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試験④

 その場で治癒と瘴気排出の応急処置をしている間、アマリアではない方の女は手にしていたゴツい装飾のついた大盾を90度横にし腰の左右についたフックとベルトで固定する。

 両方のベルトが止まると絡繰り細工のように装飾を勝手に移動させてはコンパクトにまとまっていく大盾をアルマは思わずガン見する。

 誰もがアルマに助けてもらったのを理解しているため、ガン見されている本人はその不躾な視線を気にすることなく、むしろ「盾職に興味がおありかい?」と笑いかけてくる。

 興味はあるがこれからも防御する予定はないので「盾が畳まれたのは理解したが何が起こったかわからなかったので」と素直に答える。

「まあ見慣れないか、盾職主体の人でも大盾専門ってレアだし。そう言えば魔術師さんどうしてこんな辺境の森に?」


 魔術師が本拠地登録先をヘンマン領にしているという話は聞いたことがない。

 自分の主人であるサイラスが欲してやまなかったその力を持つものはみな帝国最大都市へと本拠を移した。そもそも移す手続きがめんどくさいので移動してから登録する者だっていた。

 都市部では安定して大金を手に入れられるし、その他のことでも非常に優遇される。

 そのまま貯めた給金を収めて成り上がりの貴族にだってなることができるのだ。だから、少女の口から冒険者ランク決め試験の為にポタムイから魔物を狩りに来ましたと出てきた時はああ嘘をついたのだなと思った。

 主人のサイラスはこれでも貴族の出なのだがまあ秘密裏にアージエからヘンマンへ入領した自分たちの素性を疑うのは致し方ないだろう。

 深く突っ込むのをやめ「そうか」とだけ答える。しばし2人の間に沈黙が落ちたが、そんな静寂を突き破る高い声に思わず顔を見合わせ振りむいた。


「サイラス様怪我してるんでしょ!隠しても無駄ですよ」

 貴方のお父様に私が怒られるので大人しく患部を見せてくださいと手をかけようとしてくる女にサイラスと呼ばれた男はインナーの裾を引っ張り「今はいい!」と全面拒否の構えを取る。

 盾使いの女はそれをみて苦笑を浮かべると男に指を向ける。


「アレがうちの主人のサイラス。あ、負けた。今服めくって応急処置してるのがアマリア。ちなみに男なんで気にしないで」

「えっ男え…あ、はいアルマです」

 スカートこそ穿いていないもののスレンダーな体のラインでないと着こなせないであろう白を基調としたシンプルな服はアルマの常識を正面から殴り抜いた。

 正直色気まで感じるレベルなのに男だという。いやもう強いなこれ。

 顎を擦りつつ主人であるはずのサイラスのインナーを問答無用で引っぺがしていくアマリアという男を凝視する。意識が完全にそっちへ向いているアルマが適当すぎる自己紹介で返すが特に気にした様子もなく自分はカリンだと女は続けて名乗った。

「それでさっきまで治療されてたのがフランでこっちで安静を言い渡された男が」

「ダグです、魔術師殿。我々を……サイラス様をお救い頂きありがとうございました」


 胸と左腕にアマリアが自身のローブを細く引きちぎって作った即席包帯を巻いた中年の男が座ったままの挨拶で申し訳ないがと前置きしてから頭を下げる。

 膝に置かれた右手の指が折れそうなほどに力が入っているのだがアルマはそれを制止する術を持たない。

 畏まらないで欲しいと前世の己よりも年上であろう男の頭をあげさせようと慌てる。幾人にも教えられたがこの世界の魔術師という人間は本当に性格が悪いのだろう。元来か、もしくは外的要因によるものかは知らないが。

 だからサイラスが騒いでいる間にこの場でいきなり恩賞会議が行われているのだとアルマは社会人経験から察する。


 1時間も共に行動をしていないがサイラスの性格は何となくわかってきていた。

 謝らない口、腹の傷を隠し負傷の大きい仲間の為に一刻も早く戻ろうと提案し、弱みを見せることのない男である。

 おそらく過去にこういった事象があり、その時サイラスはやはりいつも通りの強がりが働いて魔術師にこっぴどくやられたのだ。だから彼が隊長であるのに2人が代表者代役として動いて私との交渉に入っている。


 アマリアがサイラスの意識を背けているうちにとこの度の謝礼ですが……と切り出したダグに片手を前に出し静止させた。

 アルマの行動に有利に進めたがっていた二人は顔にこそ出さないものの声が強張りかけていた。

 カフスの刺繍まで豪華なサイラスがあれだけ大切にしている部下たちの身に着けている装備、そのほとんどが一般的に流通してそうな……そして使い古したような、装飾もほとんど見当たらないシンプルなものであれば、察しが良ければわかる。彼らはあまり金を持っていないのだと。

