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試験

 頭が痛い。節々も痛い。

 どうやら置きっぱなしのマットレスの上で寝落ちていたようである。スプリングの無い綿なのでそりゃあもう身体は沈んだことだろう。

 子供たちに連れられて店を回り、借りた台車で必要最低限の棚や寝具を運ぶのまで手伝ってもらって荷物をリビングまで運んだあと、あと……。

「夜に大衆食堂で宴会、二日酔いかこれ」


 そう言えば水を飲まなかったと昨日買って洗浄後乾燥させていたグラスに水を灌ぐ。井戸と繋げられているらしい魔道具の水道水は冷たく美味しい。

 一体どういう原理なんだろうかと思うものの深く詮索してしまえば限がなくなるので一旦頭を空っぽにした。


 何の為に?もちろん昨晩からの不安の種、試験の為である。

 ランク決めということは見られながら何かを倒さねばならないのだろうかと考え、連れまわされながらイメージトレーニングを行いはしたが、ぶっつけ本番であることには変わりない。

 空気を読み大衆に倣うことは得意だが、どう考えてもこの試験は一人きり。

 リピズスに口頭で教えてもらったが何分この街に着くまで魔物からスルーされ続けてきたため機会がなく、指先に手品のように炎を乗せたあの一回きりである。

 大きめの力を使った魔術の視覚効果やら動線がわからないのである。

 下着を替え、ローブを羽織りカンテラをベルトに下げ、昨晩帰りに持たされた土産のつまみを口に放る。

 タダ同然で買ったロッドを手にリビングから庭へ出た。



 このカンテラは魔力のアンテナだ。

 死霊魔術師が本来この世界に存在しない扉を開くために、体中に分散して回ってる魔力というものを集中させ爆発させるための避雷針であるらしい。

 彼女はこちらが頭を回さなくても地球の物に例えてくれたからわかりやすかったが今後はそうはいかない。

 なにせ師であり親でもあるリピズスはもういないのだから。


(いつかわからないけど徴兵もあるし、生存確率を上げるためにはもっと研究する必要があるな……)


 ぶら下げたカンテラに片手を置き、ロッドを空に向け構える。

 火照り出した2点に分散させるイメージでさらに熱を動かしていく。リピズス達の為に扉を開いたときのような、足が宙に浮く感覚を覚えた時、ボッと空に大きく炎が飛び出たのを見た。2点同時の発動は成功したらしい。ああ、これなら誤魔化せるだろう。






「あ、見学者はいないんですか」

「私たち言わば文官ですからね」

 昨日はみっともない所をお見せしてすみませんとギルドの扉を開けて開口一番に謝罪を飛ばしたリンに試験の説明をされる。ロッシからしっかり引き継いだらしく、彼は後ろの方で手を振っていた。

 職員の連携をあそこまで徹底させるほどのエリートなのに親切でユーモアもある。なんて出来た人なんだとアルマの彼への好感度が爆上がりである。なお彼の腹積もりには今日も気づかなかった。


「試験なのに戦闘能力のない私たちがついて回るのはお荷物でしょう?よってここに魔物を倒したら出てくる魔石を1つ納品することで完了となります」

 私たちは邪魔にならないようにここで待ってますが、逆を言えば助けに行ける人間もおりません。

「ランクは高い方が依頼の幅と金額が広がりますが決して無理はしないよう、自分の力を弁えて喧嘩を売ってきてください」

「喧嘩て……」


 リンさんさては不良だったのか?

 ロッシに似た柔和な笑顔を向ける男に苦笑しつつ、カウンターに広げられている地図を見る。なおこの笑顔も距離を早急に近づけるための言葉選びも全てロッシの教育の賜物であるがアルマはそれを知らない。

 狩りのポイントと方角を指さし送り出されたアルマに、リーダーポジションにアーニーを据えた子供軍団が頑張ってねと街の入り口で見送ってくれた。多分リンさんあたりから話漏れたなこれ。




 街の周囲を囲む石レンガの塀を一歩出れば、そこは見事な農耕地帯である。まあ農耕とは言ったが牧場も点在する。

 青々と茂るイネ科の植物に、木の柵で囲まれた牧場。中で放牧されているのは牛っぽいが……。


「ツノ4本は多くない?」

 もはやそっちが本体だろと思えるほどに立派にねじれたツノが頭部の皮から突き出している。

 近くまで立ち寄り、一本一本が己の太もも以上の太さなのを確認し、ほかの魔物もこのような威圧的な姿をしているのだろうかと背を震わせた。

 人がついてこないという時点でお気軽ピクニック気分だったが改める必要がありそうだ。

 柵についていた手が突如湿りものすごい勢いで首を回すと目の前にツノが顔を出す。

「こ、子供~~~!ツノで顔見えないじゃん!やっぱりツノが本体じゃん!」

 きゃっきゃと騒ぐアルマがツノの子供を撫でまわしている間に、遠くにいた親の方が音もなく忍び寄り嘗め回すように観察され、それに気づき思わず仰け反る。

 害はない人物であると判断が下されたのか親個体にはプイと顔を背けられ足元の草をはみ始めたが、首を回すときにアルマの頬をご立派なツノがかすり傷をつけていったので一瞬で興奮の波が引いてしまいその場を退散した。この世界の牛怖い。辛い……。


 しょげた顔のままに川を渡り街道から外れ、しばらく歩くとようやく魔物のテリトリーであると言われた森までたどり着く。

 最辺境とはいえ立地にはそれなりに安全には気を使っているようだ。一番近い場所で徒歩小一時間ほど掛かるのは試験場と言うには遠いが冒険者の産出数も少ないしいざというときの盾が少ない分致し方ないのかもしれない。

