無かった事にします
「ギーズ候の名誉回復は議会でも議題に挙がっているから、近々なされるだろうね。アインはペール卿の犯罪に加担したが、ペール卿逮捕に至る決定的な証拠も提供した。そしてギーズ候の息子となると、ここまでのアインが犯した罪は情状酌量の余地がある。だが、君達の事件については別だ。未遂とはいえ殺人しようとしたのだからね。君達だって許せないだろう?」
私達はお互い顔を見合わせ、少し考えました。
シュザンヌ様も複雑な顔をしています。
アインやその背景にある事柄を知らなかったあの時は、ただ許せないという気持ちしかありませんでした。
「確かに許せると言ったら嘘になりますわね。命を狙われる危険な目に遭ったり、外出出来ず不便な目に遭ったりと、散々でしたから。でも、今は無事に事件は解決しております。そして私達はただ理不尽に狙われていただけではない事も知っております。ですからティエリーには最初反対‥いえ、今でも反対はされていますが、理解はして貰いました。私が出しゃばる事ではないと、充分分かってはおりますが、被害者である私が肩書きを使ってでも、せめてアインの気持ちをヴィヴィアンヌ様に伝える機会を与えてあげたいのです。このままアインを黙って天国へ旅立たせる事は私には出来ないのです」
ティエリーとシュザンヌ様は私の意見に同意してくれた様で、私の顔を見て頷きました。
するとフランツ様が口元に笑みを浮かべ、鋭い目付きでパンパンと手を叩き拍手をしました。
「エリーゼ嬢、合格だ。流石ユリテーヌの相続人といった所か」
何が合格なのか分からず、3人で顔を見合わせました。
「一つ質問しよう。君達が今回の事件は無かった事にする事で、アインの罪が問われないとしたらどうする?ああ、ポリニューの娘は別だよ。あくまでもアインだけだ」
「「えっ!?」」
突然の質問にティエリーと2人困惑しました。
罪に問われない!?しかも、アインだけ‥‥
非常に難しい質問です。
ティエリーと相談する時間が必要です。
「フランツさん、この質問は今すぐ答えなければいけませんか?」
ティエリーも同じ気持ちだった様で、私の気持ちを代弁します。
「出来れば今すぐがいいんだけどね。君達には話し合う時間が必要だろう?だから今すぐ話し合ってくれないか?」
フランツ様は笑顔で言いましたが、それは圧力にも感じました。
シュザンヌ様はフランツ様をジッと見つめています。
「ああ、そういえばティエリー君、アインが君の所の商会から着服した金の流れた先だけどね、今回の事件で使ったのはほんの一部で、残りは複数の個人の元へ流れていたよ」
「複数の個人とは、どういう事ですか?」
ティエリーが顔色を変えて聞き返すと、フランツ様は一層鋭い目付きで
「アインの生まれた村で生き残った人々と言った方が良かったかな?」
と言いました。
静かな沈黙が訪れました。
そして私達は思いました。
これは質問では無いのだと。
フランツ様の誘導により、既に答えは導き出されているのだと。
「ティエリー、私は‥」
「リーゼ、分かった。君の気が済む様にしよう。僕はもう反対しない」
話し合うまでも無く、私達の答えは決まりました。
「フランツ様、質問の答えです。私達は何の事件にも遭っておりません」
「君達ならそう言うだろうと思って、賭けてみた甲斐があったよ。実はアインには死なれちゃ困る事情ができてね。ここへ来る直前に上からの指示があったんだ。もちろん君達の相談内容がどういった事柄なのかは聞いてみないと分からなかったし、どうやって切り出そうかと考えてはいたんだがね」
「アインに死なれては困るという事情を話して貰えませんか?」
「申し訳ないが、今は詳しく話せないんだよ。まだ確定していない事が多いからね。ただ、君達の事件が公にされなかった理由がそこにはあると言っておこう。全ては上からの指示で動いている」