 アルマが空っぽの熊の入れ物を指さす。アルマは熊を指さしたつもりだったがその角度は未だ項に突き刺さったままのサイラスの宝剣である。

 とうとう眉をピクリと反応させてしまったダグが取り繕おうとニコリと見返した。


「あれが欲しいんですけれど」


 というかもしかしてこれなんかの依頼でしたか?と急に不安そうな顔で聞いてきたアルマという少女にそういうわけではと2人して濁した。

 ギルドからの依頼を受けていたなら確かに横やりを入れ漁夫の利を取ったとも言われかねない状態であった。

 報告され報酬の没収やら何らかのペナルティを食らうことになるだろう。アルマはそれを恐れている。

 だが今回の目的は火竜の暗殺計画の第一歩であった。たどり着く前にターゲットが殺されてしまったのですべて無駄足になってしまったのだが、アルマには幸いなことに今回の『アージエの虎』の行軍にギルドは一切関連していない。

 隣の領に密入国までしているので下手すればこちらがペナルティを食らう状態である。

 どう濁すかと目配せを送るカリンにダグは自分がや面に立とうとアイコンタクトを送り頷いた。

 アージエ領唯一の魔法武具であるサイラス愛用の宝剣を取られるわけにはいかなかった。


「宝剣は申し訳ないですが承諾いたしかねます、魔術師殿」

「宝剣?いや、魔石ですよ。剣あっても私は使えないですし。先ほどカリンさんに話したようにこの度ポタムイにて冒険者登録しましてですね、ランク試験の獲物として魔石を持って帰りたくて……」

 そう言ってしっかりポーチの蓋裏に着けていたバッジをぺらりとめくってみせる。

 そのバッジは帝国共通の形状の物であり、ポタムイの街章と登録日、そしてポタムイギルド長『ロッシ』と冒険者『アルマ』の名がエンボス加工されていた。


「ガチなのか!」

 思わずといったカリンの叫びに未だ争っていたサイラスが気づきアルマの背後からそのバッジをのぞき込んだ。

 なんで嘘をつくんですといきなり首を傾げたアルマの後頭部とパーソナルスペースに入り込んでいたサイラスの顎がぶつかり両者転がり悶絶する様子を見て、カリンとダグは胸を撫でおろした。


「魔石か、そうか……良かった」

「我々では対峙した時点で即、戦力が半減してしまっていましたし勝率1割もありませんでしたからね、売ればしばらく遊んで暮らせますけれど命に比べれば安いですし、もちろんいいですよね!サイラス様!」

 早口でもんどりうって転がる主人にカリンが返事を促すも「えっいや魔石は、せめて半額……」ともごもご言い出したのを見て「サイラス様!」とカリンが先ほどより1段階ほど声を張る。

 残念なことにこの場の実権はサイラスにはなかった。


(隣領とかいう手短な所にいる未だ傲慢に成長していない稀有な魔術師だぞ貸しを作れ我が主人よ!)

 カリンとダグから飛ばされる圧に押し負けたサイラスが「わ、わかったよ。持ってけよ!」と若干不貞腐れながらそう言い捨てたのを確認し、主人もこう言っておりますのでどうぞお持ち帰りくださいとカリンが笑顔で応対する。



 見た目が完全に少女なせいで子供に対する態度で応対されているがギルド登録は自称20歳、そしてでアルマの本当の歳は29である。大体腹の中で何を考えているのか手に取るようにわかってしまう。

(あぁ~、すごい打算されてるゥ~)

 だが素性はこれ以上ばらさない、なぜならおそらくその方がこの一回で関係を終わらせてはくれないだろう彼らの今後の出方がわかりやすいから。

 時と対象によるが交渉は基本持っている秘密をばらさない方がうまみがあるものだ。


 サイラスが言うように瘴気持ちアンデッドが出現した場合魔物がその周辺には近寄らないというのなら、このまま魔物に会えず夜を迎えることになるのだ。期限は決まっていなくても家を買ったのにまともに住むことすらできていない。

 せっかくの新しい魔道具付きキッチンを使ってみたいし棚をもう少し増やしたい。洗濯もしたい。田舎で仕事に追われずぐうたらしたい!


 欲望に脳内を浸食されたアルマはこの機を逃がすことはできなかったので、彼らの自分(魔術師)をうまく自分たちの為に使いたいという流れに気づかないふりをした。

 そしてまるで相手の言葉をそのまま受け取る純真無垢な少女のようにぱっと顔を輝かせ喜んで見せた。


「サイラス優しい!ありがとう!」

 これで試験終えられるよと本音を混ぜ褒めればサイラスは不貞腐れた顔から一変し、不遜な表情でフンと鼻を鳴らした。



 サイラスを上手く煽てて宝剣で熊を解体させ、巨大な魔石を取り出してもらうアルマがここぞとばかりにサイラスへと疑問をぶつけていく。

 負傷していないアメリアとカリンがゲルを畳んで馬をここまで持ってくる間、この場でフランが起きるのを待ちながら馬で移動する程度の体力を今のうちに回復させようとしているダグは、主人を使いまくっているアルマに対し静止の声をかけようとすらしない。

 サイラスは魔術師を望まれてきた。魔の素質はあったがアージエ領で望まれていた攻撃魔術ではなく状態異常系の魔導であったので扱いはさらに悪くなった。ダグはその移り変わりをサイラスの近くでずっと見てきたのである。