 街道の石畳から草地へと進み、ブーツに草が絡まる長さになった頃から足元に鼠らしき小動物や植物がウロチョロしていたものの、アルマはそれも魔物であるとは気づいていなかった。ランクが最低でも良いのならそれらを狩れば終わっていたが気づかなかったのでしょうがない。

 期待をされている身で試験の結果が最低ランクだとやはりアタリは強くなるので頬に蚯蚓腫れを作り傷心気味のアルマのこの鈍感さは良い方向に働いたのだが。



 魔物図鑑をギルドで注文したは良いけれど昨日の今日で届くはずもなく、アルマはちょうどいいランクの魔物というものを測りかねていた。

 ロッドは一応持っては来ているが、人目がないとわかりカンテラで終わらせる気100%なのでどの魔物でも構わないのである。

「死霊魔術を使うなら必要最低限の命だけにすること」と彼女とした約束があるのでいずれは他の手段を考えなければならないが、生活の目途を立たせねばならないので仕方ない。矜持で飯は食えないのだから。


「おそらく身体が大きくなればなるほどにランクは上がるはず」

 あとは地理的な難易度が高ければそれも比例するだろうし、速さなどの肉体的な差異が人と離れれば離れるほどこちらも考慮されるはずだ。

 悪友たちといくつものゲームをはしごしてきた経験の集合知でしかないが、そこまで外れてはいないだろうと考える。

 高いランクを狙いたいわけじゃないし、自分の身長くらいまでの獣を一匹だけ頂こうと考える。肉ならご飯にも出来るだろうし悪い判断じゃないはずだ。


「……問題は今日中に出現してくれるかなんだよねぇ」


 思わずぼやいたアルマは遥か上部で木の葉で覆われ見えない空に視線をやった。

 ギルドで貰った地図を広げポイント地点に着いたことを確認したは良いけれどもそこに魔物の気配はない。

 結構奥まで進んだので帰り道がわからなくなることは避けたいのだが、そうも言ってられないようだった。

 もう森を抜けるのはカンテラに頼ればいいやと戦闘には使えない予備機能を起動するため、金属の輪をベルトの穴から外し顔の前に掲げた。曇り一つないガラスの中で揺れる火の玉に呼びかける。

「帰りのポタムイの街までのナビ、お願いします」

 心得たとばかりに揺れるのを確認し、地図をポーチにしまい森の奥へと再び足を動かす。時間制限はなかったが日が暮れるまでに何とか終わらせたかった。

 その時ふわりとカンテラが仄かに浮き出したのを感じ、周囲を観察していた視線を左手へおろした。


 うん、私持ち上げてないのに浮き出したね。

「カンテラ君あのね、まだ帰りじゃないのね」

 まだ出番じゃないからねと子供に言い聞かせるように撫でるもカンテラは元来た方角へとアルマを引っ張っていこうと力をさらに加えてくる。

 まるで屈強な男に引きずられるかのような力強さに足元に張った根を避けきることができず前につんのめり地面に突っ込んだ。

 例の牛のツノで出来た蚯蚓腫れが気にならないほどに擦り傷を作り、しまいには鼻の血管が切れたらしく血が口の中に流れ込む。


「ちょっと!」

 カンテラの暴走に怒りを露わにするアルマの背後、先ほどまで突っ立っていた地面がものすごい音を出して抉れた。

 何事だと手から離れてしまったカンテラを手繰り寄せ胸に抱き木陰へと退避しようとしたアルマの目はそれより早く赤をとらえていた。


 数発弾丸のような音で地面が抉られた後、攻撃を受け吹き飛ばされた男が真横に飛んでくる。

 受身をうまく取れなかったらしくゴボリと口から血を吐き出す男にアルマは駆け寄った。

「大丈夫ですか、いったい何が」

「……なんで、こん…なとこっ…にガキが!?」

 血反吐を吐き息も絶え絶えな彼からは明確な答えが得られなかったが、緊急事態なのは明らかなので混乱する男を放置し飛んできた先へと顔を向ける。

 数分前まで周囲の音は木の葉のさざめき程度だったのにと不思議に思うが瞬時に謎が解けた。初めて見るがこれは結界だ。

 男か、まだ姿を見つけられていない敵の方が張ったのかはわからないが、光の屈折を曲げる効果があるらしく、マジックミラーのような薄い透明の壁の中を覗き込む。今まで呑気にピクニックしていた道もそれなりに暗かったが流石にここまでひどくはなかった。ようやく昼になるくらいの時間なのに結界内は夜の帳を下ろしたかのようである。


 起き上がれるほどに体力のない男が黒く濁った血液を口からまき散らしながらもローブの裾を掴んで必死に止めてくるが、ここにいればいずれ中の敵は向かってくるだろう。闘っていても、敵前逃亡をし背を向けて敗走してもかまわずに。

 彼も肺が傷ついているだろうから気力で這いつくばって逃げることはできても走ることは不可能だろうし、アルマ自身も負傷者を背負って逃げ切れるほどの筋力も体力もない。



「お兄さん、仲間は?」

 がぼがぼと自分の血で溺れかけながら男は返事をするが、言葉として伝わってないことが解ったのか、折れた剣を掴んだままの腕とは逆の方で指を4本立てた。


「傷薬か何か持ってるんだったら気力で応急処置しといて、連れてくる」

 裾に皺を作ってくれた手をはがし、静止の声をあげる男を無視して腹に抱いていたカンテラを前に掲げ、男の作った穴から結界の中へと滑り込んだ。

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