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魔の森⑥

「……時間だわ」

 魔術師の道中の護衛と運搬を担当していたピーンナが尻のポーチから時間を知らせるだけの魔道具を確認して呟いた。

 動きのおかしい魔物の様子に幾度も不安になったがミランダに念を押された為担当場所でじっと時が過ぎるのを待っていたので、余計に心配になり森をかけるスピードは上がる。


 待ち合わせ場所である地点へと近づくにつれピーンナは魔物が点々と地面に伏している数が増えているのに気づいていた。

 普通ならば生物の食料となる死骸、生命力やエネルギー源となる魔石、長い年月をかけてアンデッドに変化する魂の3つに分かれてこの地に残るのだが、この森では今までずっと死骸も魔石もいつの間にか消えていたのだからやはり現状の違和感は大きい。

 駆ける馬上からの観察なので詳しいことは判別つかないが魔力の使われた形跡はないので魔術師の少女が手を下したのではないのだろうが……。

 それにまだ違和感はある。自分たちがこれほどの数の魔物を沼地へと通すだろうか。

 魔術師の少女のあのどんくささでを見ていて……考えたくはないのだが、手を抜いていた奴がいるのならば酸を飛ばすだけで動きの鈍いスライム相手とはいえ軽傷は免れないだろう。まあ、まずは負傷具合の確認だな。


 森を駆けながら片手で応急救命具を取り出し準備をしておく。ギルドまで帰れば魔導士は数人いるがそれまでは我慢してもらうしかないのだ。揺れる馬で移動するので出来ることはやってから集合するべきだと考えたのである。



 沼の淵へたどり着き、即アルマの姿を探したピーンナの予想は外れた。

 彼女が立って待っていると思われた沼の淵には彼女が身に着けていた黒いローブが転がっていたのである。

 ローブだけならばまだ良かったのだが……、その下に不自然な膨らみが埋まっているように見え、しかしその塊はピクリとも動かない。

 それなのに沼の中央付近に全身に泥を纏い蠢くものが見えていた。こちらには背を向けているようだが人にしては背が小さい。まさか沼の中でしゃがまないだろうし。

 実際はそのまさかだったのだがアルマの外見年齢で泥遊びをしていたとかいう常識を疑うような行動はピーンナには予測できなかった。彼女の脳裏ではローブの下で息絶えている大きな肉塊があった。


 だからこれは依頼先であるかの魔術師の姿がピーンナの視界内に映らなかったからの行動であったのである。


 最悪なことが起きたらしいとピーンナは一瞬で判断を下した。

 近くに集まっているであろう兵たちを誰でも良いので緊急招集するためポーチの中から引っ張り出し筒の紐を引き抜く。

 そして誰が召喚されたのかを確認する間もなく獲物を構え泥沼へと突っ込んでいく。魔術師の死体は一般人より強大な魔石を吐くのだ。増殖を止めるだけのバランス対策では追い付かなくなった可能性がある。今までの魔の森への遠征で物理が聞かないと分かった上でここで仕留めなければならなくなってしまった。


 ばしゃりと沼地にたてられた飛沫の音でこちらに気づいた対象Xがぐわりと動きその身体を起こした。

 対象の動きに注視しつつ、ところどころに浮かんだ毛皮のようなものをいくつも避ければ目標がずれるのは必至だった。

 無理な体勢で何とか馬上からの攻撃を成功させようと身体を捻ったピーンナの剣を金属が受け止める。

「ピーンナ、よく見ろ!」

 アルマに渡されていたものと違い一般流通している召喚筒で運良く対象に選ばれ、一瞬で状況を呑み込んだのち泥にまみれしゃがみ込んでいたアルマとの間にハルバートを滑り込ませてきたのはミランダだった。


 どしゃり、と。

 ピーンナから剣を向けられていたことに三拍くらい間をおいてから気づいたアルマが泥沼に尻を逆戻りさせる。

 髪も顔も余すところなく黒く染め上げられたそれが「ヒェッ……」等という引き攣ったような、おびえたような音を発する。声だ。確かに人間のものであった。



「……アルマさん!?」

 鬼気迫る形相を携えて馬で向かってきたことにビビっていたらしい彼女は、頭一つ分もない距離に己の持つ剣先が迫っていたことにようやく気付き今度は「ぎゃあ」と悲鳴を上げた。

