昔話をしましょう
「さあ、キスしましたわよ!もうよろしいでしょう?」
「‥‥うん」
「?ティエリー様?どうかなさいまして?」
「いや、ごめんリーゼ、ちょっと抱きしめさせて」
「は?」
言うが早いか、こうガバッと抱きしめてきましたの。
「な、何をなさるんですか!」
「‥‥うん。暫くこのままでいさせて」
「えっ?ちよ、ちょっと‥」
「静かに‥‥落ち着くまでだから‥‥」
落ち着くって、私は落ち着きませんわ!
あら、随分鼓動が早いんですのね。
気のせいかしら?
そういえば、こんな事以前にもありましたわね。
はっ!私ったら、この人との関係性をお話しておりませんでしたわ!
暫く静かにって言われたので、昔話をしましょう。
聞いてくれます?
我がユリテーヌ領はロワーヌの南側で、王都から大分離れた所にありますの。
温暖な気候と、海沿いの領地は海産資源も豊富で、とても美しい自慢の領地ですわ。
名産品のユリテーヌ産ワインは国内外でも有名で、ロワーヌ王家御用達にもなっておりますの。
従兄弟のダゴベールは、夏になるとよく遊びに来ていましたわ。
ダゴベールは一人っ子の私を、とても可愛がって下さり、私も兄の様に頼っておりますの。
8歳だったかしら?夏になり、いつもの様にダゴベールがやって来ました。
お稽古を終えて、ダゴベールのいる庭まで真っしぐらに走りましたの。
お転婆でしたわ。私。
すると、ダゴベールの隣に黒髪の見た事もないくらい綺麗な男の子がいて、私は一瞬大好きな絵本の中の黒騎士様だと思って、驚いて転んでしまいましたの。
そして、転んだのが恥ずかしくなり、泣いてしまいましたわ。
男の子は素早く私の元へ駆け付けて、抱き起こしてくれました。
ああ、やっぱり黒騎士様は優しい!なんて思っていましたら、チュッ!
えっ!!
私は何が起こったやら分からず固まってしまいましたわ。
するとダゴベールが走って来て「ティエリー!なんでエリーにキスしたの?」って。
男の子は言いました「本物かどうか確認したかったんだ」
私はポカン。
ダゴベールもポカン。
それがこのティエリーとの出会いなんですの。
最初からこの人の言っている事は分かりませんでしたわ。
社交シーズンともなると、我が家も王都のタウンハウスへ滞在します。
母の実家は王都にあり、ダゴベールの父である母の兄が継いでおりますので、当然私は母と一緒に頻繁に出向いておりました。
ティエリーの家はダゴベールの隣。
とはいえ、そんなに顔を合わせる機会はないと思っていましたら、私が出向く度に顔を合わせてしまいましたの。
ダゴベールと仲良しですわね。
お兄様が2人も出来た!なんて喜んで、いつも一緒にいましたわ。
でもティエリーってば、私をからかってばかり。
何かにつけてキスしてきましたの。
「エリー髪に虫が付いてる。とってあげるから目を閉じて」
「えっ!イヤ〜!早くとって!」
「うん。だから目を閉じて」
「うん」
「チュッ!」
「!!!!!!」
こんな感じですわ。
「何故キスするの?」と聞いたら、「エリーが可愛いから」ですって。
私はティエリーにとって特別な存在なんじゃないかって、勘違いしてしまいましたわ。
そんなある日、私が14歳の頃ですわね。領地に戻ってから事件が起こりましたの。
私付きメイドが、情夫と2人で身代金目的に私を誘拐したのですわ。
幸いすぐ発見されて、事無きを得ましたが、暗くて狭い部屋に閉じ込められたのと、信頼していたメイドに騙されたのとで、ショックで一時口が聞けなくなりましたの。
心配した両親は、母の実家に私を預けました。
ダゴベールもいるし、気が紛れるだろうと。
ダゴベールはその頃16歳になって、貴族の子女が通うソワーレ学園に通っておりましたが、毎日早く帰って来て、私の世話を焼いてくれましたわ。
そう、ティエリーも一緒に。
あの時だけはティエリーは優しかったのです。
「エリー、君の好きなお菓子買ってきたよ」と言って、わざわざお菓子を口に運んで食べさせたり、抱きしめて頭を優しく撫でたり。
おかげで私は元通り笑える様になりましたの。
そして、私の勘違いはどんどん膨らんで、ティエリーに仄かな恋心を抱く様になっておりました。
でもそれが勘違いだと気づく迄に、そう時間はかからなかったのですわ。
読んで頂いてありがとうございます。