ザルートル②
バサリとドレスが音をたて地へ落ちる。
ビキニは手を出したことはある。だが水着の時でもシャツを上に羽織る己や悪友達の界隈にいたアルマにとって下着姿の、しかも美人のそれはあまりに刺激が強い。
魔道具の照明が上から柔らかい光を注ぎ、それが幻想的な……たとえるなら泉の精を前にしたような。
そんな気分にさせられてしまう。
もはや目に毒レベルのミランダはこの場にいるのが女のアルマだけだからか下着姿のまま屈んでシンプルでありつつも角に装飾を施してあるお洒落なクローゼットの一つから収縮性のある生地で出来た黒いシンプルなインナーを手に取り、背中がストラップレスビスチェを完全に隠した。
白く丸い尻を割れ目が見え隠れする浅さで包んでいたレースアップタンガもしっかりとスキニーパンツに閉じ込める。また別のクローゼットから特注らしいレザーベストと細身のチャップスを取り出し重ねていく。
「随分着込むんですね」
手伝うことなど何もなく、手持無沙汰さから話しかけてしまったアルマに「魔物の巣窟である現場に行くんだから当然だろう?」とミランダは返す。それもそうだとアルマは頷いた。ポタムイの冒険者たちもまだ遠征中で自分以外の戦闘員に出会ったことないからそんなことすら思い浮かばなかった。
「魔の森は山脈から平野への入り口のようなものなんだが、平野部には人間という牙を持たない肌色の種族がうろついているのがばれているからな、緩衝地帯が攻め込まれたと思って飛び出てくるので気を付けてほしい」
先ほどアルマが口を開いたのを皮切りにミランダが情報を加えていく。
殲滅ではなく間引きをするのは逃げ帰った魔物が同種族に危険な場所であると伝えてくれるのではと期待しているんだが中々上手くいかないもんだな。
小声でぼやかれ思わずミランダに視線を向ける。
おそらくそうではないのだろう。2週間以上ポタムイでアンデッドを見送ってきて気づいたことである。
元々人だったタイプの彼らは人里に近づくのだ。私がカンテラを鳴らすか自分で気づくまで彼らは必ず人里に向かっていた。そして魔物達はおそらくそのオーブ達を追うのだ。彼らの無害な食糧である魔素体、霊魂を。
アルマは短い期間でそのような考えを出していて、喉元まで出かかったその言葉をひっこめた。自分の考えを言葉にできないのは中々につらいものだなとゆったり瞬きする。
アルマが開いた口から何も音を吐くことなく再び真一文字に結ばれたことにミランダは気づくことなく、鏡を見ながら綺麗な長い髪を結びなおしていた。
張り付いた後れ毛がミランダを扇情的に魅せる。
目の前の彼女はこれほどまでに重装備なのに一つ一つにセンスの良さが浮き出ては調和していた。
対するアルマは布地のローブに、あとはポタムイで購入したシャツにインナーに下着と続く。化粧もしていない。
はじめのうちは29歳の中身が道具を欲しがっていたがポタムイではほぼ化粧などしていないから浮くだろうと思ってやめ、そのうち麻痺した。
ローブの下は全体的に薄いクリーム色で遊びのレースも見当たらないが仕事着みたいなものなのでその点については気にしていない。そうこれはスーツである。アルマはミランダにあった瞬間から何度か無意識のうちに自分を偽り言い聞かせてきた。生死にかかわるから、浮いて注目を浴びたくなかったのだ。
ゲートルまでしっかりと装備し終えた彼女はアルマの隠れた羨望の眼差しに気づいた。この目はピーンナが良くしていた目だ。
「ちゃっちゃと仕事終わらせようか。私がアルマさんに持ってってもらう書類書き上げるまでピーンナの手伝いをしていて欲しい。夕飯はごちそうするからさ」
「気が早いですね、まあいいですよそれくらい」
