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試験③

「クソッもうすぐ夜になる」

 結界は割られたが現在地は森の奥、街道からかなり外れた地点にいるだろう自分たちと人が出会うことはまずないだろう。

 飛ばされたフランの安否が心配だ。

 サイラスは再び宝剣のスキルを発動させる。血液と瘴気濡れの肉塊に触れた瞬間走る閃光が地面へと流れ飛散する。先ほどよりも重い衝撃にブラッドベアは手をがむしゃらに動かした。

 必死にしがみつくサイラスも、とうとう力負けしベルトに爪を引っかけ宙に浮かせた後ブラッドベアは渾身の力で払い落した。

 忌々しい程に太く頑強な首を見やる。サイラスは全体重を乗せ杭のように打ち込んだがそれでも致命傷には至らなかった。

 せめて神経が切れれば身体の動きが止まったり鈍くなるのではと考えたのだがそれも叶わず。

 今度は手に宝剣はない。頭上から迫る爪が風を切る音になけなしのシールドを幾重にも張る。


 期待されていた魔術師ではなく導士の能力があると診断され、その瞬間から親には落胆した顔のまま戦術を、教会からは導士術を叩き込まれてきた。

 期待に沿えなかった情けなさをバネに何かで使う可能性があると説得して習った盾は発動は容易に出来たものの強度があまりにも脆すぎた。

 腹に食い込む爪と瘴気に胃液がせりあがる。神経を支配される痛みに小刻みに震え出した身体はもう己の脳の発信を正確に打ち出すことはできないだろう。

「逃げろ、馬…で、駆けろッ!」

 後頭部を地面に押し付ける腕からは血が垂れ顔中を濡らし、地面は黒ずんだ瘴気濡れの血と泥は息をしようともがくたびに体内へと吸い込まれていく。

 遊びをやめ、ただ純粋に命を刈ろうとするブラッドベアに、サイラスが付き人4人の顔を思い浮かべた時だった。



「ひょえ……、ヤバいのいる」

 場違いな言葉が結界内で響いた。

 聞いたことのない声だが人の言葉を話しているらしいことは分かった。

 顔面が押し付けられていなくてもきっと血濡れで見えてなかっただろうが、関係ない民を巻き込んだとなれば我が領とヘンマン領の戦は避けられない。

 瞬間的に「逃げろアンデッドだ」と満身創痍のサイラスが泥を飲みながら叫ぶが気配は消えない。

 メンバーがそれぞれこの場から離れているので隊長という役割を外れているサイラスは、押し殺していた恐怖と元来の短気な気質が合わさり、一向に逃げようとしない人影に苛立ち怒号へと変わっていく。




「目が見えない人間を助けようとするな、二次被害が増えるだけだ!さっさと行け!」



 その言葉をはっきりと耳にしたアルマは木の影から抜け周囲を見回す。

 あと3人残ってるはずだが彼がやられそうになっているのに悲鳴も駆け寄る足音も聞こえない。

 じゃあきっと遠くにいるのだろう。アルマはそう解釈した。

(今ならカンテラを発動できる……!)



 赤黒い熊は乱入者に虚をつかれたが、流石に場数を踏んでいるのか血反吐と共に唸り声を飛ばしてくる。

 警戒態勢に入った魔物はアルマが突き出したロッドの先に吠えるも動く気配はない。

 攻撃されればド素人の私は一瞬で死んでただろうからそこは幸運だったが、泥で窒息しかけているお兄さんはこのままだと普通に死ぬ。


 まあ、私にタゲを移さなかったのが運の尽きだ。

 ロッドの先に炎を纏わせ熊の視線を集めると、木陰から出てくるときにローブの下に隠していたカンテラをすかさず横へ出し、刹那。

 アルマは「カラン……」と乾いた音を鳴らした。





 言葉通りのお先真っ暗だった暗黒空間だが、どうやら濃霧のような状態だったらしい。

 黒い霧を観察すれば、結構遠くの方からも集まってきてるようで、最終的にその濃霧は熊の傷口やら粘膜の露出している部分から体内へと返っていった。結界を張ったのはどうやら魔物だったらしい。

 濃霧が掃除機で吸い取られるように消え去ると、それまで硬直したままだった入れ物がどさりと地へと落ちる。

 倒れた熊の頭に押しつぶされた男がふぎゅむと聞いたことのない悲鳴を上げたので慌てて隙間を作りに駆け寄った。

 己の身体では熊も男も引きずることができず、頭を渾身の力で持ち上げ自力で抜け出してもらう方法を取ってもらうと呼びかけるが返事をする息すらもったいないと思ったのか無言で熊の腕をつかんで這いずり後進した。


