約束
アインのいる病室は個室で、入口に2人フランツ様の部下が立っていました。
ツンと鼻をつく消毒薬の匂いが、入った瞬間に鼻腔いっぱいに広がります。
ベッドの上のアインは青白く、浅い呼吸を苦しそうに繰り返し、今にも生き絶えそうに思えました。
アインの銀髪は光を失い、まるで白髪のように見えます。
今迄特に意識して見た事の無かったアインの顔立ちは、中々に整った女性が好む顔立ちでした。
ティエリーも「アイン目当ての女性客は多かった」と言っていましたし、シュザンヌ様もアイン目当てでヴィヴィアンヌ様に味方する取り巻きがいたと言っていました。
中には愛人になる様迫った伯爵夫人もいたそうです。
アインはそれらを巧みに退け、一途にヴィヴィアンヌ様を思い続けたのでしょう。
ヴィヴィアンヌ様との面会の後、ティエリーとフランツ様と合流し、今は4人でアインの病室にやって来ました。
ヴィヴィアンヌ様の「せめて身支度を整えてさせて欲しい」との願いにより、今は病院のシャワールームを借りて、私達が用意したドレスに着替えています。
私達は狭い病室に4人、ヴィヴィアンヌ様の到着を待っていました。
その間アインは一度も目を開ける事無く、浅い呼吸を繰り返すのみです。
「生きようとしていない」とはこういう状態の事なのだと思いました。
暫くすると刑務官とフランツ様の部下に付き添われた、ヴィヴィアンヌ様がやって来ました。
私達は病室の外に出て、入口に待機し、ヴィヴィアンヌ様だけを中に入れました。
ヴィヴィアンヌ様は真っ直ぐにアインの寝ているベッドを見つめています。
その瞳はもう、一度もティエリーを見つめる事はありませんでした。
私達は入口からヴィヴィアンヌ様の様子を窺います。
私達の用意したヴィヴィアンヌ様の髪と同じ、真っ赤なドレスを翻し、優雅にアインの枕元へ佇むと、丸椅子に腰を下ろします。
ヴィヴィアンヌ様はそっとアインの手を握り、アインの耳元で囁きました。
「アイン起きなさい。いつまでそうしているつもり?」
すると今迄全くの無反応だったアインが、パチリと目を見開いて驚愕の表情を浮かべました。
「‥‥こ‥れは‥幻‥‥ですか‥‥?」
「幻ではないわ。死にかけた貴方を見兼ねてやって来たのよ。まさか貴方勝手に死ぬつもり?」
「お‥嬢様‥なぜ‥?」
「とんでもないお節介が私を連れて来たのよ。そうやって貴方が煩わせるから」
「最後に‥お嬢様に‥‥会えて‥幸せ‥‥です」
「最後?最後なんて言わせないわ!私は死ぬなんて許さない!」
「私は‥もう‥‥お嬢様の‥役‥には‥‥」
「役に立つかどうかは私が決める事だわ。勝手な判断はやめなさい!」
「いいえ‥私は‥どの道死刑です‥。ですから‥‥最後に‥お嬢様に‥‥伝えたい言葉が‥ある‥のです‥」
「その言葉を言うのは許しません。それに貴方の罪は不問になったわ。だから生きなさい!生きて私に伝えに来なさい!」
「お‥嬢様‥」
「私は自分の罪をきちんと償うわ。貴方は生きて、私を迎えに来なさい。例え何年かかろうとも私は待っている。私の言う事を聞けるわね?」
「は‥い。約束‥‥しま‥す。必ず‥お嬢様‥‥を‥迎えに‥‥行きます‥!」
アインは一筋の涙を流しました。
それを見つめるヴィヴィアンヌ様は、やつれてはいましたが、今迄で一番美しい微笑みを浮かべていました。
それから暫くして、アインは容体を持ち直し、回復へと向かいました。
ペール卿は流刑にされ、私財は国に没収となり、一族は散り散りになったそうです。
ポリニュー元侯爵は受刑者と共に強制労働とされ、山間の要塞で過酷な労働を強いられています。
最後にヴィヴィアンヌ様ですが、国外追放となり、ドミリオ王国の商家へ下働きとして旅立って行きました。
長い赤毛をバッサリと肩までの長さに切り「ヴィヴィアンヌは死にました。これからはアンヌという名前で生きていきます」と私に微笑みながら、晴れ晴れとした顔をしていました‥‥
読んで頂いてありがとうございます。




