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魔の森

「ピーンナさん、今から行くところあの森なんですよね?」

「そうです、舌噛みますよ」

「思ったんですけど、森の中でハルバードって振り回ングッ」

「だから言ったのに」


 苦笑するピーンナさんの腕の中であまりの痛みに身悶えていれば馬が踏みしめる地面の感覚が変わったことに気づいて目を薄く開いた。

「街が……」


 街道から直接繋がった街はそれなりに大きい物だったのだろうが、跡地となった今は見る影もない。

 瓦礫と化し、壊れた魔道具の噴水は時折汚泥を噴き上げている。それを避ける為か、大通りではなく裏路地のような狭い場所を抜けているため速度を緩めて常歩で行軍していく。

 一つ横の通りであるのに瓦礫となった建物はどれも目線より低い壁となっているために風に吹かれた汚泥が自分たちとは逆の方向に流れているのまで見えた。

 噴水の足元の、ザルートルと同じ作りをしていたことが伺える通りの石畳は割れ、噴き上げる汚泥が挟まって詰まり上に黒い小川を作り上げて、瓦礫からはみ出たカーテンらしき布が黒い染みを作っている。

 ゴーストタウンのイメージとしてありとあらゆるものが揃っていたが唯一死体だけがなかった。


「ミランダ様がまだ街長でなかった時期ですね。今から数年前に森に呑まれてここは廃街になったんです」

 ザルートルまで命からがら逃げてきた人間も結局瘴気に中てられた時間が長くて全滅してしまいましたし。

 傷から体内に直接行ってしまったんで回りが早かったんだと思いますと彼女は言う。


「亡くなった彼らの遺体はどこに」

「消えてしまったんですよ、縄張り争いに負けたか飢えによって森から降りてきた魔物もペットも、そして人間も」

 アンデッドになったのではないかと言われていますけど、実際に見たことがなくて。専門家であった死霊魔術師に関する文献は遠い昔に焚書されてしまって残っていないので分からず終いなんですとピーンナは言う。

 死霊魔術師の単語に反応しかけたものの他人の腕の中にいることで何とか身体を跳ねさせることを耐え抜いたアルマは「そうなんですね」と妥当であろう相槌をうった。


「先ほど言いかけたハルバードの件についてですが」

 何も問題ありませんよと答え、ピーンナは片手を上げて正面を指さす。

 鞍の縁に指をかけたアルマが右の大通りから目線を戻す。

「あれが目的地」

 遠目からでは普通の森であったはずの森が一歩進む度その異様さに驚愕することになった。


 その森は巨大であった。

 森自体がという意味に取れるだろうがそうではなく、一本一本が天を貫くように聳え立っている。

 顔を上に向けるも上部では雲がかかり天辺を伺いみることもできない。

 世界樹であると言われたら納得してしまいそうだが群生しているのでただの巨木の森なのだろうが……。


「でっ……!」

 最後まで言えなかった。いきなり先頭を走っていたミランダが方向を変えたからである。

 それに続いてとっさの判断で二手に飛んだ一行は臨戦態勢を取り槍を持っていた兵士たちは先ほどまで列があった通りに突き出す。

「ガッガフッ」

 飛び掛かってきた状態のまま身体を突き刺され暴れた事と自重で傷が開き、ぬとりと体液を刃先に付着させ糸を引きながら地に落ちる。近くで1頭が同じように兵士に処理をされていた。

 手前にいた兵士の一人が斧で脊髄を切断し、吹き出た魔素とともに血液が飛び散り雑草を赤く染めた。


「第二波来るぞ!」

 端にいた兵士の声に素早く肉塊から刃を抜き取り振るい血を落とす。

 森の奥から入り口を目掛けて駆け下りてくる吠え声に「スキルの発動を許可する!」と叫んだミランダが高い位置でまとめた長い髪を揺らしハルバードを構えた。


 逃げ遅れ、止まっている的は当てやすい。

 ワーグ4頭はそう考えたのか、馬を動かしミランダから離れていく兵士の群れには見向きもせず牙をむき弾丸のように飛び掛かった。

 まっすぐにミランダに飛び掛かったワーグ達に息をのんだアルマの目には斬撃はなく、下に下げていた斧刃で一番到達が早かった右のワーグの顎をかち割るとその勢いのままボール下のスパイクで左の死角から飛び掛かった1頭の眼孔を刺突する。

