表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/36

遠征

 アルマが試験の日に斃した魔物を報告しようとあの日職員は通信機を手にしたが、ロッシに【日中・瘴気持ち】報告に待ったをかけられて【日中】のみでの目撃情報をヘンマン領内のすべての街へ入れた。

 それも2段階上のAランクの報告は流石に怪しまれるとBランク台に改竄した報告書である。

 これに関しては魔素量が少なかったということにしておけば、ポタムイの魔石鑑定機のレポートを精査されなければ見つかることはないので職員全員にその旨を確認させて共犯者であることを自覚させる。ヘンマン領唯一の魔術師を壊さないための徹底管理なのでもちろん一蓮托生以外ない。


 という背景があるためにポタムイである程度経験を積むまでは遠征に出すなとロッシが命じていたのだが、流石に2週間放置していたらせっつかれまくった。

 アルマはそんなことを知らないので本拠地周辺を毎日散歩のように巡回してはスポーンするオーブを黄泉路へとご案内し明朝帰宅するというルーチンを送っていたのだが、本日帰宅と同時につかまりギルド職員用の会議室まで呼び出された末に「依頼がたまってるので処理お願いします」だなんて雑に説明されたときは「いや仕事後回しにしてたって……、なんつーことしてんだこのギルド」とまで思ったし、そのしりぬぐいをどうしてしなければならないのかと切れかけたが、職員全員が真剣な顔で「外部に漏らせない重大な懸念事項があったから後回しになっていた」のだと言うので、立ち上がりかけた腰を落ち着かせ椅子を引いて元の姿勢へと戻った。握りしめていた拳も開く。オーケー話を聞こう、私は大人なのでね。



 ポタムイギルドは、いずれにせよヘンマン領内に蔓延るアンデッドを間引きし、強い魔物に餌場とみられないように安全のための環境管理派遣をしなければならないとは考えていたのである。

 アルマが子供と遊んだり魔物辞典を読み込んだり、ポタムイ周辺のオーブやらをしっかり還し、魔道具をいじりたいがために料理研究をして最高に好き勝手し充実した生活を送っていた間、現在は極秘部署であるリン達はアルマの負傷具合や魔力量の管理を、その他職員は依頼の精査と文書化を毎日のように行っていた。ちなみにこの時ロッシは中央に持っていく書類を制作していたので内容の確認以外は行っていない。

 5日ほどかけやっと山のようなアンデッド報告書類をまとめ終わり、さて連絡をというときに一本の通信がかかってきたのが問題だった。

 依頼内容の変更である。



「ブラッドベア出現により処理するアンデッドの数を増やしたいと、その通信を皮切りにさらに倍増した目撃情報をまとめてすべての依頼内容の変更をだな……」

「うわぁ……」

 会社で見たことあるゥ……と遠い目をしてしまったアルマに構わずロッシは疲労を越え突っ伏している職員達を労いつつ続ける。

 アルマの怒りはもはや残りかすすら見えないほどに霧散していた。ご愁傷様ですと頭から煙を出している職員達に手を合わせた。



「依頼溜まってるんですよね?ここ2週間この町でやってきた依頼の処理の仕方だと終わらないのでは?」

 アルマはふと浮かんだ疑問を問う。


 好き勝手過ごしてはいたが、実は夜のアンデッド狩り以外にも合間合間でしっかり依頼を受けていたのである。

 住人達が出払っている冒険者たちの代わりにと森の中へ採集しに行く際の護衛やら、毒性の強い植物系の魔物を(人目があったので現在唯一できる火の魔術で)焼き払ったりもしていたのだ。

 熟したら報告という形をとっていたのだが一つ一つポタムイまで戻っていたのではいつまでたっても終わらないだろう。


「ああ、そこまで頭が回っていませんでした」

「疲れ果てた社畜そのものじゃないですか……」


 思ってた以上に異世界も同じようにブラックで笑えない実情を垣間見てしまった。

 本来はその都度報告を入れなければならないのだが、確かに終わらないだろうと相談の末、苦肉の策としてあらかじめ処理の順番を決めて派遣先巡回をし、帰還後にまとめて報告することが決まる。連勤残業続きの職員達の顔色に流石のアルマも自分が簡易報告書を作成するからと提案した為である。報告書のモデルケースをしっかり頭に叩き込んだのでそれなりのものを作って持っていこうと気合を入れた。

