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魔の森③

 アルマが一人孤独にスライムの駆除作業をはじめてから一時間が経過した。


 数年でじわじわと広がり続けてきた沼から100メートルほどの距離を保ったまま戦闘を続けるザルートル軍もといミランダの私兵達は各々単騎で魔物を狩り続けていた。

 唯一の魔術師を沼へと向かう一本道に送り届けてすぐ持ち場に馬を走らせたピーンナは普段とは違う魔獣の動きに翻弄されることになった。

 己が主人の、武人ミランダによって鍛え上げられた戦闘スキルが、身体が、勘が違和感を感じているのだ。

 向かってくる魔物が好戦的なワーグの群れなのはいつも通りなのだが、その群れの中に弾にひっそりと違う魔物が混ざっているのである。

 ワーグを餌とする大型獣や逆に餌となる小型獣が共に行動しているのである。

 己らの存在には気づいているはずなのに、そのはぐれた魔物と幾許かのワーグは直線的に向かってきてはすり抜けようとしてくる。

 ピーンナは魔術師が近くにいる戦闘は初めてだったのだが、魔物に狙われやすいだのという話を聞いたことはない。ましてや己が魔物寄せの香を使っているのに無視して進もうとしてくるものなんて……。

 隙を伺う魔物をなんとか対処しているが、いつも以上の数に休憩をはさむ暇がなく自慢のスタミナが切れかけているのもまた事実である。


 足元の愛馬がすり抜けかけた魔物を一匹踏みつぶした。やはり奇妙だ。守りが固いとはいえいつもならとうに馬にも攻撃が向かっている。

 ザルートル私兵に支給されているのアーマーの首元を指でタップし騎士時代の街長の稼ぎを半分以上投入して作られた特殊な魔道具を発動させると主人であり指揮官であるミランダを呼び出す。

「ピーンナ、そっちも?」

「……その様子だとミランダ様が我々に黙っていたわけじゃなさそうですね」

 大体起きてる間は酒を摂取しているのでうっかり『魔術師は魔物に最優先で狙われる』だの『ワーグが他の種族の魔物を群れに引き入れたことがある』だのを伝え忘れたという線は消えた。

 大体言いたいことは伝わったらしく、若干不貞腐れた声色で違いますぅと返したミランダのすぐ近くで絶え間なく斬撃が肉を裂いている音が響いている。自分とは違い全然余裕そうだ。

 まだ彼女には追い付けないのかとため息を一つ吐き出し、己と通信先のミランダ二人の空気を強制的に変えると、ピーンナはアルマの『お願い』を勝手に破棄することになるが向かうべきだと進言する。己がそろそろ限界だということもあるが、それ以上に誰かがヘマをしてすり抜けを止められなかった場合にまともに騎乗もできない彼女が動きの速い魔物を複数同時に相手できるとは思えなかったのだ。護衛を付けるべきだとピーンナは考えた。


「ピーンナ、3項と12項復唱」

「……兵は報告を怠るべからず、召集されるまで持ち場を離れるべからず」

「そういうことです。何より今回の獲物は我々が行ったところで肉壁になるだけで攻撃できない。彼女は軍人教育を受けてないから動ける場合は確実に肉壁の助けに入る。今のあなたのように考えて」

