ザルートル
2週間以上知らなかった重大事項に呆けていたが、ミランダがコトリとグラスをテーブルに置いた音で我に返ったアルマは自然さを装いつつ視線を宙から紙面へと移す。
「ザルートル所有の西の森の……魔物の間引き、ですか」
これだけ綺麗な街で、しかも一個人を迎えに行くためにポケットマネーを出せる街長なら他にも魔術師を呼べたのではないだろうか。その他の街の依頼書では掃討と記載されていたので間引きという表現も引っかかる。
アルマはふと心の中で湧いた疑問を問うか悩んだ。もしかしたら自分の実力を探っているのかもしれないと考えたからである。誤魔化すにも限界がある、それに己はどこからを魔術師と呼称していいのかすらわかっていない。この短い間に未だ見ぬ魔術師のイメージに違和感を出してしまったのではないだろうか。
誤魔化すこと自体は後ろめたいと思ったことはないが隠し事をしてしまうとやはり人間、疑われているのではという考えが先行してしまう。一応アルマは口に出していなかったがピーンナはそれを正確に読み取り「いいえ」と答える。
「ロッシ街長は調べて簡単にばれる嘘はつきません、斃したのはちゃんとブラッドベアなのでしょうしC程度の実力は確実にあるのでしょう。なぜあなたに依頼をしたかという疑問なら報酬を弾んでも誰も受けてくれないからです」
「過去に依頼したことがあるんですか」
「ええ、何度も」
ピーンナは言う。
雑魚では名声が上がらない。
田舎に遠征するのすら面倒くさいのに評価が労力に比例しない。
「そもそも己を守る盾がない、そんな危険な依頼に対する報酬は金だけなのか?だそうで」
笑顔なのに目の奥が徐々に仄暗くなっていくピーンナに怯えるアルマ。拳がギチリと鳴るはずのない音をあげた。一体何があったんだと怖い物見たさが膨れ上がるが明らかに藪蛇だ。
どうにか好奇心を押しとどめていればピーンナの隣に座っていたミランダが従者の脇腹を小突く。
彼女も先ほどのアルマ同様我に帰ったとばかりに視線を横の主人に向けた。
それにミランダはニコリと笑顔を返せばピーンナが「醜態をお見せしました……」と謝るので止め、アルマはようやく口を出す気になったらしい依頼主へと視線をよこした。
「間引きという表現はその通りに取ってくれていい。私たちはそもそも害のある魔物だろうが根絶やしにしようと思っていないんだ、まあそれでも生態系を崩さないために管理が必要なんだけれどな。そういった理由を吐かれて私が街長になってからは誰も受けてくれないんだよ」
仕方なしに自分たちで狩ってはいたんだがどうしても魔術じゃないと効かない奴がここ3週間程で爆増した、おそらく火竜が斃されたことによる生態系バランスの崩壊が原因なのだろうが。
国としては火竜という天災級の脅威が消えるならとずっと依頼を掲示していたのだろうが、末端はその尻拭いに奔走されなければならないから私としては生きていて欲しかったな。そうぼやくミランダの視点はこの街の守護者そのものだとアルマは思う。
「私兵か何かがこの街にはいるんですか?」
「就任後一番最初に作った、小規模だが個々の戦闘力は騎士団に負けないだろう」
だがアレには効かない。魔法武器を揃えても一匹数を減らそうと切ればその間に4匹にも5匹になる。
攻撃を加えて衝撃で分裂させるより自然発生の方がはるかに分裂速度が遅い為しばらく放置したままになっている。
「西の森沼地にて、スライム狩りを頼みたい。そして我々では手に負えない魔物が出たらその討伐もだな」
貴方が遠征ツアーを行うという噂を耳にして書き殴っただけの依頼書で悪かった。こっちが正式な書類になる。
目撃情報をまとめられた書類を机の上に置き、新たに渡された紙に目線を落とす。そこには確かにスライムの間引きと予定外アンデッドの発生が確認された場合その討伐と書かれていた。
足元に置いていたトランクを開け魔物図鑑を取り出した。
じっと見つめる4つの目は気になるが、これはこの世界の常識である情報すら知らないアルマにとって文字通り生命線の一つでもある。視線を気にしていられるほど余裕はない。
