おまけ4 それでいい
馬車から降りると、待ちきれずに玄関の前で待機していた両親に迎えられた。
「「いらっしゃい!エリーちゃんっ!!」」
‥‥どうやら息子の姿は目に入らない様だ。
「お招きありがとうございます。お義父様、お義母様」
リーゼがそう言うと、それこそ床に届きそうなくらい鼻の下を伸ばして、父上と母上はデレまくっている。
息子の嫁を可愛がるのは良い事だと思う。
だが可愛がり過ぎるのは問題だろう?
ウチの家族は、とにかくリーゼが大好きだ。
だから僕はあまり実家にリーゼを連れて来ない。
何故って?僕が独り占め出来なくなるじゃないか。
父上と母上は僕を無視して、2人でリーゼを家の中へ連れて行った。
まあ、今日は久しぶりだからリーゼを貸してやってもいい。今のところは。
置いてきぼりをくらった僕も家の中へと入った。
しかしここで新たなライバルを目の当たりにして、僕は一瞬狼狽える。
「あ、兄上、義姉上!今日は来ないんじゃあ‥‥」
兄上はウットリする程優雅に微笑み、僕を見ながらリーゼとハグをする。
義姉上と結婚する前、この笑顔にどれだけの貴婦人方がメロメロになった事か。
僕は昔から兄上には敵わない。
容姿は良く似ているが、兄上の方がどちらかと言えば中性的な顔立ちで、物腰も柔らかく誰からも好かれた。
成績も常にトップで、嫡男でなければ文官としてエリート街道を進んでいた事だろう。
ちなみに成績第2位をキープしていたのは義姉上だ。
この2人は元々ライバルで、それが何故結婚に至ったのか義姉上に一度聞いた事がある。
「見た目に反して根性が捻くれている所と、価値観が似ている所かしら」
なんとなく分かった様な分からないような答えが返って来たので、それ以来この質問はしていない。
まあ、同意する所は「見た目に反して根性が捻くれている」という兄上の腹黒さか。
そう、兄上は腹黒い。
柔らかな物腰の裏で、上手く相手を転がして、気がつけば兄上のペースに持っていかれる。
ランドゥール家の当主としては必要な要素なのだが、実の弟にもそうだからタチが悪い。
さっきだってわざと僕を見ながらリーゼをハグして、僕の反応を楽しんでいた。
だが僕はもうリーゼの夫だ。
以前と違って余裕がある。
「兄上仕事はどうしたんですか?今日は来れないと聞いていたのですが?」
しまった!
余裕どころか直球で聞いてしまった。
兄上は口の端を上げてイタズラっぽい瞳で僕を見る。
「そう言っておいた方が、サプライズになるだろう?」
やられた!
来る前から兄上のペースにハマっていたのか。
昼食のテーブルは"リーゼを囲む会"とでもタイトルを付けようか。
リーゼの隣を全員で争った結果、何故か当主の席にリーゼが座るという形になった。
しかし義姉上は弟の嫁を愛でる夫に平気なのか?
チラリと横目で義姉上を見ると、ウットリとリーゼを見つめながら、兄上を押し退けてリーゼの口へリーゼの好きなチキンを運んでいる。
義姉上貴女もですか‥‥
ウチは家族全員リーゼが大好きだ。
昼食後に全員でお茶を飲んでいると、兄上がリーゼに提案をした。
「エリー、僕は君の義兄になったんだから、僕もリーゼと呼びたいんだが?」
な、何を言い出すんだ兄上!
止めようとして僕が口を開きかけたら、それより先にリーゼが言った。
「まあ!それは絶対ダメですわ!ティエリーだけの呼び名ですもの。義兄様には今迄通り、エリーと呼んで貰います」
キッパリと言い切ったリーゼに、流石の兄上も反論出来なかった。
兄上は微笑んだが、どこか哀しげな微笑みだった。
リーゼに見せようと取り寄せたという、珍しい南国の花を見に全員で温室へ移動した。
さっきの兄上に少し同情したので、リーゼの隣を譲ってやった。
少し離れた所から見る2人は、一枚の絵の様に優雅で美しく、僕はすぐ兄上に隣を譲った事を後悔した。
そんな僕を知ってか知らずか、義姉上が隣に来て小声で話し出す。
「フィリップには昔から好きな女の子がいたのよ。でもその子は弟に夢中で、一度もフィリップの気持ちに気が付かなかったの。それにフィリップは弟が大好きだった。だから諦めて私と結婚したの」
「‥‥その女の子はリーゼですか?僕は前から兄上にリーゼを取られやしないかと、躍起になっていました。兄上は僕の為に諦めたと?」
「貴方の為にではないわ。どう見てもその女の子と弟は両想いで、フィリップの入り込む隙は無かったの。少しでも隙があったら、貴方に嫡男の座を譲って、フィリップは婿養子に入ったでしょうね」
「義姉上は、それでいいんですか?他の人を想う相手といて幸せなんですか?」
「あら?私言ったでしょ?価値観が似ているって。だから同じ物が好きで、お互い無くてはならない存在なのよ。それに見込みのない愛情なんて持ち続けても意味がないじゃない。激しい愛情なんて私はいらないの。フィリップも私もそれでいいのよ。貴方達を大好きなんだから」
義姉上が言っている事は、僕には理解出来なかった。
それでいいと義姉上は言う。
大好きだと言われた後は、何も言う事が出来なかった。
帰りの時間が来て、僕達を家族が見送っている。
リーゼはハグされ過ぎて揉みくちゃだ。
兄上はもう一度極上の笑みでリーゼを抱きしめようとしたが、僕が兄上を抱きしめた。
「兄上、言いたくありませんが、僕は兄上を尊敬しています。それから僕は兄上が大好きです」
兄上は意表を突かれポカンとしていたが
「そんな事今更だ」
と少し赤くなっていた。
帰りの馬車で気になったから聞いてみる。
「ねえリーゼ、どうして僕だけがリーゼと呼んでいいんだい?」
リーゼは少しモジモジしながら答えてくれた。
「学生時代にシュザンヌ様と決めた事があるの。お互いの本当に好きな人にだけ、特別な呼び方をして貰おうって。だからシュザンヌ様はシュゼ、私はリーゼってその時から決めていたの」
僕はリーゼの余りの可愛さに、ギュッと抱きしめキスをした。
「それじゃあ僕が君を騙してパートナーになった時にはもう‥‥」
「は、恥ずかしいからそれ以上は言わないで!」
赤くなった顔を隠そうとするリーゼを膝に乗せて、僕は上機嫌でリーゼを抱きしめる。
僕は兄上の様にはなれない。
例えどんなに見込みが無くとも、僕はリーゼを諦められないだろう。
「リーゼ、僕を選んでくれてありがとう」
キョトンとしたリーゼは不思議そうに言った。
「ティエリー以外を選ぶなんて、考えた事も無かったわ。だって私はティエリーを諦めるなんて出来ないもの」
ああ、僕等はこれでいいのだ。
リーゼを愛し、愛される喜びに、感謝の祈りを捧げよう。
これにて完結とさせて頂きます。
拙い文章にお付き合い下さって、本当にありがとうございました。




