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カンテラ

 角膜が水分不足を訴えている。

 剥がれないように目元のマッサージを念入りに施してから瞼を開けるが、見えるのはどこまでも続く闇だった。


 眼球にはしっかりと空気が触れている感覚はあるのに目の前に掲げた両手の平すら映らない。

 視界不良の違和感と頭痛に思わず顔を歪めるが、多少冷静さを取り戻した頭が停電じゃなかろうか予測を立てたので、とりあえず現状を確認しようと近くで充電していたはずの携帯を探すことにした。

 何年も住んでいる部屋なので流石に間取りは覚えているものの、あまりにも暗い為に自分の身体は平衡感覚がおかしくなってしまったらしい。常に逆さ吊りのような気持ち悪さを抱えたまま恐る恐る腕を目標のコンセントかコード近くへと移動させていく。


 こつんと、指先が何かに当たって……。

 思わずひっこめた右手が向かった先で小さく明かりが灯された。

 揺らめく炎の色は青白く、自らを閉じ込めているガラスへ薄ぼんやりとした光を反射させている。

 奇妙な色の炎を閉じ込めているのは黒いカンテラだった。


「いや、買った覚えないんだけど!」


 思わず叫んでしまったが完全に近所迷惑だったと手で口を塞ぐ。苦情の壁ドン、またはドアドンはあり得るだろう。

 不味ったと、渋い顔でとりあえずその記憶にないカンテラを手に取る。現状唯一の明かりなのだ。頼らない理由はない。


(周辺にまた記憶にない障害物があるかもしれないし、充電コードが突っ張ってて足を引っかける可能性もあるな)

 腕を伸ばし、カンテラを手前に掲げる。

 確認の為にと手にした時は静かだったカンテラがカランと乾いた音をたてた。


 カラン、カラン。

 カンテラを中心に連鎖するように宙を漂っていたらしい青白い炎が光量を増した。

 その幻想的で非現実的な光景に、汐音はあんぐりと口を開け間抜け面を晒した。


 汐音は歴史書などで見るような神殿の中心部、その台座の上に寝ていたようだった。

 ヒビの入った柱が遥か上の天井を支えるように伸びている。停電した部屋の中ではなく洞窟らしい。

 台座から足をおろせば割れた石畳の感触が素足を撫ぜた。宙を舞う青白い炎は蛍火のように明滅を繰り返し動けば合わせる様に舞ってくる。



「……寝落ちしてるのに楽しみすぎてまだトレイラーしか出てないゲームの夢を見てる奴じゃん」


 どれだけ職業をやり直したかったんだと思わず苦笑した。

 希望した魔術師ではなく死霊魔術師。まるで忘れるなよとばかりの采配である。


(それでも不本意だったはずの死霊魔術師をちゃんとこなせるところは流石私。転職リレーをして遊びまわった時の所作が生きてるのかな?まあ現実世界で何の役にも立たないけどさ)


 汐音は火の玉のライトを無意識化でスキルを発動させたと捉えていた。

 当時のMMOにしてはスキルを使用する場面の自由度が高く、火の玉を明かり代わりに使えると全体チャットで知った時はみんなでMPを空にしたこともある。火魔法や魔術と違って水中でも使えるのは本当に助かった。

 これはこれで面白いしせっかくなので明晰夢を楽しもうと、二日酔い状態の頭を片手で押さえながら立ち上がった。どうせなら頭痛は消してくれればよかったのにと寝落ちと解り、パニックから完全回復した汐音は悪態を零す余裕まで出て来ていた。