 共に召集されていたらしい兵士数人がようやく追いつき「乱心か!?」とアルマの悲鳴にデュエットを始めるのを見てミランダは頭を抱えた。興奮を引きずっているのだろう。いくらか軍から引き抜いたとはいえ新兵だった彼らには死の伴う対人戦はまだ少ない。戦闘でひと段落済んだ後にすぐ切り替えられないところは別途訓練に取り入れての改善が必要だと悟った。

「アルマさん溶解液が混じっているのよそこ。とりあえず立てる?」

「て……手を貸して、いただけますか?」

 腰が抜けてと震える手を伸ばした少女にはどこまで行っても傲慢さは見えなかった。




 泥の主成分は水と土である。

 粘土やら有機物やら礫からさらに細かくされた砂やらといろいろなものが混じってはいるが、乾きかけを手で払った程度で落ちる物はほぼないと言いきれるだろう。

 さらにこの場にある泥は大量のスライムが生息していた沼の物だ。弱いとはいえ溶解液も混ざっているのは言わずもがな。

 沼の淵へ上がり即魔術師が擦ったらしい目と一緒に顔を兵士全員の水筒の水で洗い流させる。やはり粘膜は若干萎れて肌は軽く赤に色づいていた。


 頭からつま先までに視線を巡らせたミランダは全身泥塗れのアルマをもう一人の女であるピーンナとそれこそ国宝を前にした商人のように検分する。残りの水でうがいもさせたが帰ったら内臓にまで入り込んでいないか一度モンクスキルを持ったメイドに見せた方が良いだろう。パンツの裾を捲って足首の様子を確認していたピーンナも顔をあげた。

 緊急性の高い溶解はしていないようでひとまずは安心といったところか。

 しかし溶解液に浸った服で通信魔道具付きの高価な特殊馬鎧にそのまま乗せるわけにもいかないので脱がせて己のインナーでも着せるべきだとミランダは躊躇なく装備されている鎧に手をかけた。

 いくら兵士たちを少し先に行かせたからとはいえ唐突に始めたストリップに恥じらいの表情一つも浮かべない主人にピーンナは呆れて顔を覆った。

「ミランダ様、私のを着せますから貴方は脱がないでください」

「部下の追い剥ぎをするのはちょっと」

「頭が露出狂だと示しがつかないからやるなっつってんだ!」


 今までのしっかりとした口調を崩してそう叫んだピーンナの剣幕にすごすごと引き下がるミランダは「じゃあ……」とあまり乗り気ではない口ぶりで置いてけぼりにされたアルマを前に出す。

 分かればいいと口悪く言い捨て剣を鞘に納めたあと視線をアルマに移したピーンナは眉をひそめた。魔術師が手に持っている何かは絶えず蠢いていたのにここで気が付いたのであった。


「その泥の塊は?」

「寄生スライム?です。いや詳しくないので正式名称がわからないんですけども」

「は、ただのスライムじゃなくて!?」

「恐らくは……。詳しい報告は帰ってからします。一応契約通り間引きのつもりで動いてたんですけれど辺り一面のスライムを殲滅してしまったので。その、親個体を無力化出来たっぽいから生け捕りか処理かの意見を伺いたくて……」

 追いかけまわしててさっきようやく捕まえたところだったんですと、むんずっと独特な効果音の出そうな指の食い込んだ塊を二人の前に掲げた。


 先ほどから驚嘆したりキレたりと忙しいピーンナと違いミランダは追い剥ぎ発言の後は一言も発していない。

 口元に人差し指を添えて考え込むようにしているのでアルマはじっと反応を待った。

 寄生スライムと一時的に名付けられたそれは蠢いて逃げようとはしているが、触手を出していたゼリー体の穴を焼かれ塞がれているらしい。通常のスライムでも同じ総排泄腔や口の器官をもっているので子を成すことも食事をすることもできなくなってしまっているようだった。呼吸器官も塞き止められているからしばらくしたら窒息で死ぬだろう。

