正しいのは?
王都の中心の一番広いアルフォ通りから左に入ったマルトル通りには、お洒落なカフェやレストラン、バー等がズラリと並んでいます。
この通りはデートスポットとして若い貴族や富裕層の庶民達に人気で、どのお店もいつも賑わっています。
馬車置場から歩いて向かう時、ティエリーが左肘を私に差し出してそれに捕まると、とても自然にエスコートしてくれました。
なんだかすご〜く慣れているわね。
「いつか恋人が出来たら、こんな風にこの通りを歩けたらいいなって密かに憧れていたの。だから凄く嬉しいわ」
「そんなに喜んでくれるなら、もっと早く連れて来るべきだったな。これからは来られる限り連れて来よう」
「ううん、たまにでいいわ。あんまり頻繁だと有り難みがなくなっちゃうもの」
「リーゼのそういう所凄く好きだな。宝石やドレスをねだるんでなく、一緒に過ごす時間を喜んでくれるんだ」
ん?
この発言、ちょっと引っかかるわ。
「ドレスや宝石をねだられた経験でも?ティエリーはモテますものね。エスコートだってスマートだもの。きっと今迄何度もここでデートしたんでしょうね」
あら、思わず嫌味を言ってしまったわ。
せっかくのデートなのにどうしましょう!
「誤解だよリーゼ!僕は君以外とデートなんかした事ないよ。ドレスや宝石と言ったのは、兄上のお相手候補達を見てきたからで、エスコートだってかっこ悪いから言いたくなかったけど、義姉上に練習相手になって貰ったからだよ。君の前でかっこつけたかったんだ。それに‥‥」
「それに?」
「ダゴベールに君が喜びそうな店も聞いて予約してきたんだ。信じてくれる?」
「前なら信じなかったでしょうけど、今は貴方の言う事を素直に信じられるわ。ごめんなさい変な事を言って。せっかく喜ばせようとしてくれたのに。ティエリーは素敵だからいつか私に飽きて他の女の人の物になってしまうんじゃないかって、勝手に不安に思っていたの。私、ティエリーに対してだけは凄く欲張りなの。ずっと私を好きでいて欲しいの」
ティエリーは右手で顔を覆い、赤くなっています。
「なんでそんなに可愛いんだろ?そんな嬉しい事言ってくれるなんて思わなかったよ。君が不安に思わない様に僕は毎日態度で示そう。君も男性のいる所には絶対に1人で出掛けないでくれ。婚約する前の夜会みたいに、男達に囲まれる君を見たら
嫉妬で其奴らを殺しかねない」
「私にはこんなにスマートにエスコートしてくれる大好きな王子様がいるんですもの、1人でなんて出掛けないわ」
「お姫様の期待に応えられる様、フランツさんに負けないくらい態度で示そう」
「ん〜あれはちょっと恥ずかしいわ。でもシュザンヌ様にはあれくらいじゃないと、懲りないのかもしれないわね」
「奇遇だね。僕もそう思ってた」
ダゴベールに紹介して貰ったというレストランは、落ち着いた雰囲気のお洒落な内装です。
席も個室でプライバシーがしっかり守られていました。
料理は「ダゴベールのオススメ」だというコースを頼み、いつもながらティエリーが私の世話を焼きながら食べました。
「そういえばフランツ様は今日何の用事でティエリーの所へ行ったの?」
「君には話さないといけないね。実はアインの意識が戻ったんだ」
「‥‥良かったわ。命が助かったのね」
「良かったとは言えないよ。意識が戻っただけで危険な状態には変わりないし、助かっても多分死刑は免れない」
「‥‥どうしても、死刑は免れないのかしら?」
「君には残酷な話だね。アインの罪はそれ程に重いんだ。それに本人も最初からそう覚悟をしていたとフランツさんが言っていたよ」
「そうなると分かっていてどうしてあんな事をしてしまったのかしら‥‥?」
「アインはあの女に恋慕していたそうだよ。僕には理解出来ないけどね。だからあの女の為に犯罪に手を染め、命を懸けたんだ」