 幼少期から遊ぶ間もなく詰め込まれ晒そうとしたところで使う場などほぼなく、むしろ有事にご高説を説くと揶揄までされ忌諱されてきた存在を、そして知識を真剣に聞き入ってるアルマの何を止めろというのか。

 己を含めた付き人は赤子のようにすべての知識を貪ろうとするアルマのようにはなれない。

 彼の努力を間近で見てきたのだ、簡単に貪ろうと思える人間はいないし、主人が嬉しそうなのを目の前で見てもきっと自分たちは今後も彼に聞くことはない。己の無知で主人が無能と言われるのならば疑問を己から消滅させるべきなのだ。


「それが見栄っ張りで不遜な態度を常に取ってしまう己が主人の為ならば」

 ダグは宝剣のスキルを発動中に不用意に触れて飛び上がったアルマと怒鳴る20を過ぎたばかりのサイラスを見て笑った。





 おやつの時間を過ぎようやく帰ってきたアルマをじっと待っていた子供軍団が迎える。

 サイラスの前に乗せてもらい近くの街道で誰もいないのを見計らっておろし別れたのでボロボロのアルマは一人で帰ってきたとしか思われていないはずだ。

 家の手伝いを合間合間にし、昼飯もおやつも街の入り口でアルマの帰りを待ちながら食べて過ごした子供たちは遅いだの血なまぐさいだの衣を着せずに吐き捨てまくる。


 流石に臭いという言葉にクッと顔をしかめ、別の子供からのおかえりにただいまと返す。

 恒例の手を引かれるという行事が発生しなかったので本当に臭いのだろうが私のせいじゃないんですよぉと心の中で嘆いた。口に出さなかったのは子供に言う必要はないからである。

 冒険者ギルドの扉を開けた瞬間リンさんに「くさっ」と言われたので手を叩いてシャワーを浴びに家に戻った。


 出直した先で丁度上司に怒られているリンをみて溜飲を下げたアルマは昨日買い揃えた適当なシャツとボトムスのままカウンターに座る。

 カンテラもロッドも全部家に置いてきたので帰りに食材と魔道具用の魔石を買おうと持ってきた紙幣と雑巾で包んだ熊から取り出した拳大の魔石しかない。


 こびりついていた肉塊とか血糊は別の雑巾でなるべく落としてきたが水洗いしていいのかわからなかったのでやはり魔石は臭気と黒い霧が漂っている。

 得体のしれない物を持ってきたなと職員達は椅子に座ったまま首を伸ばし覗いてくる。

 カウンター横、ロビー奥に鎮座する巨大な魔石鑑定機を使用するのだろうかとワクワクしながら待っていたアルマにロッシは口髭を撫でながら断定した。


「ブラッドベア」

 サイラスに種族名を教えてもらったので答えの単語を喉元に用意しておいたのだが潰されてしまった。

 とたんに気持ちがしょげだす。

 そうです……となんとか絞り出した言葉に引き出しから何かの皮で作ってあるらしい手袋を嵌めると手に取ってくるくると回しだす。

「瘴気持ち、の…ブラッドベアを……?」

「めっちゃデカかったです、顔面擦ったし鼻血出たし散々でした……」

 攻撃を受けてできた傷ではなく全てアルマ自身の体幹が悪いせいで出来た傷であるが。

 しょぼくれた気持ちが元に戻る様子はまだ見えず、肩を落とし瞼を閉じたアルマにはロッシの変化に気づかない。


 消毒用洗剤を入れたスプレーをトイレから持ってきた職員がロッシの背後から差し入れする。

 未だ瘴気燻る魔石にそれをかけ、素手で触れるまで石を磨くとアルマに石鹸で手を洗ってきてくださいと告げる。

 もはや黴菌の扱いである。

 哀愁漂う背中を見せるアルマが共用トイレへと入っていったあと、カウンター内部は騒然としていた。


「ギルド長、不味くないですか」

「ブラッドベアの一般個体のランクは?」

「Cなので瘴気持ちはランク1つあがってBになります、いや日中の出現ならさらに跳ね上がる可能性も……」

「何故他の魔物にしなかったんだアルマさんは……」

「いや、瘴気持ちが出現したなら他の魔物は消えるから今日中に帰ってこない可能性の方が高い、むしろ貴重な魔術師が無事だったことを喜ぶべきだ」

「ギルド長、周辺地区に喚起通信の用意をしておきます」

 そう言って職員の一人が新しい地図をカウンターの上に置き通信室へと戻っていった。

 アルマに持たせた地図の写しは彼女がポーチを持ってこなかったのでないだろうと踏んでの先回りである。


 トイレからまだ水音がしているのを確認しロッシは脇の魔石鑑定機の調整鍵を回す。

 種族までは出ないが、魔石鑑定機は中の魔素量をランク付けする機械なので素のまま通せばB以上は堅い。

【ド素人】で【物知らず】で【後ろ盾がない】のトリプルコンボを決め込む魔術師が初日からB以上を打ち出すのは本当に不味いのだ。

 人生で始めて魔石鑑定の不正を働くことになったロッシは1回だけ深く呼吸をしてから中のベルトコンベアを2ランク下げて再起動した。

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