父親
フランツ様から連絡を貰い、思いがけず4人で夕食を摂る事になりましたが、私にとってはむしろ好都合でしたわ。
私の言い出した事ですし、自分で確認したいという気持ちもありましたし、何よりシュザンヌ様には話しておきたかったのですもの。
先程挨拶の後シュザンヌ様にこっそり聞いてみましたが、外出禁止はやっと解けたとの事です。
活動的なシュザンヌ様にはやっぱり外出禁止は耐え難い仕打ちだったらしく
「私、解いてくれるまでフランツ様に指一本触れさせないつもりでいましたの」
と言っていました。
きっとその状態に我慢出来なくなったフランツ様が、止む無く折れたのでしょう。
胸元に印が付いておりましたし。
夕食は和気あいあいとして、久しぶりのお出掛けに上機嫌なシュザンヌ様が話を盛り上げてくれました。
主に結婚式の話でしたが、親戚の花嫁の失敗談等を話してくれましたので、とても参考になりました。
夕食が済み4人で応接室へ移動して本題に入ります。
先ずはティエリーが相談内容を説明して、私のやろうとしている事を話してくれました。
少し驚いた顔をしたフランツ様は
「面会は可能ではあるけれど、日記となると少々難しいね。一応今は証拠品の一つとして厳重に管理されているし。それにしても正気かい?ポリニューの娘など、収監されてからまともに会話が成立しないほど取り乱していたよ。ヒステリックに喚き散らしてね。まあ、ここ最近やっと大人しくなってきたけど」
「それは想定内ですわ。ヴィヴィアンヌ様には現状が全く理解出来ていなかったのですもの。だからこそ、日記が必要なのだとアリノール様が言ってらしたのです。身内の言葉なら疑う余地もないと」
すると突然シュザンヌ様が割り込みました。
「ごめんなさい、ちょっと気になったので別の話になりますけど、フランツ様、アインの母親はポリニュー元侯爵の姉なんですよね?」
「そうだよシュゼ」
「では父親はどなたですの?」
「特に言ってもしょうがないから、ティエリー君には飛ばして説明したんだけど、アインの父親はギーズ候だ」
それを聞いた瞬間ティエリーが叫びました。
「ギーズ候といえばペール卿の元政敵の、あのギーズ候ですか!?」
「そう。収賄の罪を着せられ、ペール卿に流刑にされたギーズ候だよ。つまり、ペール卿はギーズ候を罠にかけ、まんまとギーズ候の地位に収まったという訳さ。あの当時誰もがギーズ候に罪がない事は知っていたが、ペール卿のやり方が恐ろしくて誰もペール卿に逆らえなかったんだよ」
シュザンヌ様が溜息を吐いて口を開きました。
「私、以前お父様から聞いた事がありますわ。ほら、お父様は司法局の秘書官をしておりますでしょ?ジュール家には及びませんが、お父様も一応伯爵位を持った文官として、それなりの情報が入って来ますの。それで推測出来ましたわ、アインの母親が捨てられた訳が」
フランツ様は誇らし気にシュザンヌ様を見て微笑みながら、シュザンヌ様の腰に手を回し、ぴったりと寄り添いました。
「僕のシュゼは流石だね。人前でキスをすると怒るから我慢するけど、これぐらいは許して欲しい」
そう言ってシュザンヌ様の艶やかな茶色の髪を一房すくい、その髪に口付けました。
「ギ、ギリギリですわよ」
シュザンヌ様は少しだけ赤くなりました。
「シュザンヌ様、話して下さいな。どの様な訳ですの?」
「‥あくまで私の推測に過ぎませんが、確か先代のポリニュー侯爵は女狐の父親と違って、かなりの野心家で先を読む計算高さも持っていたと聞きましたわ。そして貴族院議員にも名を連ねていたとも。その頃の貴族院議長はギーズ候でしたので、多分ですが出世の為に娘をギーズ候に差し出したのではないかしら?そしてギーズ候が失脚すると、自分に被害が及ばない様に身重の娘を放り出したのではないかと思いますの」
「シュゼが男だったら間違いなく僕の片腕にしているね。シュゼの推測はほぼ合っている」
「「ほぼ?」」
ティエリーと声を揃えてフランツ様に詰め寄ります。
「ポリニューの先代がした事はシュゼが言った通りだよ。だがギーズ候はその当時30歳という若さでありながら議長になった人物だ。高潔で優秀な人格者で、亡くなった妻を忘れられないからと言って、先代からの申し出を最初は断ったそうだ」
「断ったのにどうしてでしょう?」
「先代は野心家だからね、あの手この手を使って娘とギーズ候を会わせる機会を何度も作ったんだ。そしてギーズ候は段々と娘に惹かれていった。アインの母親は穏やかな性格の美しい人で、妻を亡くしたギーズ候の心の拠り所になっていたそうだ」
「ではギーズ候とアインの母親は愛し合っていたのですか?」
「先代の日記にはそう書いてあったよ。思いがけず計画通り運んだと。だが、先代の望み通りギーズ候は出世の後押しをしなかったそうだ。最初から先代の思惑には気付いていたからね、ギーズ候は。ただ娘を愛した。それだけだ。そこで先代は違う道を選んだ。事もあろうにペール側について、ギーズ候へ濡れ衣を着せるのに一枚噛んでいたそうだ」
「だからアインの母親は要らないと?そんな勝手な‥‥」
ショックを受ける私の肩をティエリーがそっと引き寄せました。
「フランツさん、ギーズ候はそれからどうなったのですか?」
「流刑地である北のノルディ地方で10年後に亡くなったよ。息子が生まれた事も知らないままね。アインはギーズ候の肖像画によく似ている。生きていれば一目で息子と分かっただろう」
「フランツ様、ペール卿が失脚した今、ギーズ候の名誉は回復するのではありませんの?いえ、元々何の罪も無い方を流刑にしたのですもの、回復して当然ですわ!」
シュザンヌ様は憤りました。
私達も同じ気持ちです。
本来であればギーズ侯爵の息子として、アインは育てられた事でしょう。
ペール卿、ポリニューの先代、その息子のポリニュー元侯爵によって、アインとその母親は全てを奪われたのです。
そして知らなかったとはいえ、父親の仇の犯罪の片棒を担ぐ羽目になってしまった。
先代の日記を見たアインはどれほどの衝撃を受けたのでしょう?
アインの助かる道は本当に無いのでしょうか‥‥‥?
いつもありがとうございます。