 グラフィックがとてもきれいだったから、どうせ夢で反映されてるなら洞窟以外も見てみたい。なんて思ってた時期が私にもありました。



 ギギ…と鈍く耳障りな音を立て、岩肌の壁に取り付けられていた大きな扉が開かれていくのを目にして思わず柱の影に隠れる。

 抱きこんだカンテラは自分がローブらしきものを羽織ってるのに気づいたので明かりが漏れないように包んだが、周りの火の玉を瞬時に消す方法がわからない。

 なるべくこちらに来ないでくれる様につかず離れずといった風にまとわりついていた火の玉を手で払う。

 手を避ける様に上昇し他の火の玉同様彷徨いだしたそれらに頷きちらりと柱の影から顔をのぞかせてみた。



 シュボッ

 突如開いた扉の隙間から大剣を振るう男に宙の火の玉が3つほど斬られた。

 ぴり…と肩が痙攣するのを必死で抑える。あの子たちは今殺されたのだと、一瞬頭がそう考えてしまった。

 それでもう、人間と話をしようとなんて思えなくなってしまった。今の私はとことん死霊魔術師らしい。


「ちょっと隊長!索敵魔法してからにしてくださいよ」

「先手必勝だろうが、それに宝物殿前の門番はもう倒しただろ?」

「部屋の中にいるかもしれないでしょ、絶対はないっていつも言ってるじゃん!」


 両手に短剣を持った少女がそろりと扉の隙間をすり抜けると隊長と呼ばれた男を嗜める。

 一つを返せば倍にして返ってきたので、男は頭を掻き口を噤むことを選んだようだった。


「しかし低級アンデッドのオーブがこんなにいるとはなあ」

 眼鏡をかけた男が扉に身体を隠したまま顔だけを出す。

 ぐるりと首だけで神殿全体を見回すと、陰からするりと男の身長より長いロッドを掲げた。


 一瞬の間を置いた後、部屋中に漂っていた火の玉改めオーブが爆発を始める。

 近くにいたオーブを巻き込み霧散し、衝撃波が届いたそのオーブが連鎖していく。

 柱の影で頭を抱え、カンテラの中のオーブまで消されないようにきつく抱きしめた。

 逃げ惑うように壁際へと向かっていったオーブも残らず爆発し、光源だったオーブがすべて消えたことによりあたりは闇に包まれた。

 先ほどの眼鏡の男が何事かを呟き、再び闇から脱した洞窟内は揺らめく炎の明るさと比較にならないほどにはっきりと全容を映し出す。

 逃げなければならないと頭は警鐘を鳴らしているのに足は縛られたように動けない。

 攻撃が収まったので恐る恐るカンテラを見る。幸いこの中のオーブだけは巻き込まれずに済んだらしい。

 戯れていたオーブ達が攻撃を受け消滅したのは悲しいが、生き残ったこれだけは守らなければ。

 逃げ出すために。そう心を奮い立たせて一つしかない扉からようやく入り込んできた男と、彼と会話する二人を見た。


(OPの人じゃん!)


 ドラゴンと対峙してるときは後ろ姿しか見れなかったが、素材換金交渉をしていた大男の横顔は一致した。

 ああそうだ、確かに3人パーティーだった。プレイヤー側の冒険者の見本として出演しているはずだ。

 その彼らが私とは友好的で、無害だったオーブを倒している。


(えぇ…、つまり現在の私の立ち位置って冒険者の敵なの?起きたら職業で陣営が分かれてるのかも調べないと)

 希望してるならまだしも、友人達を初期からPKにさせる気は毛頭ないのだ。夢なので馬鹿馬鹿しいとは思いつつも不安材料を取り除くに越したことはない。


 夢から覚めても忘れないようにするにはどうしたらいいんだろうと悩み始めた汐音の耳に「オーブが集まるのって死霊魔術師の周りじゃなかった?」という一言が入ってきたせいで、浮かびかけていた案が一瞬で吹き飛んでしまった。


「文献ではそうらしい、だが死霊魔術師は数百年前に絶滅したはずだ。理由にはならないだろう」

「門番が火竜だったから死んで逃げ込んだ冒険者の魂とかが溜まってたんじゃねえの?現代には霊魂を冥界に連れて行ける奴がいないし」

「なるほどね、そう思うと気味が悪くなってきちゃった」


「早くお宝持って帰ろ?」と短剣の少女が台座の脇に落ちていたらしい宝箱へと駆け寄った。

 ロックピックを忙しなく動かしている少女は盗賊スキルを持っているようで、何の苦も無く宝箱を開けると寄ってきた男二人と中身を分担して包んでいく。

 ロッドの男が少し長めの詠唱をし、この場に4人目の人間がいることに気づくことなくどこかに転送されていった。

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