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財産目当てと言われました  作者: 栗須まり
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おまけ3 ドミリオに吹く風

部屋の中は沈黙に包まれる。

侯爵様は海を見つめたままで、一度もこちらを振り向かない。

気難しい方なのだろうか‥?

意を決して話しかけてみる。

「長旅でお疲れでしょう?お茶を淹れましょうか?」

返事はない。

どうしたらいいのだろう?

とにかく返事を貰えるまで動かない方がいい。

「‥‥本当に長かった‥‥。ここまでの道のりは‥‥」

不意に侯爵様が口を開いた。

侯爵様の声はこの5年、夢の中で何度も何度も繰り返し聞いた声にそっくりで、胸の鼓動がドクドクと激しく鳴り響く。

落ち着きなさい私!

よく似た声を聞いただけで、動揺してはいけないわ。

「‥‥それはさぞお疲れでしょう。お休みになられますか?」

「いや、もう1秒だって無駄にしたくない‥」

侯爵様はそう言うと、お身体が不自由である筈なのに、車椅子から立ち上がって初めて私の方を向いた。


私は両手で口を塞ぎ、声にならない声を絞り出した。

「‥‥どう‥して‥?」

ゆっくりとした足取りで私に近付いてくるその姿は、幸せを願って止まない銀髪の青年だった。

「約束したでしょう?生きて必ず会いに行くと。5年もかかってしまいましたが」

私の頰をポロポロと涙が溢れる。

押さえた両手で嗚咽が漏れるのを必死に堪えた。

「私の今の名前はアイザック・ギーズといいます。父はギーズ侯爵で既にこの世に無く、私が跡を継いだのです」

ギーズ侯爵は私の頰に手を添えて、溢れる涙を優しく拭う。

「‥‥良かったわ‥あなたは‥本来の身分を取り戻せたの‥ですね‥‥。本当に‥良かったわ。私と父のせいで、不幸に‥してしまったのだから」

嗚咽を堪えながら、なんとか言葉を紡ぎ出した。

彼はやっとポリニューの呪縛から抜け出せたのだ。

これでもう思い残す事は無い。


「いいえ、私は未だに不幸です」

「何故‥ですの?私はどう償ったら良いのでしょうか?あなたは幸せにならなければいけない人です。私に出来る事は何でしょう?」

「‥‥側にいて下さいお嬢様。あなたがいなければ、私の不幸は続くのです」

胸の奥がギュッと痛い程締め付けられた。

私に出来る事は彼を自由にしてあげる事だ。

口元から手を離し、強く両手を握り締める。

懐かしい彼の瞳を見つめながら、静かに首を振った。

「私はただのアンヌです。お側にいる事は叶いません。会いに来て下さって、本当に嬉しかった。侯爵様には相応の、相応しい方がお側にいるべきです。私は罪人です。罪を償わなければ‥‥」

話している途中で口を塞がれ、その先を言う事は叶わなかった。

彼の柔らかな唇が、私の口を塞いだのだから。

「‥んっ!」

いつのまにか強く抱き締められ、身動き出来ないまま彼に口付けをされている。

声を出そうと口を少し開けたら、彼の舌が滑り込み、舌を絡められて何も考えられなくなった。


そうして暫く熱い口付けは続いた。

遂に足の力が抜け立っていられなくなると、彼は私を抱き上げソファへ運び、膝の上に座らせた。

荒い呼吸をしながら私の目元に彼は口付け、涙の跡を唇で拭う。

「あなたが何と言おうと、私はあなたを諦めない。5年前言おうとした言葉を伝えに来た私を、あなたは突き放そうというのですか?それこそ正に罪作りだ」

彼は真剣な表情で私を見つめ、私に回した腕に力を込めた。

「‥私はあなたに相応しくないわ。身分だって釣り合わないし、またあなたに甘えてしまったら、今度こそあなたは不幸になってしまう」

「あなたはただのアンヌだと言った。私もギーズ侯爵です。あの頃とは立場と経験が違います。それに私はアンヌがどれ程真面目で努力家で心優しい人間かを知っています。私が心から愛しているのは、昔も今もあなただけです!どうか私の愛を受け入れて下さい。これで拒絶されたら、今度こそ私は生きていけない。あなたのいない未来など、生きる価値はないのだから」

「‥‥そんな言い方‥ずるいわ‥」

「ずるくて結構です。私はどんな手を使ってでも、あなたを手に入れるつもりですから。あなたはただ頷いてくれればいいのです。私の為に一生を捧げてくれませんか?」

私にはもう逃げる理由は無かった。

彼の為に一生を捧げるという事こそ、彼に対する私の贖罪なのだから。

彼は全てを分かった上で、わざとそう言ったのだ。

コクンと頷き彼の目を見る。

彼の瞳は輝いて、一層強く抱き締められた。

「私からも言わせて欲しいのです」

「まだ何か?」

「身分やプライドに縛られて、素直になれなかったけど、ずっとあなたが好きだったわ‥‥」

言い終わるや否や彼の唇に塞がれて、それ以上何も言う事は出来なかった。



ドミリオより冷たい風が頰を撫でる。

もう二度と戻れないと思っていた、懐かしい故郷の風だ。

ギーズ領は王都よりずっと遠く、隣国アリタイに近い場所にあった。

王弟殿下の計らいで、私はローラン子爵の養女として、ギーズ侯爵夫人となった。

ドミリオのおじさんとおばさんは、泣きながら喜んでくれた。

別れは辛かったが、心は繋がったままだから寂しくはない。


私の身分取得は通常では有り得ない破格の待遇だ。

夫のアイザックは「それに見合う働きをしたから何も気にする必要はない」と言ったが、それを甘んじて受け入れるつもりはない。


「アンヌ、体を冷やさないように安静にしているんだよ。君はすぐに無理をするんだから」

「大丈夫ですわ。順調に育っていますもの。それに適度な運動をした方が良いと、お医者様も言っていましたし」

「私は君を甘やかしたいんだけど、君は甘えてくれないね」

「甘えてもいいなら、一つして欲しい事がありますわ」

「君の望む事なら何なりと」

「出かける前に抱き締めて、キスをして下さい」

「言われるまでもない。喜んで君の望みを叶えよう。君がいる事が私の幸せで、君はその幸せを増やしてくれるのだから」


全てを失って見た世界は、絶望ではなく希望だった。

私はもう二度と間違わない。

愛する夫とお腹の中のまだ見ぬ我が子の為に、一生を捧げて生きて行こう。

私の贖罪は私の幸せでもあるのだから。

読んで頂いてありがとうございます。

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