ザルートルの主従
「基本馬車はポタムイ手前の街までしか来ないのです、ただ昨晩遅くに依頼を捻じ込んできた街長のポケットマネーとコネで迎えに来てくれることになりましてね」
きょろきょろしていたアルマの肩を強めにつかんで椅子に押さえつける。
ロッシの顔を見てひえ……と小さな悲鳴を上げ大人しくなったのを見計い説明はじめると、強制的に腰を落ち着けることになったアルマは仕方なく探索を中断して彼から預かった依頼書を見る。
ちなみにアルマが先ほどまで行っていた馬車内探索の件については、連れのいる状態で死霊魔術を発動出来ないので、事故があった場合に使える避難ルートを調べるための行動であった。
興味自体は1、いや……2割程しかなかった。
だがロッシはアルマがAランクをソロで倒せるほどの実力者あることを知っているが為に彼女の精神が5歳児程度の子供であると勘違いしていた。
この歳で世界の全てに興味津々なお年頃の幼児を持つ親の気分にされてしまったロッシが思わず力を込めた両腕によって出来た痣に「痛い」と主張しなかったアルマという図式によって後にひと悶着起こることになるのを二人はまだ知らない。閑話休題。
手渡された依頼書は実にこざっぱりとしていた。
テンプレートになっているもの蛾送られてきたようだが大体どれも一言で、備考欄には最終的に「時間がないので現地で説明する」という街長の走り書きらしき乱雑な文字が転がっていた。
「ヘンマン領って辺境の地なのにポケットマネー出せる余裕があるんですね、その方」
「あの人は元々貴族ではないからね、使うべき時だと思ったら節約もせずに大金を使う人ですよ」
そして破産手前まで行きます。
ロッシは過去にその件で苦労したことがあるのか深く頷いていた。
経営者としてダメでは?と思ったアルマだが、街の管理には無知であるので黙っておいたが……。
「いいですね、ちゃんと帰ってきなさい」
馬車の中でも言われたその言葉を再度投げられる。
ハイハイ了解ですと緩く敬礼したアルマを心配そうに見やった後、追加運賃を支払いそのまま同じ馬車で揺られ去っていった。
見えなくなるまでロッシに手を振り、アルマはでかいトランクを手に背後の建物への道を進む。
初めての外出である。街へと入ってきてからずっと感じていたが無骨というか機能面重視のポタムイとは全然違った。
ギルドの入り口両脇にある白い噴水は日差しを受け輝いているように見えるし噴霧で濡れる色も形も不揃いな石畳は緻密に計算されて石目を割られているようで広場に綺麗なモザイク模様のグラデーションを描いている。
もうこの場だけでもすでに金が使われていることはわかるのに通りの建物も各々好き勝手な色であるのに統一された白い窓枠によって一種のアートにしか見えない。
圧倒されよろよろと中へと歩を進めれば役場のようだったポタムイとは違い吹き抜けの中庭がありそこに隣接する小洒落た喫茶に人が集っている。
思わずなんだこれとぼやいたアルマに職員らしき人間が駆け寄り「本日はどういったご用件で」と聞きだしてきた。
ド田舎の地元と都会の差に言葉を忘れ、だんまりを決め込んだままにその職員に依頼書とカード状の登録書を渡す。
そちらのソファーでお待ちくださいと優雅な動作で示され、トランクを足元に置いてロビーのふかふかのソファーへ腰を下ろした。
(これはロッシさんが帰って来いって耳タコになるレベルで言うわ)
アルマは頭を抱えた。この世界でも変わらず田舎の人間は都会に憧れる傾向があるとは聞いていたがその理由を一瞬にして理解してしまったからである。
まあ元の世界でも田舎の人材流出は長年問題になってたし仕方ないのだろう。都会に近づけば近づくほど仕事の幅が増え給料も良くなるし税収の量が違えばそれを街に還元できる量も変わる。人材の確保はどこでも戦争だった。ここまで顕著ではないけれど。