アンデッドならオーブ以外もちょろちょろ倒してきたがスライムは初めてだった。火の魔術が効かないのであれば誤魔化しすらできないので受注するわけにはいかないのだ。
索引でさっさと該当ページへ移動する。
「……マグマスライムでしょうか?」
「いや、マグマでもバブルでもない普通のスライムだな」
「そうですか、それとポタムイのギルド職員には……」
「取り急ぎ送った一便の時点で依頼仲介料の発生はするから安心してほしい。街に帰還したら正式な依頼書の方に判を押させれば問題ないだろう」
中央はこんな田舎の依頼なんてまともに見てなかったからな。
心配事はそこだろう?と茶目っ気たっぷりに言われ苦笑する。バレテーラ。
「まあ足も出してもらったんで受けないわけにはいかないですね、現場の沼には周りを巻き込みかねないので近寄らないでほしいのですが」
「そのように徹底させてもらう。ああ本当に助かるよ!ピーンナ、みんなを召集してくれ」
「アルマさんにも準備が必要でしょうに。冒険者の西の森立ち入り禁止と強制帰還を手配しておくので2時間後、ギルド前の広場にアルマさんを連れてきてください」
飲まないでくださいねと従者に念を押されウッと詰まっているので図星だったらしい。
近くのメイド達に指示を飛ばしどこぞに消えていったピーンナさんを見送り、ポタムイでもやったように書類に受注サインをしてからトランクにしまう。それをじっと見ていたミランダが酒替わりにレモン水を呷り口を開いた。
「ポタムイはまだ水源は枯れてないのかい?」
「川も井戸も水量が下がったとかいう話は聞かないですけど……?」
「なるほど……。いやこっちの話だ、気にしないでくれ」
顎に手を当て考え込むミランダを見つめるが、それ以上語ってくれそうにないので己のトランクからロッドを取り出し準備を始める。
今回もいつも通り死霊魔術を使う予定だ。
と言うか火の魔術は練習はしているもののド素人も良いところなので使わざるを得ないというか。
人払いの手配もしてもらえるそうなのでサイラス達の時みたいに様子見の為敵に近づくとかいう危ない橋を渡らずに済むだろうがやはり荷物が増えようが持っていた方が違和感を感じられずに済むだろうと考える。
カーネリアンさんを迎えに転生して帰ってきた時に使いやすいように己の器にシステムを組み込んでおいたのかは知らないが、魔力を込めれば勝手に発動してくれるカンテラでの【ご案内】とは違い、コントロールも魔力消費量の調整も未だにうまくできない。
(師匠が欲しいなぁ……)
カンテラに魔力が通るイメージで同時発動だけはできているがロッドで目標調整をしなければ飛ばすこともままならない歯痒さに見本が欲しくなるのは至極当然の流れであった。だが目標にできるような人がいない。他の魔術師の話に聞くだけで辟易してしまう。
(やっぱりいずれ教本か何かを手に入れるしかないか)
ざらりとポーチの中身を目の前のテーブルに広げる。
財布は置いてくとしてスライム以外の奴が現れた時の為に魔物図鑑は持っていくべきだしはぐれたら困るから糧食少量と水と……、地図もいるな。
ポーチに持ち物を詰めなおしたアルマの為にピーンナが淹れたレモン水を飲み切ったのを見て、ミランダは立ち上がった。
メイドの一人に近づき肩越しに何事かを伝えるとアルマの方へと振り返る。
「私も準備をするから少しここで待っててもらえるかい?」
「ミランダさんが指揮を?」
「ん?ああそうか言ってなかったな」
ミランダ・ホーネット、元帝国騎士団団長だ。
得意げに大きな胸を張りさらに協調させるミランダだったが、日本人であったアルマには騎士団の階級なんて全く馴染みがなく、たまにゲームに出てくるギルドごとの隊長みたいなものかと疑問を自産自消させた。
少女の反応が思っていたものと違ったことに「アレェ!?」と叫び、アルマちゃんも褒めてくれないと机に突っ伏しひんひん泣き始めた。
先ほどまでまじめな顔で何事かを悩んでいたのに見るも無残な画である。
(どうすればいいんだろうこれ……)
近くで忙しなく動いていたメイドに視線を送るもおもいっきり目を背けられ、仕方なくミランダの布地を大きくカットされている背中を見ないように揺すり、手伝うので準備しましょうと促した。