 ミランダの言葉にピーンナは口を噤む。騎士団の経験がある彼女の言葉は素人のピーンナより正しい。だが……。

「クラッカーは渡したんだろう?なら信じてやりなさい」

 ああそうだ、足元に注意してねみんな。



 貫いたはずの死骸が消えていくのを目の端で捉えながら全員へと通信を切り替えていたミランダが膝下全てを守るグリーヴのつま先で己の相棒を蹴り上げる。

 柄尻についていた装飾が衝撃でがなり撓んだ長物が数十センチほど土から浮くとその手に吸い寄せられるかのように落ち、ミランダは柄尻近くを手に大きく振るう。

 遠心力を乗せた金属によって頭蓋骨を粉砕された魔物が地に伏せか細い息をどうにか漏らしていたがそれもじきに止んだ。



「ほんとは私だってあの子が一人でできるか不安だし行ってあげたいんだけどさぁ」

 カチリと通信を切ってため息を一つこぼすとミランダは少し離れた場所から隙を伺っていた魔獣を太腿に隠していたナイフを投擲し足を地面に縫い付けた。

 馬から降りその場で叩き潰した魔物の体液が滴る相棒を振るい飛ばしている間、背に乗せた重しの亡くなった馬がナイフから抜け出そうと藻掻いている魔獣の骨を砕きに行った。

 彼女は騎士時代に一心同体一蓮托生で過ごしてきた己の愛馬だった。騎士をやめるときに置いてきたのだが後日ボロボロになった馬引きと同じく傷を作っている騎士団員数名が扱いきれないから買い取ってくれと泣きついてきた馬である。

 よくよく思い出せば彼女は自分しか背に乗せなかったのだが当時慌ただしくなってすっかりそのことを忘れてしまっていた。その時のことを思い出してはたまに気まぐれを起こしては困らせてくるが、戦闘中は誰よりも……我こそがミランダの一番の部下であると自負しているピーンナより勝手に動いて力になってくれる。

 このように慈悲をかけず渾身で一息に。


 馬の堅い蹄跡を刻むかのように狭い範囲で穴をあけた肉塊からでろりと脳髄が地に落ちていく。

 今回の間引き戦は今までに類を見ないほどの魔物が自分たちというよりは魔術師のいる沼へと飛び出してきた。

 己は一匹も逃していないはずなので自分たちが立ち去った後出てきた魔物に食われるか森の栄養となるまでは築き上げた死体の山で森が溢れかえるかと思われたが戦闘を終え振り返ると沼地ではない場所のはずなのに地面の中へと潜り込んでいってしまう。

 帰りに魔石を拾って帰ろうにもカケラすら残らずきれいに土中にご案内されて行っているようだった。


 街長になったときにザルートルの私兵分しか発注しなかった特注のプレートアーマーの首元を爪ではじく。

 飛び出した細い棒を頭頂部近くまで伸ばし少し首を傾けると棒とともに飛び出していた小さな突起をプレートの中へと押し込んだ。


「卿、例の魔術師から聞いてみたけどポタムイは水源に動きは見られないそうだよ。精霊の泉の水量はどうだい?」

「……芳しくないな、アージエから≪説明役≫を寄越した。こっちが行く方が早いがなにせこの身体なものでな」

「卿の身体に関しては向こうも解ってるはずだ、どうせサイラスだろう?」

「それ以外に適役がいるのか?」

「使用人は比較的……いやなんでもないよ。アージエにはうちのピーンナみたいなのはいないんだったね」

 サイラスがあれで親の傀儡から抜け出せたらいいんだがな。

 苦笑する女のアーマーに魔物の攻撃を受けたらしき甲高い音と風切り音が大きくなっていくのに気づき、気を使って通信はもう切った方がいいかと問う男にミランダはまだそのままでと返す。


「続けよう、魔術師の娘は無事か?」

「私たちの攻撃が続いてる間は無事でしょ、地表にいるスライムは副産物なのよね」

「……流石に数年かけた調査で見当がついているのは理解した、最近のは火竜の消滅の影響か?」

「どうだろう、帝国地下の研究所から持ち出された可能性もあるわ。卿は中央地下研究所の寄生スライムってご存じ?」

「なるほど変異体か、お前と魔法武器持ちのザルートル兵が手も足も出ないわけだ」


 数年かけてじわじわと広がってきた沼はここひと月で倍以上の速度で縄張りを広げ続けていた。

 まだ幼く、沼が完成されておらずに地表に身体の一部が露出していた時何度か相見え、そして切れば増え、子を生み出すスピードがあがることに気づいてミランダは魔術師の派遣を領主であるヘンマン卿に相談したのであった。

