作戦決行
馬車は目的地へと進んでいます。
6人の護衛が馬に乗って馬車を守る様に走ります。
揺れる車内で微かに震える手を大きな手がそっと包みました。
「怖い?リーゼ?」
「いいえ、少し緊張しているだけ」
「それなら手を繋いでいよう。僕も緊張しているよ」
「ありがとうティエリー」
「でも驚いたよ。まさか護衛にチェン師匠が加わってくれるなんて」
「無理を承知でお願いしてみたの。そうしたら案外あっさりと承知して下さったわ」
「君が最も信頼できる護衛だね。チェン師匠なら心強いよ」
「ええ。チェン師匠なら百人力ですわ」
私が微笑むとティエリーは繋いだ手に力を込めました。
「絶対に離さないからね。今日で終わりにしよう!覚悟はいい?」
「覚悟ならとっくに出来ていますわ。ティエリーがいてくれるなら大丈夫!」
「それでこそリーゼだ」
ポリニュー邸の門が開き、玄関前の車止めへとゆっくり進みます。
馬車が止まり護衛が先に馬から降りて、私達が降りてくる先に待機しました。
「さあ行こうか!」
「はい!」
いよいよ決着の時が始まります。
フランツ様の計画通り、御者のジャンには街の風紀の悪い酒場へ何度も足を運んで、酔ったフリをして貰いました。
その度に我が家の情報をうっかり溢すという演技をして、酒場では口の軽い使用人というイメージが定着しました。
ガラの悪い男が近付いて来るのにそう時間はかからなかったそうです。
日付を聞き出した男は上機嫌でジャンに酒を奢り、そのままフランツ様の子飼いに尾行されているのにも気付かず隠れ家を目指しました。
万が一を考えて、今日は隠れ家周りにもフランツ様が兵を配置しているそうです。
ポリニュー邸の抜け道は確かに存在し、昨日の内に邸内には抜け道を使ってフランツ様の精鋭部隊が潜んでいます。
但し、ヴィヴィアンヌ様とアインが抜け道を使って邸内に侵入してくる事を予測し、警戒されない様、精鋭部隊が抜け道を使った痕跡は慎重に消してあるそうです。
精鋭部隊はプロ中のプロです。
証拠隠滅は完璧でしょう。
馬車から降りてティエリーに手を引かれるままポリニュー邸の中へと進みました。
玄関ホールは広く、正面に階段があり、途中の踊り場から左右に分かれていました。
私達は階段を登って右側へと進みます。
玄関ホールをグルリと囲むように渡り廊下があり、廊下沿いに扉が二つありました。
最初の扉を開けて護衛が2人先に中へと進みます。
私達はその後に続き中へ入りました。
扉は開けたままチェン師匠が入口で周囲を警戒しています。
師匠は私の方を向き口に人差し指を当てて、静かにする様合図を送りました。
「いよいよなのね」
そう思ってゴクリと生唾を飲み込んだその時でした。
バーン!!
玄関の扉が乱暴に開けられ、ならず者のような格好をした20人程の男達がなだれ込み、玄関ホールにワラワラと広がります。
私達を発見した男達は、我先にと階段を登りながらお互いに先を争っています。
フランツ様の予想通り、寄せ集めの烏合の集は何の連携も策もなく、ただ暴れているだけに見えました。
階下の玄関ホール周りにあった扉がバンバンと音を立てながら次々と開いていき、中から黒い制服に身を包んだ精鋭部隊が現れました。
怯んだ男達は味方を押し退け「話が違う」などと叫びながらバラバラに散っていきます。
2人ほど私達の部屋の前までやって来ました。
「フゥーワター!」
チェン師匠の技を繰り出す時の雄叫びが聞こえ、2人の男は攻撃する暇もなく気絶させられました。
あまりに早い攻撃で何がどうなったのか全く分かりませんでした。
チェン師匠は息一つ乱れていません。
師匠はニヤリと笑いながら私を見て言いました。
「お嬢、攻撃は最大の防御ですよ」
し、師匠!
痺れました!!
精鋭部隊は次々に男達を捕縛していきます。
指名手配犯といっても詐欺師や窃盗犯が混じっており、全員が腕に覚えのある輩ではありません。
殺人犯にしても、厳しい訓練を受け修羅場を潜り抜けてきた精鋭部隊の敵ではありませんでした。
およそ10分くらいで勝負は決まり、全員が捕縛されていきます。
二階に上がって来た輩は全てチェン師匠がやっつけてくれました。
チェン師匠以外の護衛は私達の周りを囲み盾の役割をしています。
最後の男が捕縛され、緊張状態が解かれました。
いつの間にかフランツ様が玄関ホールに現れ、精鋭部隊へ指示を出し、次々に男達を護送馬車へ乗せていきます。
私達はその様子を見つめ、最後の1人が連れて行かれたのを見届けてから階段を降り始めました。
ティエリーはしっかりと手を繋いでくれています。
踊り場の中央に飾ってある絵の前まで降りて来た時でした。
グイッと強い力に引っ張られ、一瞬の内に暗闇に包まれました。
ティエリーと繋いだ手に力が入り、ティエリーも一緒に引っ張られ暗闇に包まれています。
「リーゼ!!」
「ティエリー!!」
お互いの名を呼び、繋いだ手を手繰り寄せ抱き合いました。
ドサッと床に倒れ込んだ様な衝撃を感じましたが、痛くはありませんでした。
ティエリーがクッションがわりに衝撃を受け止めてくれた様です。
暗闇にぼんやりと蝋燭の光が浮かび上がり、周りに銀色の物がズラリと並んでいるのが見えます。
目を凝らすとここは分厚いカーテンで閉め切られた部屋の中で、銀色の物は甲冑である事が分かりました。
「このっ!役立たず!!」
ビシッと何かを殴る音が聞こえてその方向を見ると、人影が2人揺らめいていました。
ティエリーは私を自分の背後に移動させ、立ち上がりました。
「いったい何のつもりだ?自分達が何をしているのか分かっているのか?」
冷たい声でティエリーが2人に向かって言いました。
気付いた2人は近付いて来ます。
蝋燭の光で顔が照らされ、1人は見た事のない男、もう1人はヴィヴィアンヌ様である事が分かりました。
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