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魔の森②

 ワーグ制圧戦にて見事な連携術と圧倒的な力量差を見せつけられたアルマは木々の奥へと消えるピーンナの背を身震いしつつ見送る。彼らの武器が今のところ自分に向くことはないとわかっていても怖いものは怖い。

 しっかりこの仕事を終え領内の唯一の魔術師として優良な駒であると評価を受けねばならないと正しく理解した。

 受け取った円筒状のクラッカーを素早くポーチにしまい先に見ていた魔物図鑑のページを思い浮かべる。

 ゲームで固定化されたイメージとは違い柔らかい透明のゼリー状ではなく脈打つ粘菌のような内蔵が体中に這っているらしく、イラストで見るだけでも中々いい見た目とは言えないものであった。

 そもそも外殻であるゼリー体も平たいというよりかはアメーバ状らしく生物とカウントしていいのかすら危うい。

 死霊魔術が効くかなんて誰にも聞けないし、かといってどんな魔術が効くのかを尋ねれば評価は下がるだろう。


「常識ゼロから詰め込まないといけないの地味にきついな……」

 荷物になる魔物図鑑もいずれ必需品から外したいし、魔術の勉強もしておきたい。

 なんだかんだで遠征ツアー行く前もちょくちょく依頼で拘束されてたし……。すでにまとまった休みが欲しくなっている。やることリストの消化が追い付かない。


 ぐちゃりと不快な音が足元からし始める。沈むつま先を確認し沼の淵に到着したのだと理解した。あまり汚れたくないのだがそうも言ってられないので一歩ずつ静かに沈めていく。

 足をあげるたびにびちゃりと撥ねるのでローブをたくし上げポーチのベルトも胸の下に移動してなるべく下半身を身軽にした。端から見たら醜い外見だろうがどうせだれも見ていないのだと開き直りつつ。

 普通の森と違い視界があまりにもすっきりとしたここならば木々の間を飛ぶこともできるだろうが、いくらファンタジーでゲームの世界っぽいからと言ってもそもそもそんなスキルがこの世界にあるかもわからないし習得できるかもわからない。ない物ねだりをしても仕方がないので後で大人しく水場を借りようと決め足を突っ込んだ。



 ふくらはぎ半ばまで沈み出したのでさらに慎重になり足元を見ながら進んでいけばようやく広く開けた場所に出る。

 葉の天井が高いために森特有の薄暗さは元々なかったが、その緑の天井に穴が開きまぶしい日光が泥濘に反射していてアルマは思わず目を瞑った。瞼の裏まで明るい。

 何度か瞬きして白みに慣れたので片手を額に当て目元に影を作りながら細く瞼を開ける。


「なんだこれ……」

 思わずアルマはそう零していた。

 巨木が他の場所と違いまばらに生えていたわけではなかった。

 泥の中に沈んだ巨木は根から腐りその直径が人間以上ある胴体を泥濘に横たえていたのだ。

 予期しない部分を長期にわたり水分に触れさせているからか、泥とはまた別の……元の赤褐色から黒へと変わってしまっている。そしてその丁度境目にびっしりと張り付いているのが。

「スライムちょっとグロすぎない?」


 出会うモンスターが人魂か、毒々しい色の植物か、血濡れの皮が剥がされて筋肉組織が丸見えになったような熊か。

「なまじ透明なせいで内部の脈が透かされまくってて潰れた内蔵にしか見えないのをスライムって言うのはちょっと……」

 魔物図鑑がイラストだったせいで表現が柔らかく見えていたのだとはわかっていたけど流石にここまで完全に夢を壊されたとなれば悪態の一つもつきたくもなる。

 あまり見ていて気持ちのいい物でもなく、早く済ませようとカンテラを揺らすも脈打つスライムは全く変化が現れない。

(効かないじゃん……)

 ここにきてようやくそのことを知ったアルマはほっかむり状態のローブの中で思わず舌を打った。

 指先で出すよりかは目標と火力が安定するのでロッドを構えてスライムに向け火を放つ。こっちが効かなければもはや手も足も出ないのだけれどと胃に穴が開くかと思われるほどに瞬間的に膨大なストレスを抱えるも一体に火をつけた瞬間周囲のスライムが逃げまどい始めたのをみて行けると確信する。