 そもそも軍部の研究所から逃げ出したものを生かしたまま保管して疑いがかけられる方が危険だ。私はともかく出自が良くないピーンナや素性が不明瞭なこの魔術師に不審な目が行くことは避けねばならない。

 土台を作る前に中央に連れていかれては堪らないのだ。


「そいつは燃やしてくれ、スライム一種が抜けた後の生態系保護はこちらの仕事だから心配するな」

 それよりも攻撃魔術以外効かず極短期で増殖し手に負えない種が進化している現状を放れば管理どころではなくなるのが目に見えている……と、さもそれ以外の理由はありませんとばかりに告げれば了解したとつかんでいたスライムを地面に落とし、足元のそれに人差し指を向けた。



 水分が多分に含まれていて燃えにくいゼリー体だが内臓は別だ。

 火が通りやすい粘菌のような姿をした内臓を赤く走り一瞬で灰色に染め上げていく。

 戦闘時何度も火に当たって外殻の体積を蒸発させているものの元の大きさが大きさな為にそれなりに時間はかかった。


 1分ほどでようやく深部に到達したらしい。ピーンナの服を上下借りてボタンを留めている最中に魔石がスライムの体から飛び出し沼に落ちた。触手の穴を防がれているために内部で水蒸気爆発が起こったためである。

 爆破音にビビるもアルマ以外の二人は予測出来ていたらしく、ピーンナは肌着の上に鎧が噛まないよう革装備を着なおす手を止めなかったし、ミランダに至っては爆発に対処できないだろうと予測してアルマの目の前にさりげなく移動し盾となった。


 プレートに撥ねた泥やゼリー体の構成物を指で払い落す。

 スライムの体液は何も混ざっていないので泥よりは強い酸だが防酸処理をしっかり施されている鎧は物ともしない。

 付着した液体を指で払い落すと沼の中に沈んだ魔石を手に戻ってきた。



「すまない、魔石は鑑定して同等の物かそれ相応の金銭などの対価で支払うから回収させてもらえないだろうか」

「良いですよ。ポタムイでは毎回職員ついてくるし鑑定後一旦渡すことになっていたんですけどここだと違うんですね」

「ん?…………あぁ。まあ、魔の森では今まで魔石が回収できなかったから調査しておきたいんだ、今手持無沙汰な奴らがその辺の簡易調査をしてくれているはずだ」

 不自然な間を開けて返事を返したミランダに気づかず、アルマは魔石がちゃんと回収できるようになるといいですねと笑った。


 エネルギーパックの役割をする魔石という名の副産物が取れないとなれば魔物溢れる魔の森へ行くメリットがなくなるから依頼が消化されないなんてことになるだろうしなぁと、転生前にMMOでおいしくない依頼ばかりが残されていたのを見た時と同じようなしょっぱい顔をしながらローブの水気を絞る。

 これから一時間くらい馬に乗せてもらう手前、滴らせたままも水分の重みがさらにかかる様な事もなるべく避けるべきだし。

 弱い握力で必死に絞るのを見て時間がかかりそうだと感じたピーンナも手伝うべきだとアルマが脱いだ服に手をかけた。

 なるべく変な部分が皺にならないようにと一旦広げてローブに隠れていた全貌を視界に入れ、瞼を閉じる。

 隣でうなり声をあげながら雑巾を生成しているアルマを固めだけ開け見やり、もう一度瞼をおろしてから己が主人へと首を回した。


「……ミランダ様、帰ったら少しアルマさんを借りても?」

「言い出すと思った。魔石鑑定が終わったらいいよ、どっちにしろ帰ってからじゃないと医者も手配できない」

「わかりました。アルマさんそういうことで」

「えっ何が!?」

 全く聞いていなかった為いきなり話を振られて動揺を声に出したアルマに一瞬で絞り終えた服を手渡し半分しか絞れていないローブを滝生成器と変えた。

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