お見舞いですが
デザートはティエリーが沢山頼み過ぎたので、エマ達のお土産として包んで貰いました。
デートは凄く楽しかったし、ティエリーのエスコートも完璧だったのだけど、どうしても胸に引っかかる事があるのです。
やはりヴィヴィアンヌ様は全てを知るべきなのではないかと。
ティエリーは私の想いに気付いているでしょう。
でもそれについて何も言わないところをみると、やはり関わるべきじゃないと、この件に関しては譲らない考えなのでしょう。
誰かに相談してみようかしら?
シュザンヌ様?
ううん、きっとティエリーと同じ事を言うわね。
それじゃあここはやっぱり"困った時のダゴベール"かしら。
早速連絡を取ってみましょう。
「行ってくるよリーゼ。今日も早く帰れそうだから夕食は一緒に摂ろう」
「ええ。ただ今日は午後からアリノール様のお見舞いに行く予定だから、もしかしてマルゴお義母様に夕食に誘われるかもしれないわ」
アリノール様はダゴベールの奥様です。
以前パートナーの件で「妊娠中だけど安静が必要」とティエリーが言っていたのを思い出して、お見舞いついでにダゴベールに相談してみましょうと思い立ったのです。
「お見舞い‥か。うんお見舞いね。えーっとそれじゃあ帰りは迎えに行くから待ってて」
うん?
何でしょう?ティエリーが焦っています。
「ティエリー時間がないの?」
「君にキスする時間はあるよ」
そう言うと、いつもは出掛ける前頰にするキスを唇にしました。
しかも少し長め。
真っ赤になった私を見て満足そうに笑うと「それじゃあ行ってくるから、くれぐれも攫われたり回し蹴りしたりしないようにね!」などと冗談を言ってそそくさとお仕事に向かいました。
キスで何かを誤魔化された気もしますが?
午後になり、私はダゴベールの家を訪ねました。
もちろん攫われたり、回し蹴りする様な事はありませんでしたわ。
伯父様伯母様とアリノール様が出迎えてくれて、4人でお茶を楽しんでいます。
ダゴベールは伯父様の跡を継ぎお城で文官として働いていますから、帰って来るのは夕方になりそうです。
伯父様と伯母様は暫くすると、私の結婚祝いのプレゼントが、今日頼んであったお店に届くから取りに行って来ると言って席を外しました。
アリノール様は私の相手をしてくれています。
目立ってきたお腹を触らせて貰うと暖かさを感じて、確かに小さな命が育っているんだなぁと、感動していまいました。
「順調そうで良かったですわ。一時は安静にしていないとダメだったんですよね」
「あら、私ずっと順調でしたわよ?」
「えっ?でもティエリーが安静にしていないといけない状態だったと‥」
「う〜ん、それはいつ頃の話かしら?」
「あの、シュザンヌ様の婚約披露パーティーでダゴベールにパートナーを頼んだ時ですわ。アリノール様が安静にしていないといけないから、ダゴベールは来れないと」
「まあ!ティエリー君ったら!全部を話した訳じゃなかったのね!」
アリノール様はダゴベールやティエリーと同級生なので、ティエリー君と呼ぶのです。
私にとってはダゴベールが兄、アリノール様が姉の様な存在です。
「ええと、ティエリーが後で話してくれたのは、ダゴベールにパートナーを譲って貰ったとだけだったので、私はてっきりアリノール様は安静が必要だとばかり‥‥」
「口実ですわよ。どうにかしてエリーちゃんにパートナーとして認めさせる為に、嘘も方便ってやつですわ。きちんと説明していなかったのですね」
「私も早とちりしてましたの。きちんと確認しなかったから、なんかもうごめんなさい!」
だから今朝ティエリーは焦ってキスで誤魔化したのね。
もう!ちゃんと言ってくれれば良かったのに!