 これは勝ったわと確信するアルマが次の個体にロッドを構えた瞬間にそれは起こった。


 スライムとは2メートル程離れていたはずのアルマの足元から人の指が伸びたのである。

 足をつかもうと泥の中で振りかぶったその指を避ける為に思わずあげた足のせいでバランスを崩し、頑なに汚れたくなかったアルマは泥濘に身体を埋める。

 ほっかむりにしていたおかげで顔にまで泥が撥ねていなかったものの起き上がり落としたロッドを急いで拾おうと上半身を起き上がらせたアルマ目掛け追撃とばかりに指が迫る。

 ロッドを探している暇がないと泥の中駆けてくるそれに向け指先を構え魔力を爆発させる。

 普段死霊魔術を使うときよりも遥かに吸い取られていく魔力に倦怠感を覚えつつも気力で立ち上がり他のスライムにも被弾させていく。

 のたうち回り泥濘から召喚してくる指を何度も無駄撃ちしながらも一つ残らず燃やす。

 慌てたせいか、元々か。

 ノーコンになったアルマがスライムが張り付いていた朽ちかけの巨木までを燃やし大炎上させるも、泥沼の範囲が大きかったおかげでその周りの木々までは被害を被らずに済んでいた。

 最後の指が燃えて黒く焦げていくのをロッドを見つけたアルマが拾い上げてから周囲を静かに観察する。

 朽ちる前、指先が腫れあがるかのように膨らんではバナナのように剥けた指の皮から小さなスライムが生み出されるも、それも魔力が練られたおかげで消えにくい火が包み泥濘に落ちる前に蒸発させていった。

 よくよく周りを見渡せば確かに突き出た指がバナナのように頂点から花開き、黒焦げで沼の表面に皮の先を垂らしていた。

 幸いだったのは目の前に広がるトラウマになりそうな画として映るモノが焦げ行くゼリー体と指だけだったことだろうか。肩で息をするアルマはこれで泥沼から人の顔まで浮かび上がったら気絶していたと眉間にしわを寄せる。

 まあ自分を襲った指は人のものにしては関節がいくつも存在していたし、そもそも爪があるべき場所もそんな堅そうな組織は見られなかったような気がするからスライムの触手か何かなのだろう。

 冷静になり始めた頭がようやく働き始め驚かされたにしてはひどい取り乱しかたをしてしまったことに悶絶した。

「猫だましもかくやって感じだったし……たぶん10人中12人はこうなるし……」

 仕方ないことだったのだと2人ほど満数に追加で連れてきては赤くなった頬を覚ますアルマが同じように木の根元に張り付いているスライムの軍勢を見つけ火を放つ。完全に照れ隠しである。


 低く唸りつつザブザブと泥濘を進む女の両サイドで煤けた棒と化していく指は完全に沈黙している。

 再び動き出す様子を見せないことに内心ほっとしつつ、間引きではなくほぼ殲滅状態になっているのに気づかないアルマは慣れてきたのかコントロールが良くなり無駄撃ちが減ってきていた。

 うごめきはするもののあまり移動する気配を見せないゼリー体と遅い掛かってきたり子供を産み落とそうとしている的の小さい指のような触手の2つを交互に処理しては余裕の出てきたアルマは考する。


 アルマは火の魔術しか使えないが、先のワーグ戦でも火の魔法武器を使っている兵士はいた。

 単体攻撃しかできず追い付かなかったからと理由付けされたが彼らを見れば動きに無駄の多いアルマよりはるかにスピード解決できるような気がするのに……だ。

 それでも間に合わないなら小型の魔道具とか、いっそのことバーナーのようなものを使って戦闘員である冒険者たちを募ればいい気がしなくもない。

 それではなぜ魔術師でなければならなかったのか。


「魔術師の給金は高いし馬車まで手配したくらいなのだから人を雇えないわけではないだろうし、噴水とか街の華美さを見る限り魔石に困っているということもなさそうだし魔道具の小型化も最低限の構造がわかってれば組み立てられなくもないと思うんだけど。まさか魔術と魔道具で効果が違うとか?」


 ……いやそれはないか。

 苦笑し沼に浸かっている巨木の周りを一本ずつ確認し、小火の嵐を降らせていった。

仕事が立て込んでましたすみません。

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