 他細々としたことを全て決め、ポタムイで寝起きしてひと月も経っていないのに長旅をすることになり悩んだ末に家の鍵をギルドへと預けることを決めた。簡易的な掃除を頼むと言い、保存食を作り貯蔵庫を空にしたあとアルマは稼働する魔素がもったいないので魔石を抜き取った。



 いざ出発予定日、馬に乗れないアルマは徒歩で行くことになるので日が顔を見せだしたぐらいの時間に出発すると伝えていた。

 だから早朝玄関の鐘を控え目に慣らされ見送りかと思ってしまったのは自然な流れであった。

 準備を整え寒暖差を把握しようと薄くドアを開ける。気温は大丈夫そうだが目が捉えたのは外の通りではなく、家の前に止まった馬車の存在であった。

 出発前に問題が起こるのは嫌だなと考えつつも対応しないわけにはいかないのでアルマは眉をひそめさらにドアを開けた。


「あれ、二人ともおはようございま、……いやロッシさん何ですかその荷物……」

 シャツにつっかけに寝ぐせという明らかに今起きましたというスタイルのリンさんは良いとして、がっつりきっちり着込んでいるいつものロッシさんは明らかに早朝の出で立ちにしてはである。老人の朝は早いと言ってもそこまでしなくてもよくない?なんて失礼な考えを浮かべているアルマに目尻を下げたロッシさんは「追加依頼です」と悪魔の言葉を発する。

「嘘でしょ!当日の朝に!?」

「残念ながら。ただ、馬車まで用意していただいたので行きは楽できます。地理的に一番遠い場所なので帰るついでにリストを逆から消費していく感じになりますね」

「なるほど、まあ足まで用意してもらったとなれば私も?やぶさかではないと言いますか?まあ断れませんから良いとします。それでロッシさんの両手の荷物は?」

「中央に用事があるので同乗させていただこうかと」

「抜け目ない……」


 会議の日は他の職員同様非常に疲れた顔をしていたのに快活としたいつものロッシの受け答えである。元気になったようで何よりです……。


 鍵をリンへと託し御者に頼んで荷物を乗せてもらったのを確認し、いざ乗り込もうと移動したアルマは固まった。

 足場がほぼ胸の位置にあるのはなぜ?足場、とは?

 口を開け呆けるアルマをみて、先に乗り込んだロッシに両腕を取られ引っ張り上げられる。

 初老の男性の力じゃないんだが?……というか馬車についているステップが高すぎるだけで乗り方がわからなかっただけだし?身長はそこまで低いわけじゃないし……、みんながでかすぎるだけだし?

 一人で乗り込めなかったことが恥ずかしくなってロッシへのお礼が少しむっつりとなってしまったアルマに、ようやく脳が覚醒してきたらしいリンが笑った。こういうところが少女扱いされるのだがアルマはまだ気づかない。


 いってらっしゃいと手を振るリンに、脇から顔を出したアルマが振り返した。




 流石に領内最果ての街である。

 ポタムイからの乗車は案の定自分たち二人だけだった。さっきまで不機嫌だったアルマは初体験の大型の幌馬車にもう目を輝かせている。

 奥の方に護衛らしき装備の冒険者が3人ほどいるので流石に魔道具の時のように触りまくったりしていないが、中身が本当は29歳だと暴露したところで冗談にしか取られないだろう。

 ロッシは隣で窓を見たり椅子を撫でたりしているアルマを見て苦笑する。

 最近気まぐれに取ったという依頼書を受け、言葉通り火竜を斃した『銀の大山烏』には転移を使える賢者がいるが、アルマには素質があるだろうか。いや不確定要素に期待するのは良くないか。

 アルマが来て以降、立て続けに問題処理に追われてきてついうっかりしてしまっていた。

 歩いていくらしいとリンから話を受けてようやくアルマには移動手段がなかったことに気付いたのである。

 今度は御者の背中を穴が開きそうなほどに観察しているアルマを見やる。

 ポタムイに帰ってきたら魔物でも何でもいいが騎乗を練習させなければならないなと忘れぬよう手帳に小さくメモをした。獣使いの任務を調整しておかねば。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