「もっと別のやり方だってあった筈だわ。言う事を聞くだけが愛じゃない、諭してあげるべきだったのよ。あの人はヴィヴィアンヌ様を甘やかしただけだわ」
「アインの母親はポリニュー元侯爵の姉だったそうだ。先代が使用人に産ませた庶子のね。先代はアインの母親がアインを身籠もると、いとも簡単に捨てて、母親は1人でアインを産んで、王都外れの小さな村でアインを育てたそうだ」
「ええっ!」
「アインが子供の頃、村は流行り病で多くの犠牲者を出した。アインの母親もその1人だったそうだ。貧しくて医者はおろか薬も買えない人々ばかりだったから、村はそのまま廃村になったんだ。アインは母親の遺言でポリニュー元侯爵を訪ねた。先代から母親が貰った髪飾りを持ってね。ポリニュー元侯爵は最初は門前払いをしたが、母親を亡くしたばかりの娘に手を焼いていたので、世話係としてアインを引き取ったんだよ」
「世話係って‥ポリニュー元侯爵には甥にあたるじゃない。ヴィヴィアンヌ様にとっては従兄弟だわ。酷い仕打ちね」
「うん。でもアインは母親に自分の出生の秘密を聞いていなかったんだ。それをいい事にポリニューは頭のいいアインを利用した。ポリニュー侯爵家があそこまで存続出来たのはアインがいたからなんだよ。領地の管理をしてポリニューの借金を必死に返済していたんだ。だからランドゥール商会でも最初はポリニューが得意先になっていた。まあ、そのせいで僕はあの女に逆らえなかったんだけどね」
「あの人はいつからヴィヴィアンヌ様の事を?」
「出会った時からだそうだ。母親を亡くしたばかりなのに気丈に振る舞う姿を見て、自分も同じく母親を亡くしたばかりだったから、生涯守り続けると誓ったのだと。フランツさんにそう言って涙を流したと教えて貰ったよ」
「‥想いの深さは分かるわ。でもやはりやり方を間違えたのよ。これじゃあの人は報われない」
「報われない‥か。ポリニュー元侯爵が逮捕されるのを知り、その前に何とかしようとアインはポリニュー邸で領地の登記資料を証拠隠滅するつもりだったらしい。その時先代の日記を見付け、自分の出生の秘密を知ったんだ。だから資料はそのままにして、ポリニューを助けるのをやめたんだと。自分にもあの女を望む権利があったのだと知り、激しい憎悪を抱いたとそう言っていたそうだよ」
「ヴィヴィアンヌ様はアインの出生の秘密をご存知なの?」
「アインはあの女に何も教えていなかったんだ。知る事により傷付けたくなかったんだそうだ。自分の気持ちよりあの女が大切だったのだろう。何よりアインは既に犯罪者だ。犯罪者の自分にはあの女を望む資格はないし、最後に2人で過ごせた事が幸せだったと言っていたそうだよ。だから最初から死ぬつもりであの女の為に君を狙ったんだ。僕の推測だけど、もしかしたら心中するつもりだったのかもしれない」
「‥‥‥」
「せっかくのデートなのにこんな話してごめんねリーゼ」
「ううん、デートは凄く嬉しいわ。ただ、このままヴィヴィアンヌ様は何も知らないままでいいのかと思って。やっぱり全て知るべきなんじゃないのかしら?」
「リーゼ、だとしても僕等はもう関わるべきじゃない。それになにより僕はあの女の顔なんか見たくもないんだ。君を殺そうとした相手だよ!君が許しても僕は絶対に許さない!!」
「‥‥そうね。ティエリーの言う通りだわ」
「それじゃあこの話はもうおしまい。デザートは何にする?」
「ダゴベールオススメでお願いするわ」
「色々試してみないか?君の好きそうなケーキをケースから選んで来るから待ってて」
「ティエリーオススメね。フフ。楽しみにしているわ」
ティエリーの言う事は正しいと思います。
でもやっぱり、このままじゃいけないのではないかと‥‥
読んで頂いてありがとうございます。




