。

 目の前の患者は羞恥が人より薄いのだろうと勝手に納得しライトを胸ポケットに戻すとそのまま顔の診察を始めた。


「おいピーンナ、ロレアがいたな?腫れの引いた跡がある」

「……だから?」

「あいつの処置は非効率的だからやめろと言っただろ」


 そもそもロレアの回復魔術は負傷を治めるものだ。

 外傷系じゃないなら固有スキル等によって状態異常を起こした場合、外傷だけを回復させるのは遅延にしかならない。

 進行性の毒や火傷だった場合は自分のような医者が来るまでの繋ぎにはなるが、微弱な酸と麻痺だとわかってるのにやるのは意味がないし傷を閉じられたらまた開かなくてはならなくなる。

 二重で医者にかかればその金を負担するのは誰だと思っているんだ?

 どうせお前が手配したんだろう。無駄な魔力を消費させるな。

 有象無象はどうしてプロの言うことが聞けないんだ?ん?


 機関銃のように次々と言葉を溢れさせるギルモと呼ばれた男に思わず「その情報、メモしたかった……!」とアルマは言葉にせず嘆いた。次々と流れていく情報は半分も掬えなかった。

 ツンとそっぽを向いていたピーンナは終盤辺りでなんらかの地雷に引っかかったらしい。

 無視を決め込んでいた状態から一転、攻勢へと出てきた。


「ええ、ええ!貴方には理解出来ないでしょうね。肌に跡が残る悪夢を!」


 わざと丁寧な言葉遣いに直して蔑みの視線を送り足音を立てドアから出て行った彼女をおっかなびっくり硬直したままアルマは見送る。何せ未だ動けないので。

 傷一つ見当たらないが外見に何らかのコンプレックスがあるらしい彼女と、極限まで無駄を省きたい効率厨の片鱗を見せたギルモという男。

 そりゃあすこぶる相性が悪いだろうなと遠い目をしてしまった。


「跡が残るんですか?」

「……ロレアが外傷側を処置しちまったから出ん、麻痺を抜くのがめんどくさくなったが」

 達観したアルマの精神はギルモと二人っきりの気まずい空間をぶち壊すため「まあいろんな人がいるよねぇ……」とあえて呟き落とした。理不尽な罵倒は自分に向けられていなければスルー出来るように勤めた会社で調教されてしまっていたのである。


 これを人は処世術とも呼んだ。こうすることで一時的な罪悪感を犠牲に心の安寧を保つことが出来る。

 薄情にみえるがアルマは両手からこぼれることが確定している物をわざわざ抱えるような性格はしていなかったのである。主人公属性とは程遠い性格をしているのは自覚もしているのでそれについてはもはや葛藤することすらない。

 ……まあ裸は平気でも転生憑依した実質上位互換の外見を最速で傷物にされたくはなかったので、あとでピーンナにお礼を言おうとアルマは脳内ToDoリストへ記入した。



(この空気で糾弾でも無視でもなく、自分を肯定する人間がいるのか)


 アルマと共にピーンナを見送ったギルモは虚を衝かれたかのように口を半開きにして視線をドアから戻した。

 自分の所に運ばれてきた患者はほぼ全員が「がわにも気を遣え」とピーンナ側の意見を述べてきた。

 生きるか死ぬかの瀬戸際を何度も経験してきた同じ畑育ちなはずのミランダですら苦笑しつつ、最後は元娼婦(ピーンナ)の味方をする。



 ギルモは知らない。

 人生をほぼ医者として過ごし、好みを語るのに外見を必要としない性質だったが故に。

 傷物になった身体では稼ぎが地に落ちるどころか人として扱われることすら難しい彼女の世界を。


 ピーンナは知らない。

 生まれが貧民窟で親は娼婦、食い食われ騙し騙され、さまざまな悪事を手伝い毎日を死ぬ気で生き抜いてきたが故に。

 女の見た目を商品価値として値踏みしない男がこの世に存在することを。


 何故なら互いの世界を覗こうとするほどの関心がないので。



 ギルモは麻痺毒を被った表皮をじりじりと触診していく。

 触れた箇所から手が離れて行ってもひやりとした感覚が消えず身震いを一つするが、男にはそれすら捨て置かれた。


(こういう一つ一つの行動がピーンナさんは気にくわないんだろうな……)


 素肌をさらしたアルマがなすがままにされていれば、男は足元に置いたトランクから布に巻かれた器具を取り出した。

 麻痺毒というものがどんな処置をされる症状なのかわからないアルマはまさかこの場で身体を切り刻まれるのかと出てきたメスに喉を引きつらせる。流石に心の準備をしておきたい。

 かろうじて出すことの出来た「説明……!」という単語と患者の青を通り越し血の気の失せた真っ白な顔色に無視をすることが出来なくなったのか、はたまた一人で暴れることが出来ない現状を思い出したのか、ギルモは布から出されたカトラリーのごとく丁寧な手つきで並べていたのを止め口元に手をやって考え込む。


「……今まで山で生きてきて良く麻痺毒にかからなかったな?」

 ヘンマン領は盆地だから湿地帯もゴロゴロあるし何より森のワーム類は麻痺毒が主スキルだというのに、と誤魔化しきれないレベルまで頭を突っ込んで怪しがっているギルモに引き攣った口元から「はは……」と誤魔化しの笑い声が漏れる。


 輪廻転生だのリスポーンだのが常識としてある世界ならまだ取り繕いようがあるが、死霊魔術師がいないせいで魂があの世に贈られることなくこの世にとどまりモンスターと化す現実で「最近別の世界で死んでこの世界で生まれなおしました」なんて言えるわけもなく。

「強運が尽きたっぽいです」と震えを麻痺のせいにして答えた。

 ギルモはミランダやロッシのように騙されてやろうなんて気は微塵もなかったので胡乱げな表情で返したが暴ける材料もなかったのでフンと鼻を鳴らし続ける。



 スライムの麻痺毒は加減なく体内に浸透していく。身体が動けないのは筋組織か神経にまで浸透している状態だからだろう。

 ロレアが外傷を直していなければ荒れた核の表面から浸透させる方法もあったが内部に麻痺毒を閉じ込められた状態になった場合はもう体内で分解させた方が早いし傷口をあえて同じような状態にしたならば、処置後に無駄な口論時間が発生するのを否定できん。

「特に知識がない奴は医者の言うことを言い訳と言って聞かん」

 お前は動けないから求められた医者の義務として説明してやったが途中で暴れ出したら後遺症も覚悟しろとギルモは脅しにかかる。

 コクコクと微かに頷いて肯定を胃を伝えれば、脇に並べられていたメスなどの間から10本ほどの細長い針を取り、目の前で扇状に広げる。



「そういうわけだがやることは単純だ。面倒くさいし疲れるがこの針を差し込み俺の魔力を流し込み分解する」


(てっきり煌びやかなエフェクトの魔法を使うかと思ったんだけどな)

 サイラスの所での瘴気払いは吸い取り器という小型の魔道具だったし外傷回復の時は話をしていたせいでよく観察できていなかった。先ほどのロレアの回復魔術なんかそもそも瞼が腫れて視界不良で見ることすら叶わなかった。

 ようやくファンタジー染みた医療術が見られると思っていたのに針灸と低周波治療のような処置を施され、内心相当にがっかりしているアルマはぐでんとソファーへと身を沈めたのだった。

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