上からというのが王家からの指示だという事は全員が分かっています。
本来であれば強制する事も出来たのですが、フランツ様は私達の意思を尊重してくれたのでした。
「さっき合格と言ったのは、遠く王族の血をひくユリテーヌの者としての資質についてなんだ。こちらも見極めさせて貰ったよ。エリーゼ嬢、君は確かに血を受け継いでいる。こちらも上に報告しよう」
黙っていたシュザンヌ様がフランツ様に問いかけます。
「ではフランツ様、もう女狐とアインを会わせる必要はないんですの?」
「いいや、必要あるよ。何故ならアインは意識は戻ったものの、生きようとしていないからね。誰が何を言っても無駄だ。ポリニューの娘以外はね。だからエリーゼ嬢の考えた通り行動して貰いたい」
「ええ。それは勿論そのつもりでしたから。フランツ様の方で進めて頂いて構いません」
「それでは面会の日程と、日記についてはなんとかしよう」
「お待ち下さい。エリーゼ様、ランドゥール、いえ、ティエリー様と呼ばせて頂きますが、お2人で女狐に面会するつもりですの?」
「僕はそのつもりだったけど、シュザンヌ嬢何か問題でも?」
「問題は大アリですわ。ティエリー様は面会してはいけません。貴方が行ったら拗れるだけです!」
「いや、だってリーゼ1人で会わせる訳には‥‥」
「私が行きます!私なら学園時代何度も女狐とやり合ってきましたから、手の内は読めています。ティエリー様では無理です。だってどんなに冷たくしても女狐はこりませんでしたわ。自慢じゃないですけど私もこりませんの。女には女の戦い方があるのです!」
「うっ!!」
ティエリーはフランツ様を縋る様な目で見ましたが、フランツ様は溜息を吐いて両手を上げ、お手上げだよといったポーズをしました。
「ティエリー、実は私もシュザンヌ様と一緒に面会した方がいいと思うの。やっぱり女には女にしか理解出来ない事があるわ」
「リーゼ!」
「悪いねティエリー君。今回ばかりはシュゼの言う通りにした方がいいと僕も思うよ。君がいたら話し合いにならない」
「フランツさんまでっ!」
ティエリーは落ち込んで項垂れます。
だから私はそっと耳元で囁きました。
「ヴィヴィアンヌ様の口から、ティエリー様って言葉を私はもう二度と聞きたくないの。ずっと前からそう思ってヤキモチを焼いてきたわ。これは私の我儘かしら?」
パッと顔を上げて目をキラキラ輝かせて、ティエリーは私の手を取り指先に口付けをしました。
「分かった。面会はしない。外で待つよ」
機嫌を直してくれた様です。
「それにしても、やっぱりシュゼは首を突っ込んだね。ねえシュゼ?」
「そ、そんな事仰っても、私が行くのが一番ベストだと思いますわ!フランツ様だって賛成して下さったじゃありませんか。もう外出禁止解除は覆せませんわ!」
「それはもう止めと言ったからね。やらないよ。その代わり、帰ったら僕の頼みを一つ聞いて貰うよ」
「わ、分かりましたわ。今日だけですわよ」
「うん?」
フランツ様は満面の笑みでシュザンヌ様の髪に口付けをしました。
頼みって‥多分アレですわよね?
聞かなかった事にしましょう。
そうしてフランツ様は段取りを組んだら即連絡を入れると約束して下さり、渋るシュザンヌ様を抱き上げて帰って行かれました。
「ティエリー、私絶対ヴィヴィアンヌ様を説得してみせますわ!」
「大丈夫だよ。僕より頼もしい味方もいるし」
「まあ!まだ落ち込んでいますの?」
「うん。だからキスして」
「ええ‥‥」
そっと唇を交わして、ティエリーの腕の中に包まれながら、胸に仄かに灯る不安という火を打ち消しました。
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