ポタムイでは見られなかった絵画が金の額縁で壁に飾られているし吹き抜けの自然光でポタムイギルド内みたいな息が詰まりそうな雰囲気はない。
喫茶からカップルらしき冒険者が二人、番号札を持ちカウンターへ座った。いやいやいや。
「むしろ良く私以外の冒険者をポタムイに留まらせてるなロッシさん……」
「おぉ、ロッシは元気でやってるのか!そいつは重畳だな」
アルマの脇にあった関係者用の扉が開き姿を見せた女にどよめきが上がる。
先ほどのカップルも自分たちの要件を忘れこっちを凝視しているのでアルマも目の前を一度見渡してから座ったまま後ろを振り向いた。
くすんで落ち着いた赤い髪を高い位置でまとめ、人を引き付ける下がり眉と垂れ目の組み合わせが絶妙な蠱惑さを醸し出している。
薄いイブニングドレスを身にまとい大きく開いた胸元にはアクセントの様に黒子が一つついていた。
己の髪を基準にしたらしく赤を基調としてまとめた女はいくらポタムイとは比較にならないほどにお洒落とは言え冒険者ギルドには出現することが……、ましてや関係者以外立ち入り禁止の扉から出てくることは絶対にないタイプである。
だが異様なのはその手元だ、彼女は昼間から巨大なワイン瓶を左に4本、右手にはコルクの抜かれたウイスキーの瓶をぶら下げている。
「いやこれ酒カス……」
「これは申し訳ない、私はミランダ」
今回ポタムイの冒険者であるアルマに依頼をした者である。
女はそう告げるとアルマにウインクを投げた。
ド美人と5本の酒瓶とかいうミスマッチさに目を白黒させていたアルマだが初めての街で置いてかいかれるのは流石に不味い。
ついてこいとばかりに酒瓶を掲げるミランダと名乗った街長に周囲は道を譲る。
モーセの海割り宛らの人の壁に挟まれてその通路を行く酔っ払いの後を駆ける。注目度が高すぎる……。
ギルドがある街の中央から少し離れた高台にある屋敷に案内されたアルマは主人の帰りを待っていたらしいメイドに通され広間のしっかりした一人用ソファーへと腰を下ろした。
屋敷内も赤が基調らしいがけばけばしさを感じない落ち着いた上品な色合いなので目を傷めることはない。
流石に人の家で探索はできないので大人しく座って待っていれば、主人であるミランダと先ほどのメイドが対面に座った。
「アルマさん、お酒いる?」
自身の死因を薦められ、引き攣りつつも仕事前に酔っぱらえないと遠慮する。
気を悪くした様子もなくミランダはアルマ分として用意していたグラスを取るとそれを呷った。
(目の前で自分と同じ死に方されたくないんだが……)
そう思うも口にできるような間柄ではないので困ってメイドの方を見やる。
丁度アンティークなジャグから薄く黄色に色づいた液体を注がれたグラスを目の前に置いた瞬間だったので案外近い位置に顔があり肩を跳ねさせたアルマに気づき、「レモン水です、どうぞ」と上品な笑みを返された。
ウイスキーを直に煽り次の酒瓶に出しかけた主人の手を叩くと、目の前に広げられていたワイン瓶4本を近くで従事していた別のメイドに預ける。
見事な手腕に感動しているアルマの視線を物ともせず、口を突き出し不満を口にする主人の手にジャグとグラスを手渡した。雑なセルフサービスである。ミランダは大人しくレモン水を呷り出した。
客を迎える仕事が整ったのだろう。なぜか主人ではなくメイドの方が口を開き挨拶を始めた。
「お待たせしました。こちらはザルートルの街長ミランダ、私はピーンナと申します。お見知りおきを」
「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます、ポタムイのアルマです」
「ロッシ街長から討伐報告は伺っております」
アルマ様、どうかその魔術で我々をお助けください。
ピーンナは畏まった口調で書類を手渡すがアルマは別のことに気が向いてしまった。
ロッシさんはどうやらポタムイの長だったらしい。