父上来襲
フランツさんと話してから仕事に戻り、手早く片付けた。
ペールの行った行為により、ランドゥール商会グループ全体の信用はガタ落ちかと思っていたが、意外にも世間からは同情の声の方が多く、特にアインやポリニューに負わされた負債以外は売り上げに影響が出なかった。
アインの後釜としてヴォヴァリー男爵から紹介されたミケーレという男は、思った以上に優秀で素性も確かだ。
ヴォヴァリー男爵に感謝の意を伝えると、男爵もさるお方からの推薦であり、自分は間に入っただけだと謙遜して"さるお方"については教えてくれなかった。
態度からして「これ以上は聞いてくれるな」という事だろう。
ランドゥール商会も2週間経ち、ようやく落ち着きを取り戻しつつある。
この分なら毎日夕食までには帰れるようになるだろう。
そして今日は何としてでも帰り、リーゼにフランツさんの作戦を伝えなければならない。
一生懸命に仕事を片付けていたら、扉がノックされた。
「誰だ?この忙しい時に!」とは思ったが、仕方なく「どうぞ!」と言うしかない。
しかし入って来たのは珍しく父上だった。
「父上!どうしたんですか?」
「いや、たまには夕食でもどうかと思ってね。我が商会も大分落ち着いてきた事だし」
「申し訳ありませんが、僕はリーゼと夕食を食べるつもりで今仕事を片付けている最中です」
「いや、だからその‥‥エリーちゃんとだね、夕食を一緒に摂りたいと思ってさ」
「は?」
「意地悪だね、お前は!」
うちの家族はとにかくリーゼが大好きだ。
子供の頃からダゴベールの家を訪問したリーゼを隣である事をいい事に、引っ張って来てはお茶に誘ったり、夕食に誘ったり、終いには泊まっていかないかと誘ったり。
子供だった僕はそれのおかげで少しでも長くリーゼと過ごせる事を喜んだが、当然独り占め出来ない事も学んだ。
父上も母上もリーゼを離してくれないし、兄上までも僕以上に構う。
兄上にリーゼを横取りされやしないかと本気で悩んだ事もあるが、きちんと結婚して立派な跡取りとなってくれた。
「父上を連れて行ったら、後で母上に恨まれるからお断りします」
「お前が黙っていればいいだけだろう?頼むからエリーちゃんに会わせてくれ!」
「‥‥僕が黙っていても兄上からバレます」
「フィリップには仕事を押し付けてきたから大丈夫だ」
「ご自分の仕事を押し付けて来たんですか?呆れますね」
「‥‥だってさ、そうでもしなきゃエリーちゃんに会えないじゃないか。その代わり、お前の仕事を手伝うから頼む!」
僕は腹の底でガッツポーズをしたが、無表情を装って父上に仕事を手伝わせた。
流石に父上は僕以上に仕事が早い。
予想していた時間の半分で片付いた。
「それじゃあエリーちゃんに会いに行くとしよう!」
父上はホクホク顔で上機嫌だ。
いつの間に用意したのか大きな箱を小脇に抱え馬車に乗り込んだ。
「きっとリーゼはびっくりしますよ。いきなり父上が現れるんだから」
「どんな顔してくれるかな?あ〜楽しみだ!やっとエリーちゃんが娘になるんだから。おっと!くれぐれもマルゴには内緒だぞ!」
マルゴというのは母上の名前だ。
うちの両親はリーゼを娘と呼ぶのが夢だったらしい。
僕との結婚が決まった時は母上など泣いて喜んでいた。
終始ニコニコしている父上に呆れてはいたが、ポリニュー邸を使う限り父上にも計画を話すべきだと思った。
ある意味タイミングは良かったと言えるだろう。
馬車がユリテーヌ邸に着き、玄関に入ると二階からリーゼが走って降りてきた。
「ティエリーおかえりなさい!あらまあ!おじ様!」
「エリーちゃん!会いたくて来てしまったよ!それに私の事はお義父様と呼んでおくれ」
「そうですわね。お久しぶりですお義父様!お会いしたかったわ」
「エリーちゃんっっっ!!」
父上は目尻を下げ、見た事もないくらいデレデレした顔でリーゼを抱き締め頰にキスをしている。
面白くないのでリーゼを父上から引き剥がし、腕の中にすっぽりと包んだ。
「父上!リーゼは僕のです!私より先にキスしないで下さい!」
「意地悪だね、お前は。仕事手伝ったじゃないか」
「何と言われてもリーゼは譲りません!母上に言いますよ!」
「チッ」
「今舌打ちしませんでしたか?」
「空耳だろう?」
腕の中でリーゼはクスクスと笑っている。
「お義父様、夕食前にサロンでワインでも召し上がって下さいな。私はティエリーの支度を手伝ってきますので、暫くお待ち下さい」
「うん!エリーちゃんがそう言うなら待ってるよ」
「すぐに戻りますから。今日は嬉しい日ですわ。お義父様に会えたのですもの!」
父上は益々デレデレしている。
こんな顔しているのが我が商会のトップだとは誰も思うまい。
二階の僕達の寝室横にある、僕が自室として使わせて貰っている部屋へリーゼと入り、我慢出来ずすぐ抱き寄せてリーゼの唇を貪った。
「‥‥リーゼ、やっと2人になれた。ただいま」
リーゼはトロンとした目で僕を見つめ「おかえりなさい」と呟いた。
「ああもう、どうしようもない程君が好きだよ。父上にだってヤキモチを焼く程に」
どさくさに紛れてリーゼの引き締まった腰に手を添え、豊かな胸に顔を埋める。
「ティエリー今はダメ!お義父様をお待たせしているんですから!」
どうやらどさくさに紛れていなかった様だ。
リーゼに手伝って貰い手早く仕事用から自宅用へ支度を整える。
「一緒に夕食を頂けるなんて久しぶりで嬉しいわ!さ、早く行きましょう!お義父様がお待ちよ」
花の様な笑顔で喜ぶリーゼに僕は所有権を示したくなった。
「夕食は父上も一緒だけど、夜は2人だけだからね。覚えておいて」
もう一度唇を貪り、リーゼを抱き上げて階下に向かった。
「おや、お前も余裕がないねぇ。そんな風に所有権丸出しで」
リーゼを抱き上げたまま父上の所へ行くと、父上は呆れ顔でそう言った。
リーゼは顔を真っ赤に染めてジタバタしているけど、降ろすつもりは更々ない。
「何とでも言って下さい。リーゼは僕の妻になるんですから」
「私達はエリーちゃんが家族になってくれるならお前だけど我慢しよう。エリーちゃんごめんね。心の狭い奴で」
「どういう意味ですか?」
「さ、エリーちゃん食事にしよう!」
リーゼはまだジタバタしていたが父上と僕のやり取りに笑っている。
結局父上のペースに乗せられ、3人でダイニングへと向かった。
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