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Dr.ギルモ

 廃街と化した魔の森手前の瓦礫道からしばらく走り、丁度橋へと差し掛かったあたりで肌荒れがさらに乾燥して痒みが増してきたらしい。

 細かいことを気にしないたちなのか、己の前で腕をかきむしっていたアルマを宥め、前を先導していた兵士に声をかけ馬を止める。

 煮沸消毒をしていないが川の水で両目を洗わせる為降ろせば最後尾を走っていた兵士達が5人ほど護衛として分離することになったようで引き返してきた。

 尻に括られていた荷物から各々水筒を取り出し道中のアルマの為にと彼女の馬の鞍の穴に引っ提げ、ピーンナの得物と荷物、そしてアルマの濡れた服を分担して持ち待機する。

 血管が浮き出てきた眼球に、赤みが増して斑になりかけている顔面を洗い冷やすのを見て手ぬぐいを彼女の隣で介護するピーンナへと声をかけ投げる。タイミングを計らず投げた為最初の二枚は手でつかめたが残りはピーンナとアルマの上に落ちて行った。

 普段ならそれで髪型を乱されるのを嫌うピーンナは激怒するがアルマの状態が思っていたより酷いのか無視して彼女の前髪をあげて診察しているので兵士たちはミランダの腹心の怒号に構えていた身体の緊張を解き目配せをする。一人が首元を指でタップしミランダへと繋げた。



 先に帰還した部隊より15分ほど遅れて到着したピーンナ達を出迎えたミランダはギルドの職員と話したまま広場に向かってきた団体に向けて自分の屋敷を逆手で指さした。

 兵士たちを連れピーンナは街路を馬で駆け抜け高台に上る。

 入口で待ち構えていた使用人たちが湯の用意は出来ておりますと手綱をピーンナから受け取ると手袋をした手で両目を閉じているアルマを支えた。

 飛び降りたピーンナが声をかけアルマを二人がかりで引きずり下ろすと用意されていた台車に座らせ段差のない裏口をくぐりそのまま一直線に湯殿へと向かう。早足で進む内に腫れて両目が開かなくなっているアルマの周りにどんどん気配が増えていった。


「開けてはおりませんが着替えの為トランクを運ばせていただきましたのでご容赦ください」

「お医者様の方もお呼びしておりますからまずはピーンナと共に洗い流してしまいましょう」

「濡れた服は受け取って今洗濯をさせております」

 次々と投げかけられるが現状視界ゼロのアルマは一つ一つの情報を処理しきれずに「お任せします」と麻痺しかけている唇を動かし返答した。

 その後も細やかな報告などを頭上で交わしている音をぼんやりと聞いていれば角を曲がったところで湿度の高くなった部屋に入ったことに気づく。アルマはおそらくここが風呂場なのだろうと予測を立てた。

 体感で数メートルほど進んだのちに台車が止められ、ピーンナの声で私も処理しなくちゃならないのでよろしくとメイド達にアルマを任せ離れていったのを何となく感じ取り、自分もピーンナから借りている服を脱ごうと関節を曲げた。


「アルマ様、暴れず我々にお任せください」

「というよりそれ以上むやみやたらと擦って肌荒れを悪化させぬようにお願いします。そこのピーンナもよ」

 ぐるりと首を回して逃げたピーンナに向けて言い放った女に「私は一時間程度だし少ししか触ってないから平気だわ」と鼻で笑い飛ばす。

 目を瞑って肌を擦らないよう背中のリボンを持ち上げられ半ば解体されるような形でひん剥かれているアルマの背後で行われてる問答にちょうど入ってきたらしい女が笑った。

「ドクター・ギルモを呼んだから存分に暴れなさいな」

「嘘でしょロレア!」

 あいつこの間もミランダ様の顰蹙を買っていたのにと叫んだピーンナの元へと周辺の気配がいくつか向かっていく。

 おばさんに足を浸かってた人間が今更か……と羞恥することすら諦め虚脱し全てを任せたアルマはかけ湯されこびり付いた泥とスライムの体液をオトされる傍ら、瞼の裏でその喧噪を聞き流した。

 運ばれていく身体の痒さをやり過ごしながら何度も湯をかけられ流されている間に観念したのかピーンナがぶすりとした唸り声をあげながら入って来、続いてロレアと呼ばれていた女の声がぼわりと湯殿に響いた。

 触診されながらつらつらと重ねられていく単語は意味があるのだろうが脳裏に入っては来ない。

 言葉を読み取るためには視覚も必要なんだなぁとぼんやり考えていれば、刺激に対し過敏になっていた肌がかかけられる粘度の高い湯でコーティングされたのか痒みが和らいできた。我慢するため無意識に噛みしめていたらしい奥歯に気づいて圧迫から解放し、その違和感を取り除こうと顎を動かした。地味に痛い。


 かけ湯から二人係で持ち上げられた。

 盲目の人って介護されているときにいつもこんな怖い気持ちになっているのだろうかと慣れない状況に身体を硬直させるも声を掛けられつま先から順にかけ湯をされながら沈められていく。

 胸元まで浸らせて下にクッションのようなものを敷かれ頭をそろりと落とされる。

 ごわごわしてしまった髪を綺麗に洗われるが、伸ばした足元にじっと立ち竦んでいる気配がある。

 ピーンナは未だ向こうで騒いでいるので違うのだろうが、何をするでもなくただそこにいるというのはどうにも不可解だ。

 一応仕事をしに来てるのでマッサージしてほしいとかそういうことはないし、むしろここまで至れり尽くせりなのにさらにサービスを強請るとかそういった真似をしたくもない。様子を見えればこれほど気持ち悪さを覚えないのだろう。

