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ポタムイのCランク魔術師

 ランク鑑定モードにした巨大な鑑定機の、鑑定機起動用の魔石投入口近くから出てきた紙をロッシは手にする。

 これを登録書に貼っていないものは昔ならともかく現在の帝国内では何かあった時にポタムイに問い合わせが来ても本人の証明が出来ない書類の一つになってしまったのである。

 口頭でランクを偽り全滅したパーティーが後を絶たなかったなどいろんな原因はあるのだが、今回は偽装するような人間たちの逆なので危険なことにはならないはずだ。

 手を洗ってすっきりしたら気を持ちなおせたらしく、隣でワクワクと鑑定口で待ち構えているアルマを見やる。

 魔道具の時も同じ顔をしていたが、一般普及している道具でここまで童心を露わにできるとは。よほど機械が好きなのだろう。


 数十秒ほどの時間をかけ機械の中を走り回る音が響く。

 はたしてロッシの危惧は当たった。

 2段階下げたはずの魔石ランクはC。つまり初戦でAの魔石を回収したことになる。


 いくら人の暮らしを忘れるほどの修行を積んできた(と自称してるだけの)魔術師とはいえすでにA級の実力者だなんて中央に知られたら確実にここには戻って来られない。

 中央で貴族の暮らしをしている魔術師達のような状態ならまだ良いが、下手をすれば兵器として帝国の城に監禁され飼われることになるだろう。

 多数の魔術師ならば喜んで受けるだろうが彼女はそう言ったタイプではないのだ、珍しいことに。

 60幾許かをずっと潔白に生きてきたロッシが勘を信じて初めて悪事に手を染めてしまった己を褒める。


(君の歩合制の収入率は何ランクも下がるだろうが許したまえ)

 鑑定機の中で転がされ、魔石の落ちてきた穴を興味深そうにのぞき込む彼女の手の中にそれを返すと眉間をひと揉みしてから両肩に手を置いた。

「アルマさんの実力はC、ですが我々はDの魔物をなるべく選ぼうと思います」

「その心は」

「貴方がボロボロで帰ってきたからですかね」


 埃一つ付けて帰ってこなかった所で大勢に背中を押され歩を強制されるような危ない橋を渡らせようとも思わないが。

 十二分に含ませたロッシの簡素な言葉に「はぁ」と呆けた声をあげたアルマを見て、職員達はカウンター内で援護射撃とばかりに頷いた。駄目だこれ、仲間を作って行動するまでポタムイから出してはいけないタイプだ。




 結局アルマは初めての魔石を使いたくなくてギルドから生活用の低レベルの魔石をいくらか買い注文していた魔物図鑑などを受け取ると、夕飯の材料を買いにギルドを後にした。

 もはや孫を見る目になっていたロッシ達職員はアルマがいなくなった途端待ってましたとばかりに手元の書類をかき集め会議室へと駆け込んでいく。ロッシも手にランクCと印字された紙と地図を持ちカウンターに「会議中です、御用の際はベルを押してください」と書かれた札を立てて向かう。


 自分を入れ10人、辺境の地にしては職員の数はかなり多いがそれも火竜の監視をこの地が任されていたからである。

 ポタムイに保管されている文献を読んでも山からほぼ動くことはなかったようだが何かあれば天災レベルの事故になる。

 竜一匹で国が滅びた所も他所にはあるという、帝国はそれを恐れているのだ。逆にその脅威がなくなれば人はいらないのである。


「帝国からはまだ人員の削減について何も来ておりません」

「了解した。だが火竜が消えた今、それももはや時間の問題だ」

 冒険者の数も中央に比べて少ないためになめられている節は大いにある。近いうちに人員削減の話が来るのは避けられない。

 ロッシが口にする実質のクビ宣言に一同に緊張が走る。

 今から新しい職を探すなんてできるわけがないので幾人かは冒険者として歩合制の仕事をしなければならなくなるだろう。秘めたる力が眠っているならまだマシだ、歳も重ね腰骨が弱り満足に動けない職員もいる。子や孫がいればいいが、彼らも仕事がなくて、または都会にあこがれてこの街を出て行った者も多い。実質死である。


「そこでだ。昨晩構想を話した通り『魔術師アルマを使った職員削減阻止計画』を進めようと思う」

 アンデッドの数に対し処理のできる魔術師は少ない。我々の住むポタムイなどの辺境を盾に栄華を極めているのだからその盾がなくなった場合矢面に立つのは一体誰か。それを【お話】させてもらおうと思う。