 ここまで沼が大きくなる前に沼を作り出していた原因の変異体を討伐できればもっと楽に終わったのだが、かといって領外の適当な魔術師に頼めば情報を握られ不利になる、精査して通った者でなければならなかったのも手伝い数年間遅々として討伐が進まない。そのうちに変異し完全に寄生体へと変異してしまった。


 命あるものは皆死ねばアンデッドになる。

 何十年も生き抜いた下位アンデッドはハイモンスターへと進化し生者に食われにくくなるが、たいていの物は魔物の餌であるオーブで死後の一生を終える。そしてオーブを食べてきた魔物はハイモンスターと化したアンデッドに食われる。それをさらに高位の魔物が喰らい……。そうやって世界は回ってきた。

 アンデッドには魔石を出力元としている魔法武器では手に負えず攻撃魔術しか効かなくなるのに、それを統率する高位の寄生スライム……魔の森の『( ブレーン)』までもが完成してしまうことは避けたかったのだ。己の手足となる兵を効率的に育てるような司令塔をだ。だからこそ生態系を壊さないよう管理してやりすごしてきたのである。

 なんとか間引きのみを行い自分たちが手も足も出ないアンデッドだけにならないよう、生態系を壊さないよう。

 文字通り針の上を歩くかのようなバランスをミランダは秘密裏に保ってきた。


 ただでさえ己らが特別であるからとふっかけてくる魔術師ばかりなのにそんな事情まで知られてしまえば足元を見られ運営が成り立たなくなる。

 そこに降って湧いたような魔術師の登場と領内定住宣言、帝国内にいてミランダを知らない無知さ、かけらも見せない魔術師特有の傲慢さ、魔術師という特異な立ち位置でも場を弁え詮索してこない誠実さ。条件がここまで揃うことはもうないだろう。



 アルマという魔術師の冒険者登録の通達が送られてきた瞬間に即通信で知らされ、ピーンナとともに素性を調べまくったせいでぎりぎりの呼び出しとなってしまったので最終的に依頼を対面式で行い決定しようと決めていた。

 結局素性は何もわからなかったがロッシの中央に向けた報告書を特権で横流ししてもらい盗み見、確かに魔術師であることだけは確認した。

 根は素直なのだろう。傲慢さというものは割と言動ににじみ出るものだがその兆候は見られなかった。ただ腹の中で考えていることを表面に出さない程度の取り繕いは自然とできる人物だとも感じてしまった。だからミランダは話し合い中は余計な情報を与えないように間引きとだけ伝えることを決めたのである。


 自分たちがこうやって手足の間引きをしていれば最終的には魔術師を排除しようと沼から本体が出てくるだろう。

 使い捨ての召喚筒を預け手に負えないようなら呼ぶようにピーンナが伝えたはずだ。見た目はいつも兵に持たせている備品に似せているが実はミランダのみに指定している特殊転移筒であるのは誰にも伝えていない。手足を削ぎ続けなければならないし防戦のみというものは実は攻撃より難しいのだ。だから全員を呼ばず一番戦力のある己一つでいい。


 腹心であるピーンナも依頼先の魔術師の少女までもを騙したミランダは何枚も重ね着して隠れた己の豊満な胸に武器を振り回している逆の手を当てる。誠実でありたかったと二人に心の中で小さく懺悔をした。ミランダが腹を括るときにいつもする癖であった。

 これで対面しても謝ることはない。遥か昔、騎士時代に公に捧げた彼女が守るものは己のプライドではないので。



「ミランダ・ホーネット、そっちは今日で終わるな?」

「終わらせますとも。アージエの出方次第では派兵にも応答できますよ。生者、特に人ならば物理も効きますからね」

 彼、サイラスに手をかけるのは心痛みますが不可侵であるはずの水を止めた者がいるならば相応の覚悟はしているでしょう。

 弧を描く口元に釣られることなくアージエの方面を見つめたミランダの目は笑っていなかった。

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