料理は得意ですと胸を叩いたアルマに苦笑した。可愛らしい勘違いである。
「ただいまから4時間の間ザルートル恒例の魔の森に生息する魔物の間引きを行う、各区域の責任者は自分の所の住人を帰還させているだろうが森の外にあふれてきても我々は救助に行けないと思え」
ワントーン低めのよく通る声色でギルドに集められた代表たちに確認を取る。
(朝礼みたいだな)
彼らを解散させた後ギルドの職員側に冒険者の帰還が済んでいるかの確認をし、街の門番を引き連れ広場へと戻る。
「聞くのを忘れていたな、アルマさんは馬か魔物に乗れるのかい?」
「いえ、でも行軍なら歩いて付いていきます」
開口一番にそう確認したミランダに首を振る。
日帰り予定なので物資の補給も予備の武器などもないから馬車なんてあるはずもなく。
至極当然にそう答えれば上半身にごついアーマーを身に着け口元が見えなくなっているミランダがそれじゃいつまでたっても森につかないだろうと笑う。
「ピーンナ頼むよ」
「了解!アルマさん、ミランダ様の手に足をかけて」
メイドから転身し戦闘装束を身にまとったピーンナが先に馬にまたがり上から手を伸ばす。
両手を組まれ顎で己の作った足場を指し示すミランダに汚れてしまうと断れば、後ろにいた兵士の一人が気にするなと笑いさらに足場を作ってきたので、これ以上の羞恥には耐えられないと思い切って足を乗せピーンナの伸ばされた手のひらをつかむ。
3人がかりという何とも情けない姿で馬上にあげられたアルマはミランダを舐めている馬の首に突っ伏した。そこではじめて気づいたが鬣は三つ編みにされかわいい色の小さなリボンで結ばれていた。ザルートル、馬までお洒落だった。
「さて、今回の主目的は魔術師のアルマさんに増殖しすぎた沼地のスライムの間引きをしてもらうことだ。が……彼女から「巻き込みかねないので近づかないでほしい」と願われている。距離を取り沼地に魔物を近づけないように各個散らばることになるので緊急事態の場合は真上にスキルを発動しろ」
しっかりとアルマが頼んだことを伝え守りまで固めてくれるという。
恥ずかしがっている場合じゃなかった。
不安定な馬の首から顔をあげて兵士達によろしくお願いしますと頭を下げた。
我々からの頼むと笑顔を向けられそれにあまり表情筋の変わらないアルマが頷くのを確認し、兵士たちはガチャリと金属特有の音を鳴らし急所となる首を隠すためのプレートを立てる。ピーンナも同じように鎧をたてると馬の腹を軽く蹴り上げた。先ほどまで寝そべっていた馬の鎧の首根本から人と同じように飛び出たプレートが真下を除いた3方向を覆い隠していく。
馬も慣れたものなのか暴れることなくガチャリと最後の覆いが鼻先を隠すのを待ち丁度いい位置に仲の鬣がおさまるようぬブルリと震えた。
アルマと違い軽く馬に乗り上げて先頭に立ち門を抜けたミランダにピーンナと兵士が続く。
「かっこいいでしょう、私の主は」
人を前に抱えているというのにものともせず手綱を操るピーンナが鎧の中で笑う。
ミランダはスマートで、茶目っ気もあって、堅物すぎない。初対面が酔っ払いの姿だったのに酒がすぐに抜ける体質なのか元々ワクなのか、数時間前までの状態が幻だったのではないかとすら思う。
騎士団団長だと自称するからには戦闘能力はあるのだろうとは考えていたが、サイラスの所みたいな……それこそ槍や剣だと考えていたのだが、彼女の獲物はこの手に提げている巨大なハルバードらしい。
バランスを崩しそうなものだがミランダが左右の重心をしっかり取っているおかげか毛並みの良い馬は尻の筋肉を波打たせながら駆ける。
自然体で実に様になっていた。
街道を風となる一団の二番手で、アルマは後ろのピーンナを視線だけで伺う。
恋をする女の顔だった。