 グローブを嵌めた左手で柄に勢いを付けさせ右手を逆手に持ち換えると馬の頭に迫っていた口内を穂先のスパイクで正確に刺し抜きさらに左手を持ち換え、馬が次の攻撃を察して首を下げる。足を潰そうと左前に迫っていた最後のワーグをその余った柄尻と痛みによって暴れ倒しているワーグもろとも掬い上げた。

 遠心力によって柄尻のスパイクが抜け、マズルや眼孔から血やら脳やらつぶれた眼球やらを噴出させ宙に浮いた瀕死のワーグを蹴り、腹を叩き上げられたワーグが着地を試みようと体を捻る。

 地へ足を着けさすまいとミランダは掬い上げた勢いのまま半周回し、鉤爪で喉元を貫いた。

 上に向く鉤爪がちょうど頭蓋骨を割り、流れ出た脳髄が地面へと滴り落ちる。

 まるで演舞のようなミランダの攻撃によって一瞬で決着がついてしまったのである。

 だがワーグの群れは休ませてはくれない。

「第三派見えました!数は13!」

 兜に付属していたらしい機械を目元にスライドさせネジを回していた兵士が叫ぶ。

 アルマも何かこの場でできることはないかとロッドを構えるも、ピーンナが背後から「魔力がもったいないので」と制し腕を下ろさせた。


 2列に分かれ駆け出したザルートル私兵隊勢の最後尾にピーンナがつき森へと侵入する。

 相手であるワーグすべての個体がブレーキをかけることなく、斜面上部や切り立った法面から鋭い牙をむき出しにして飛び掛かってくる。

 前方右よりほかの兵士の攻撃をすり抜けた1頭が身を縮ませたアルマの頭上を掠めるが、ピーンナがいつの間にか構えていた短剣1本で上あごと下あごを縫い付け、手甲を嵌めた思い拳で殴り抜いた。

 地へ向かい振り落とされたワーグは後ろ足の爪で何とか手甲に傷をつけるがピーンナによって急旋回させられた馬により踏みつぶされその命を終える。

 数秒分隊列から離れてしまった為さらに旋回し最後尾に戻ればちょうど第三派のワーグがすべて死体になった所だった。


 目の前で起こった光景は映画だったのではないだろうかと口を半開きにして疑い始めたアルマの顔を風が叩いた。

「良し、ワーグの出迎えは越えた。両翼展開!各々持ち場を死守せよ、以上。速歩!」とミランダに指示を飛ばされた一行が一斉に動き出す。

「応」と答えた兵士たちが手綱を引き、それを馬が戦慄き蹄を鳴らし応え大木の樹海へと人馬が一対ずつ消えていく。

 絡み合う木の根や落下した枝を物ともしない進みに緩まっていた指の力を再び込め鞍の縁に掴まった。


「今回はワーグが出てくるのがちょっと早かったですね」

 いつもはもう少し奥の方で見かけるのですが……と先ほどあれだけの戦闘があったというのに変わらない調子でそう呟いたピーンナに今度は舌を噛まないように「いつもこんな感じだったので?」と神妙な顔で問う。

「まあ大体。アルマさんには我々が対処できないスライムの方に専念してほしいので道中はお任せください。それに連携の訓練とか森中行軍とかいろいろ兼ねてますし気にしないでください」

 ミランダ様が戦うのも防衛訓練と化して長いので気が緩まないよう……、前座の見世物的な役割もあるんです。演舞の様だったでしょう?兵たちの士気も上がるのでたまにああやって一人で戦ってる様を見せたりもします。


 馬上で慣れたように語っていたピーンナが馬を止める。

 流石に飛び降りるくらいはアルマにもできるし街での醜態は晒さないぞと思ったが結局着地で枝を踏んでよろけ馬体に転げるのをブロックしてもらった。

「うう、もうロッシさんに頼んで絶対騎乗練習する……」

「フフ、ここから先まっすぐ100メートルほど行った先に沼がありますので」

「クッ……ありがとうございました、子株を残して親株を狩ればいいんですよね」

 正直見分けるのに自身はないが、ここまで御膳立てされたのだからやるしかないとアルマは首を振って不安を吹き飛ばす。


 そんなアルマに笑顔で頷いたピーンナは「ああそうだこちらを」と腰から筒を取り出した。

「緊急事態の場合はこちらを上に向かって撃っていただければ合図が送られますので」

 下から出ているひもを揺らし引っ張るジェスチャーを見せてからアルマの手の上に転がす。

 クラッカーみたいな道具だなと思いながら首肯したアルマに「それでは2時間後に沼まで迎えに行きますので」と腰からアルマのクラッカーより二回りほど小さく変な香りのするそれを発動させ自分の担当ポジションへと駆け抜けていった。

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