「ここに来るとき他に人間を見なかったか!」

「ああ一人だけ……そうでした、怪我がすごかったんです!薬草か何か持ってません?」

 ヒーラーとかいるならもっといいんですけどと熊の項に刺さっている剣をチラ見する。確実にこの人は違うからだ。


「フランは、無事……なんだな?」

「少なくともさっき私と話をした時点では」

 彼に4人中にいるので助けてくれと乞われたのだと説明する。指で人数を答えてもらっただけで救助要請をもらったわけではなかったけれどまあ誤差の範疇でしょう。

 死んでても私は関与してませんと全力で頷けばポロリと一粒だけ涙をこぼし「ああ、よかった」とか細く呟いたので聞こえなかったフリをしてやってる間、自分の涙跡に気づいたのかごしごしとちょっとお高そうな刺繍の施されたカフス部分で地と泥を拭っている男を信じられないとドン引きながらも警戒を解くことはせずに尋ねる。

「誰も見当たらないのですが熊の他にも魔物がいて追われているとか……?」

「大丈夫だ、コイツだけだ」

 日中にアンデッドが現れることはそうそう無いし、瘴気をまき散らすタイプのアンデッドは魔物が避ける。

 だからこいつが出た時点で相当レアな状況じゃない限り別のはいないと眼球部分も血濡れになって赤いフィルターを通してこちらを見ているであろう男は答える。

 中々の知識を持っているようだとふむふむ聞く体勢に入ったが、全身赤黒い男は言葉を詰まらせ私を上から下まで眺めると「魔術師!」と叫んだ。


「うるさっ、いきなり叫ばないでください心臓に悪いな」

「ヘンマンでは登録されてなかったはず……いやそんなことより結界の外にいるフランの所に行く」

「あ、はい。私回復する術を持ってなかったので処置も何も出来てないんですよ」


 術というか知識なのだが。

 アルマの含みに気づくことなくぶつくさ呟きながら男は記憶にある結界の穴の先へと進んで行く。

 それを後から追う形で駆けていけば熊の下にいた男は倒れていたアルマに助けを求めた男の服を脱がし始めていた。

「えぇ……」

「妙齢の女が見てるんじゃない」

 妙齢ではないし処置の仕方に興味があるので本人が気絶しているのを良いことに失礼ながら覗かせていただく。

 なぜなら今後もソロで活動するなら応急処置くらい自分で出来ないと死に直結するので。

 男の半裸に特に恥ずかしがる様子も邪魔をする気配も見られなかったからか、それ以上咎めることはなかった。

 医者のようには見えない男がくまなく検診していくも、瞳孔が広がったまま動かないのを見て素人目でも状況は芳しくないんだなと察する。


「ああクソ駄目だ、瘴気吸い取り機はテントか……」

「私見てましょうか?心臓マッサージくらいなら出来ますが」

「いやアマリアを連れてきた方が早い」


 もうすぐ夜になるはずだしバラけていた方が危ないから探しに行くと答えた男にものすごく違和感を感じ眉をひそめたアルマに「何か?」と短気な性質が露出し刺々しさを露わにする。

 癇癪もちかぁ……と手に持っていたカンテラとロッドをベルトに下げ、アルマはフリーになった手で上を指さした。


「あの、まだ昼間だと思うんですけれど」


 少女の肘から指、さらにその先へと視点を流していく男は状況に困惑した。

 木々は生い茂り常に薄暗い森の中ではあるが、確かに葉と葉の間から青く空の晴れ間が覗いている。

 しっかりと日の動きを追い、腹時計も機能したというのにだ。

 そう、確かに自分たちの目には夕焼けで橙に染まる森が映っていた。


 アルマという少女と自分たちの体感時間に差異がある。

 昼間を夕刻と思わせる効果なんて、今までサイラスは知識を頭に詰め込んでもきたがそれでも見たことも聞いたこともなかった。


(結界の発動に時間がかかった……とか?それなら自分はいつから狙われていたと言うのだろう)



 考察を始めたサイラスと、これもオーブみたいに一般人と見え方が違う奴だったら不味ったなと密かに焦り出したアルマの近くで「サイラス様……」と男を呼ぶ女の声が聞こえた。


「アマリア!無事か?」

「はい!皆これ以上の損害はありません。結界がサイラス様の方角へ集束していくのを確認したので戻ってまいりました」

 療養が必要ですがダグも歩ける程度に回復しましたと後ろを振り返り二人へと視線を向ける。

 その姿を確認したサイラスはようやく心臓の動きが正常に戻り始めたのに気づかなかったフリをしアマリアにフランの瘴気塗れの負傷箇所の処置を任せようと命じる。


「そこの方は……」

「魔術師、らしい」

 サイラスはあくまでも助けてもらったと口にしなかったが、長年共にしてきた付き人には少女とその背後に落ちた綺麗なブラッドベアの死体を見て「アンデッドは魔術師に倒された」のだと瞬時に理解し、3人そろって頭を下げたのだった。

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