「いいえ、心配してくれたのねエリーちゃん。私達も心配していたのよ。エリーちゃんったら誘拐されたり命を狙われたり大忙しだったのですもの」
「うわっ!知ってらしたのね」
「ええ。私達の可愛い妹がそんな目に遭っていたなんて、それはもうショックでしたわよ。それに全部原因はヴィヴィアンヌでしょ?頭にくるったら!」
「でも、なんとか解決致しましたわ。ご心配をおかけしました。胎教に悪いですわね私。あの、アリノール様はヴィヴィアンヌ様をお嫌いなんですか?」
「ヴィヴィアンヌは一部の男性方以外の皆に嫌われていましたわ。あの取巻き連中だって、単純にティエリー君の追っかけがまとまって、一番爵位の高かったヴィヴィアンヌがいばっていただけで、影では取巻き連中にも悪口を言われていましたもの。ティエリー君に擦り寄る姿が気持ち悪いとか、男の前では態度が変わるとか」
「アリノール様結構辛辣ですわね」
「ええ。だってティエリー君と親しいからって、夫のダゴベールにまで近付いて来たんですもの!私達は学生時代からお付き合いしていましたのに!あの時は腹が立って私言ってやりましたわよ!ティエリー君はエリーちゃん以外目に入らないんだから何をしても無駄よ。貴方なんか絶対に愛されないわってね」
「ええっ!!そ、そんな事が!それでヴィヴィアンヌ様は何と?」
「愛されるかどうかなんて関係ないわ。欲しい物は手に入れるのが私のやり方よ。私の世話係は私の希望を必ず叶えてくれるんだからって笑って言ったの。びっくりしたわ私。ヴィヴィアンヌはティエリー君を好きな人と言わずに、ドレスや宝石みたいに物と言ったのよ」
「‥‥欲しい物って‥人の気持ちは物ではないのに‥‥」
「そうね。でも私あの言葉を聞いて思ったの。この人は愛されて育っていないんだって。ポリニュー元侯爵は物理的な物だけ与えて愛情を与えてはいなかったんだわって。だから愛するという事がどういう事か知らないし、愛情に飢えている事に気付いてもいなかったんだわ。そしてその飢えを本人無自覚なまま物で埋めようとしていたの」
「‥‥世話係とはアインですね。アインの愛情は伝わっていなかったのですね‥」
「幼少期に与えられる親兄弟の愛情は絶対よ。いくら愛情を与えても、主人と使用人では立場が違うの。主人は使用人から愛情を与えられるのを当前だと思うわ。ヴィヴィアンヌが欲しかったのは父親からの愛だったのよ。それを自分の理想とする、ティエリー君を手に入れる事で埋めようとしていたのね。貴女達が婚約して諦めたものと思っていたのに、命まで狙うなんて思わなかったわ。その場にいたら引っぱたいてしまったかもしれないわね」
「実は‥‥私、引っぱたいてしまいました。両頰を」
「まあ!ホホホホ!エリーちゃんやるわね!でもそれぐらいしなきゃヴィヴィアンヌは堪えないわ!流石私達の可愛い妹ですわ」
「‥‥自分でもやり過ぎかなぁと思ったのですが、アインに対するヴィヴィアンヌ様の仕打ちと、アインの報われない想いが蔑ろにされたのが許せなくて‥‥。あの、それでアリノール様ちょっとご相談があるのですが‥‥」
私は事件の時の様子やアインの生い立ち、そして胸に引っかかる気持ちをアリノール様に話しました。
黙って聞いていたアリノール様は暫く考えて、静かに口を開きました。
「ティエリー君が言う事は最もだわ。私がティエリー君であったなら同じ事を言うわね。でもエリーちゃんが言う事も正しいと思うの。エリーちゃんはどうしたい?」
「‥‥私はヴィヴィアンヌ様とアインに面会してみようと思います。私が出しゃばるべきではないと思いますが‥‥」
「確かに貴女が出しゃばるべきではないわね。だって貴女は被害者ですもの。だけど貴女にしか出来ない事があるわ」
「それは何でしょう?」
「ヴィヴィアンヌはあの性格だから、素直に人の言う事に耳を貸さないわ。でも身内からの確かな証拠があれば別よ」
「証拠とは?」
「先代の日記よ。アインの生い立ちや愛を知った上で、ヴィヴィアンヌをアインに会わせるの。被害者であり、公爵令嬢である貴女なら権力を使ってあの2人を面会させる事が出来るわ。本当はそこまでしてやる義理もないし、何より貴女は権力を使うのが嫌いだけどね」
「いいえ、アリノール様素晴らしい案ですわ!私のお姉様は世界一です!ありがとうございます!」
「私達夫婦は妹を愛しているから、どうしても甘くなってしまうわね。ティエリー君は恨むでしょうけど、パートナーの件でおあいこだわ」
アリノール様はそう言って柔らかな笑顔を浮かべました。
これから母になる人の、大きな愛と優しさが詰まった笑顔でした。
読んで頂いてありがとうございます。