 ロッシが手元に持ってきた地図を会議室のテーブルど真ん中に広げる。

 先ほどアルマにブラッドベア出現地域の印をつけてもらっている。


「魔術師達はめんどくさいことを嫌う、その点我々の所にいる彼女は期待に応えてくれる柔軟さがある、能力もある」

 こくりと誰かが頷いた。たった一人で日中に出現出来る亜種個体の瘴気濡れブラッドベアを倒し戻ってきた彼女の実力を疑う職員はもうここにはいない。


「ポタムイに研究部署を作る」

 何故アンデッドが脅威となるまで蔓延るようになったのか。成長過程、出現個所の特定、その他諸々。

 これらは魔術師の協力が得られずに中央が数百年放置してきた問題だ。単体~数体までの魔物しか攻撃できない魔法武器では藪をつついて蛇どころか虎を起こした場合の対処が出来ないと言うのが中央の見解であった。

 まあ大金をかけて集めている魔術師は自分だけなら凌げるだろうし、撒き餌に群がるということは益がなければ動かない人間であるとも取れる。中央の考え方は概ね正しいと言える。

 だから帝国の盾のうち末端の一つが予算はほぼ変わらないままに有益な情報という結果を出せるなら人員の継続投入は可能な筈だとロッシは言い切り、ビッと風を切りリンを指さす。


「ということでリン、お前はアルマさんと仲が一番いいし歳も近いので調査部部長確定だ。頼むぞ」

 リンは後に「その時のロッシは悪魔の笑みを浮かべていた」と語る。

 その他2人をリンの下につけアルマの出現を知り我先にと送られてきた依頼の束を裁くよう命じた。

 ロッシが新部署設立の許可をもぎ取るまでの間はこれを裁くことになるだろう。

 商隊の護衛をしているポタムイ登録者である冒険者呼び戻さないと無理では?と3人は山のように積まれた依頼書を見て白目をむいた。



 渦中のアルマはギルドでそんな騒動が起こっていたことなぞ露知らず、商店街にて洗剤を一番最初に吟味し買った後、食料品通りにて搬入用のカートを借りてまで食材を買い込んでいた。一人なので量は少な目にしたが種類が多い。肉も魚も穀物類も、量り売りしてくれた店主全員がレシピを一緒に教えてくるのが悪いのである。

 贅沢する気はないといったが酒池肉林レベルの話である。毎日のご飯は譲れない。

「魔道具失敗するかもしれないし何事も実験よね」

 独り言で罪悪感から自身を庇うのであった。




「Cまでの魔物……、あったあった。ブラッドベア!」

 裏表紙側の索引欄から探し出したブラッドベアのページを捲る。

 夕飯にと作った魔物の肉とペンネらしき見た目のアラビアータを口に運びながら行儀悪く新品の魔物図鑑を読み込む。

「サイラスの言う通りだ!はーん、あの光学迷彩みたいな結界の中から技を出すと透明に見えるのか……。え、やばくない?無敵じゃん怖」

 パラパラとブラッドベアに対する記述を斜め読みしていき、今更鳥肌を立てだしたアルマの耳に大量の水が溢れている音が入ってくる。

 数秒、どこからだろうとフォークを加えたまま静止したアルマは風呂場に駆け込んだ。魔道具の水道からあふれるお湯が床の石畳を濡らしている。やっちまったと慌てて魔道具を制止するも、慣れない操作に手間取りくるぶしまでの洪水を作り上げていた。

 アラビアータで上がった気分が急降下するも、血と汚泥と瘴気濡れの洗濯を床でやってしまおうと栓をし服とローブにポーチにブーツを放り込んだ。

 冷めていくアラビアータを放置しガシガシと洗剤をつけてブラシで擦るアルマの脳にふと今日できたばかりの名前だけ知っている知り合いの姿が浮かぶ。

 無事に帰れただろうかと、実はポタムイからも1週間以上かかる隣領が本拠地であることを知らないアルマはサイラスに「俺たちと会ったことは内緒な」と語尾にハートがつくような喋り方で約束をさせられたのでギルドに報告を入れなかったことを今頃思い出しちょっぴり罪悪感を覚えた。貧乏らしいが口添えしたら医者にでも見てもらえたかも知れないし、何なら魔石を譲ってくれた分払いもしたのに。今度会ったらなんかお礼をしなけりゃなぁと洗い終わったブーツをすすぎ風呂の縁にひっくり返し並べる。

 ちなみにサイラスはそんな軽めの口調でアルマに内緒のお願いをしていない、アルマの記憶改竄である。

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