第二話「彼女の場合(中編)」
放課後。
「じゃあねー!」
「また明日!」
とか、
「なんだか、お腹すいちゃった」
「駅前のいつものお店、寄ってく?」
とか。
授業が終わったという開放感が、教室には満ち溢れていた。そうしたクラスメートたちの会話を尻目に、佐知子は素早く帰り支度をして、そっと一人で教室から出て行く。
廊下や階段、校舎の玄関口には、他にも家路を急ぐ生徒たちが大勢いる。校庭を経て校門までは、佐知子もそうした集団に飲み込まれる形だったが、門から出たところで彼らから離れて、違う方向へ歩き始める。
この高校の生徒は、ほとんどが電車で通っているが、佐知子は徒歩通学。しかも彼女の家は、学校を挟んで、駅とは正反対に位置しているからだ。通学路が皆とは逆になることに、入学当初の佐知子は少し寂しさを感じていたが、むしろ今では「一人でいる方が気楽でいい」と思うようになっていた。
大通りを100メートルほど歩くと、警察や消防や水道局の出張所があり、この町の『官庁街』といった雰囲気になっている。そのうちの一つ、水道局の横を通り過ぎようとした時。
ワン、ワンワン。
動物の鳴き声らしき音が、佐知子の耳に入ってきた。
「犬かしら? また……?」
国語の授業中に見た芝犬のことが、頭に浮かぶ。もう放課後には、校庭にもいなかったはずだが……。
わずかに眉をしかめながら、佐知子は立ち止まり、鳴き声がした方角に視線を向ける。
灰色のビルを囲む、緑の生垣。よく見ると、その隙間に、茶色のダンボール箱が一つ挟まっていた。
「中から聞こえてくるということは……」
近寄って、開けてみる。
入っていたのは、少し狐っぽい顔立ちの犬。全体的にはライトブラウンで内側など一部が白いというのも、昼間に見た芝犬と同じ。ただしサイズだけギュッと小さくした、まるでぬいぐるみのように可愛らしい子犬だった。
「まあ!」
思わず顔が緩む佐知子。
彼女の様子を見て、子犬も嬉しそうに「ワン、ワン」と吠える。
箱詰めにされて、こんな場所に捨てられていた割には、特に衰弱している様子も見えない。なんとも元気そうだ。
子犬に対して愛おしさを感じて、佐知子の胸の奥底からは、その温もりを抱きしめたいという気持ちが浮かんでくるのだが……。
「ごめんね。うちのお母さん、生き物を飼うことに抵抗ある人だから……。残念だけど、連れて行けないわ」
自分の想いを押し沈めながら、ダンボールに蓋をする。
「大丈夫。ここは人通りも多いし、それに、お役所の建物だから。きっと誰か一人くらい、あなたを飼える人もいるはずよ」
その言葉と共に、ダンボール箱を元の場所に戻して、佐知子は立ち去るのだった。