 まあ現在のアルマは瞼が腫れてて視界不良なので疑問を解消する為には問うしかないのである。


「足元の方は何を……?」

 腫れぼったくなっている口元がうまく動いていたかわからないが「回復魔法です」と答えられたのでおそらく発音は比較的しっかりしているらしい。倒れた時とかに泥水を飲んでたら腫れて声が出なかったんだろうかとあったかもしれない不自由な未来を思い浮かべ小さく震えた。湯冷めかと肩にかけ湯をされてしまった。



 髪を洗われた後に顔まで浸かるように言われ戸惑っていれば「頭皮も乾燥し始めてますのでそのうち禿げますね」なんて脅されてしまい従わざるを得なくなってしまった。

 リピズスさんと同じ顔で……と言うかこの外見年齢で禿るのはまずい。

 スライムと泥に触れまくっていた四肢のダメージが一番大きく鼻をつまむために肘を曲げることが出来ないので前屈体勢で10秒単位で持ち上げてもらう。

 沈められている数秒の間に後頭部へとかけ湯をされることを繰り返し、ようやく許可をもらったので風呂から上がった。

 タオルで拭われてるうちにうっすらと腫れが引いたのか薄目を開けることが出来た為に麻痺も治ったかと考えたのだが手足は動かないままだった。かろうじて喃語交じりで話しかける事のできる口を動かす。

「ロレアさん、回復魔術って麻痺は……?」

「麻痺だけ聞きとれたわ、自己原因の神経障害ならともかく魔物のスキルによるものは専門の医者が必要なのは割と知られてることだと思うんだけれど……」


 ヘマしたのは明確だった。薄目なのをいいことに視線を右往左往させ答えに戸惑っていればぶすくれたピーンナが湯殿から割り込んできてくれた。

「アルマさんはずっと山で修行してたらしいのよ。ポタムイ街長からは「物知らずで失礼を働くかと思いますが……」なんて依頼書の脇に伝言されたわ」


(ロッシさん言い方ァ……!)


 その通りに申請したしこのままイメージ定着させておいた方が今後楽なのはわかってるんだけども。

 あの人普段私のことをそういう風に考えていたのだろうか。普通にショックなんだが……?

 あからさまにテンションを下げたアルマだったが元々表情筋が仕事をするタイプでもなく、さらに呪いのように解呪しないといけないらしい麻痺も重なりそのことに気づく人間はこの場にはいなかったのであった。


「なるほどねぇ」

 こちらにつつっと視線を寄越したロレアというウェーブがかった髪をひっつめた女に居心地の悪い思いを抱く。言動にしてしまえば治療を快く引き受けてもらえなくなりそうなので思うだけであるが。

 魔術師と同じくその辺で簡単に見つからないようなスキルのある人間はやはり立場が強いものだ。少なくともロッシもおらずアウェーな土地で他に伝手を持たないアルマにとっては。


「まあミランダ様が何年もかけて手すら出せなかったような魔物に一人で向かって行ったらそれなりに傷を負うのかもね」

 たとえ山中で負傷しない無敵を誇っているような人物であっても……と口には出さずに続けられた侮蔑を察したが、見た目相応の若者であるならまだしも残念ながらアルマはそれなりに揉まれ時には溺れかけて生きてきた。人間経験30年ほどの経験を積んだ精神は反発することを放棄し右から左へと受け流した。


 都合がいいのでへらへらと笑って見せるアルマにロレアは嘲笑を引っ込ませた。

 今でこそそれなりに戦えない人間も在住し栄えているが、元々ヘンマン領は帝国内で最も未開の地とされていた。

 火竜によって統率され狩りを行うようなレベルの高い魔物が多く生息していたこの地は、冒険者が己の名声と夢を追いかけ人生の終着点として集まって出来ていたし、その伝統は子々孫々と受け継がれているのでほとんどの人間が有事の際に戦える。

 そういった理由で、ヘンマン領の最重要防衛拠点として先祖、または己に矜持を持するザルートルの人間ではまず見られないアルマの反応に一切の嘲笑をやめて恐ろしいものを見たかのような表情を一瞬だけ表に出した。

 振り返ることすら億劫だろう彼女の腫れた目がその微妙な表情の変化を見つけることができるとは思わないが見つからないことに越したことはないのですぐに引っ込めたが。


 先ほどまでの会話内容は飽きたとばかりにロレアは「……ふぅん、そかそか」なんて返し、手を取り病人服のようなダボついたワンピースの袖を通させる。

 風呂に入る前まで着ていたピーンナの服も足跡のように零れ落ちていた乾燥した泥の塊も、そしてここに運ばれる為に使用された台車もすでに回収が終わっているらしく脱衣所の床は綺麗になっていた。

 靴も共に回収されているので代わりの物を用意してくれたらしい。いつの間にか足のサイズを測られていたらしく新品の黒のブーティに足を持たれて突っ込まれた。


「その靴は私からのプレゼント」

 隣で麻痺を起こしていないピーンナが背中のリボンを自分で器用に結びながら言う。

 先ほどの戦闘でお洒落な装備より機能性重視と考え直してしまったアルマにはその高そうな光沢を拒否する。

 自分が履いていたグリーブブーツよりヒールが高いのに存外立ちやすいがそれはそれ、これはこれである。何よりもらった所でポタムイで履いたら浮くのは明確だった。

 仕事の報酬出もない物をもらうことは出来ないしこの高価そうな靴を買える金も持ってきていないと理由を並べ立てれば面白そうにピーンナは笑った。


「浮くことが心配なら問題ないわよ」

 だって脅威が消えたのだもの。暗に火竜の討伐の件を述べたピーンナにアルマは半信半疑であったが、結局買いに行くにしてもそこへ行く為の履くものがないことにようやく気付き押し付けられた靴はありがたく頂戴することにしたのであった。

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