結末
「ティエリー様、貴方まで連れてくるつもりはありませんでしたわ。私が用のあるのはその女ですの。そこを退いて下さいませ」
「どうやら分かっていないらしいが、お前にティエリーと呼ぶ権限はない。ましてや僕の愛しい人を女呼ばわりするだけで罪に値する。お前は今や何の身分もない平民だからな」
「なっ!!」
「アインよ、何故教えてやらないんだ?父親もペールも全員投獄されて、お前達も犯罪者であると」
「ど、どういう事よアイン!お父様はすぐ釈放されるって言ったじゃない!ペール卿も無事だって!」
「‥‥申し訳ございませんお嬢様」
「私はポリニュー侯爵令嬢よ!平民などではないわ!」
ヴィヴィアンヌ様はブルブルと震えながら叫びました。
私は何も言えずティエリーを見守っています。
「ポリニュー侯爵家は既に存在しない。貴族名鑑からも抹消された。お前は紛れもなく平民で犯罪者だ!」
「‥嘘よ!嘘よ!嘘よ!そんなの信じない!ああ!その女ね?ティエリー様、その女に騙されているのね?」
「救いようのないバカだな。お前の口から名前を呼ばれるだけで虫唾が走る。いい加減にその汚い口を閉じろ!!」
ヴィヴィアンヌ様の顔色が真っ赤に変わり、怒りに震えている様に見えました。
フラリと甲冑に近付き、甲冑の手元から剣を外すと再び近付いて来ます。
「私がその女を殺して目を覚まして差し上げますわ!!」
ヴィヴィアンヌ様は剣を私に向かって振りかぶりました。
ガッシャーン!!
ガラスの割れる音と共に、眩しい光が部屋に差し込みます。
ヴィヴィアンヌ様は光の方を見ました。
「今しかない」
私は素早く立ち上がり、ヴィヴィアンヌ様の腕に手刀を入れ、持っていた剣を落とし、回し蹴りをして床に倒しました。
落ちた剣を足でティエリーの方へと蹴ると、ティエリーも素早く剣を拾って構えます。
ガラスの割れる音で護衛や精鋭部隊が気付いた様で、複数の足音が近付いて来ます。
私は急いで割れた窓に走り、カーテンを開けました。
そして窓の外にいたのはなんと!
「シュザンヌ様!?」
「女狐!観念なさい!!皆様、こちらですわよ!せーの、キャー!!」
シュザンヌ様は耳を塞ぎたくなる様な悲鳴を上げて、私達の居場所を報せました。
扉には鍵がかかっているようで、ドン!と体当たりをする音が聞こえます。
「こ‥の女ー!!」
アインがシュザンヌ様に向かって走り出しました。
「いけない!逃げてシュザンヌ様!」
そう叫んだのと同時にシュッと何かが視界を横切り、アインの両足に突き刺さりました。
それがナイフであると気付いたのは次の瞬間です。
アインはそのまま床に膝をつき、両腿に刺さったナイフから血を流しています。
シュザンヌ様を見ると、フランツ様に横抱きにされていました。
フランツ様は見た事もない程鋭い目付きで、アインを睨み付けています。
アインは体を引きずりながら今度はヴィヴィアンヌ様の方へと移動し始めました。
フランツ様はアインの両腕目掛けてナイフを投げると、アインは床に沈み込みます。
ヴィヴィアンヌ様は私に倒された拍子に強く背中を打ったのか、呼吸がうまく出来ないようで左右に転がりながらもがいていました。
アインは頭を上げて苦痛に耐えながらヴィヴィアンヌ様の方へと進み続けます。
床には血の跡が線となってべっとりと残りました。
「ゴホッ!ゴホッ!」
ヴィヴィアンヌ様が咳き込みながら立ち上がりました。
「‥お嬢様」
アインの様子に気付くとヴィヴィアンヌ様は後退りながら言いました。
「い、嫌!こっちへ来ないで!役立たずが!私のドレスが汚れるじゃない!!」
「‥‥申し訳ございません‥お嬢様」
「来るなって言ったでしょ!汚いのよ!役立たずのくせに!!」
バン!
扉が開き精鋭部隊が入って来ました。
何処にそんな力が残っていたのでしょう?
アインは立ち上がりヴィヴィアンヌ様の前で両腕を広げました。
精鋭部隊はアインとヴィヴィアンヌ様を取り囲み、ジリジリと輪を狭めていきます。
「ウォー!!」
アインは叫び跳びかかりました。
ザシュッ!
3人の精鋭が一斉にアインに剣を振り下ろし、血飛沫が飛び散ります。
「グッ!!」
アインは声とも悲鳴ともとれない音を漏らし、バタンと倒れました。
「ヒッ!!血が!ドレスに血が!なんとかしなさい役立たず!さっさと起きなさい!!」
プツンと私の中で何かが切れました。
精鋭部隊の輪を掻き分け、ヴィヴィアンヌ様の前で右手を振り上げ、左頬目掛けて振り下ろします。
バチン!!
「痛っ!!何をするの!」
「痛い?でもこの人はもっと痛いのよ。それなのに貴女を守ろうとした」
「当然よ!私は守られて当然なの!!」
「誰が決めたの?貴女みたいな人の痛みも分からない人を誰が守ろうとするの?この人以外誰も守らないわ!貴女はそれすら分かっていない!」
「な、生意気な!私に何をされても黙っていたくせに!よくもそんな口が聞けるわね!!」
「黙っていたのは貴女みたいな1人じゃ何も出来ない人が憐れだったからよ。でも本当に憐れなのはこの人よ!!いい加減目を覚ましなさい!!最初から貴女にはこの人以外味方などいなかったのだから!」
「わ、私はポリニュー侯爵令嬢よ!!守られて当然なのよ!!」
バチン!!
今度は反対側の頰をひっぱたきました。
いつの間にかティエリーが私の後ろに立ち、肩に手を置いています。
「貴女と同じ事をしてあげるわ。ポリニュー元侯爵令嬢ヴィヴィアンヌ!ユリテーヌ公爵令嬢エリーゼ・ド・ユリテーヌが命ずる!格下が同等の位置に立つな!跪きなさい!!」
ヴィヴィアンヌ様はすっかり戦意喪失し、そのまま床にヘナヘナと跪きました。
我が家は公爵家で、遠くなったとはいえ王家の親戚筋に当たります。
貴族であれば逆らう事など出来ないのです。
精鋭部隊はヴィヴィアンヌ様を捕縛し護送馬車へ引っ張って行きました。
アインは虫の息でしたが、辛うじて生きていたので荷馬車に乗せられ医師の元へ運ばれて行きます。
フワリとティエリーが後ろから優しく私を包み、耳元で囁きました。
「もう泣いてもいいよ」
私はティエリーに向き直り、胸に顔を押し付けて声を殺して泣きました。
悲しい訳じゃない。
あの人の、命を張って守ったあの人の献身がただただ憐れで、涙が溢れてきたのです。
報われない、救われないそんなあの人の献身が‥‥
読んで頂いてありがとうございます。




