アドバイス
さて、やると決めたらその為の準備が必要ですわね。
まずは書き出してみましょう。
場所はポリニュー元侯爵邸。
名目はホテルへ改装の為の内装確認。
情報操作の為新聞に視察日や目的と場所を乗せて貰う。肝心なのは私が視察へ行くという事を大きく載せて貰う事。
警備はフランツ様に協力依頼。
箇条書きにするとこんな感じかしら。
不安なのは抜け道が存在する可能性と、相手がどれ程の人数で攻撃して来るかという事。
助っ人であの人にもお願いしようかしら?
あの人がいれば百人力ですわ。
「お嬢様お茶をお持ちしました」
今日は最近ユリテーヌ領から来てくれたソフィアがお茶を運んで来てくれました。
「ありがとうソフィア。王都にはもう慣れた?」
「はい。皆様良くして下さいます」
「良かったわ。あ、後でまたお使いを頼みたいんだけど」
「はい。いつでも!今日は何になさいますか?」
「えーと、えー‥っと下着を。出来ればちょっと大人っぽいのがいいかしら」
「ああ!はい。お任せ下さい!」
ソフィアはとてもセンスがいいのです。
外出禁止の今の状態では贔屓のお店に出掛ける事も出来ないので、お母様が心配してソフィアを送ってくれたのです。
私の身に付ける物は全てソフィアにお任せです。
今回は下着なんて頼んでしまいましたわ。
ソフィアは心得ましたとばかりに何も聞いてきませんが、訳知り顔なのでちょっと恥ずかしいです。
だって心が通じ合ったからといって、いつ私に飽きてしまうかなんて分からないじゃない?
ティエリーはあんなに魅力的なんですもの。
「あ、ソフィア午後からチェン師匠にレッスンをお願いしたいとエマに伝えてくれる?」
「分かりました」
さてと、余計な事は考えずチェン師匠に気合いを入れて貰いますか!!
王宮横に建つ石造りのどっしりとした歴史的建造物。
我が国の内務省の建物だ。
フランツさんに連絡を取った所、午後からならば時間が取れると返事を貰えた。
僕は少し早めに来たが、遅刻するよりはマシだろう。
案内係は廊下を先に進み建物の一番奥辺りまで来た所で立ち止まった。
「暫くこちらでお待ち下さい」
案内されたのは執務室で、部屋の主が使う為の大きなデスクが奥の窓際に有り、手前には応接セットが置いてある。
デスクには「王室特別調査官」と書かれた木の札が置かれていた。
これがフランツさんの役職だという事くらいは僕でも分かる。
今迄はなんとなくしか理解していなかったが、今回結果的に巻き込まれる形になったランドゥール商会での件で、フランツさんの有能ぶりをまざまざと見せ付けられた。
フランツさんは学園時代常に成績は3番と優秀ではあったが、目立たない順位に甘んじていた。
そして夜会では参加していた事さえ気付かない程、全くと言っていい位に存在を消していた。
それらは今迄「敢えてそうしていた」のだろう。
ジュール伯爵家の嫡男という立場を、フランツさんはしっかり理解し行動していたと言える。
リーゼにしろフランツさんにしろ、自分の立場に対する責任をきちんと果たしているのだなと、改めて尊敬の念を抱く。
僕はリーゼの伴侶として、彼女の責任を共に背負える男にならなければならない。
ティエリーは強くそう思った。
ガチャと扉が開きフランツが入って来た。
「待たせたねランドゥール君」
「ティエリーで結構ですよ。もうすぐ僕はユリテーヌ籍になりますから。お忙しい中時間を取らせて申し訳ありません」
「いや、今日はそんなに忙しくはないんだ。で、手紙の内容だけど、本気なのかいティエリー君?」
「はい。実はリーゼの発案なんです。最初は反対したんですがね、彼女の意思は固く他に良い方法も見つからなかったというのが正直なところで」
「君の婚約者殿も中々勇敢だからね。そうでなければ我が婚約者殿と親友になどなれないさ」
「そうかもしれません。ああ見えて彼女は強いんです。でも僕はシュザンヌ嬢の行動力には何度も助けられました」
「頼むから今の言葉を我が婚約者殿には言ってくれるな。これ以上活発に行動されたらこちらの身が幾つあっても足りない」
「お互いに惚れた弱みですね」
「そうだね。君とは今後も長い付き合いになりそうだし、同じ悩みを共感し合うだろうね」
フランツは大袈裟に首を傾げ、大きな溜息を吐いた。
「さて、本題だがティエリー君どうやって情報操作するつもりだい?」
「新聞社に伝手があるので記事を載せて貰おうかと思っています」
「発想は悪くないが、新聞では相手が警戒する怖れがあるね。アインは馬鹿じゃない。まず罠を疑うだろう。それに‥」
「それに?」
「シュゼにバレる。彼女は新聞の端から端までじっくりと目を通すんだ。特に最近は外出出来ないからね。世間のあらゆる情報に遅れを取りたくないそうだ」
「成る程。なんとなく分かります。だとしたら他にどうすれば良いでしょう?」
「噂を流すんだ。家人に酒場で酔ったフリをさせて、わざと情報を漏らす。そうすれば必ず誰かが近付いてきて、詳しく聞こうとするだろう。この誰かというのは、多分見張りとして雇われているであろう誰かだ」
「見張りですか?」
「ああ。我が家の周りにも怪しいと思しき輩が数人いた。ワザと泳がせているがね。尾けてみたがアインの隠れ家と思われる場所には行かないんだ。確実な動きがある迄報告に来るなとでも言われているんだろう」
「ではユリテーヌ邸にも‥‥」
「確実にいる。アインは君の所から小金を着服していたから、当分はそれで賄っているだろうね」
帳簿の改ざんを調べたが、アインの着服を目の当たりにする度に込み上げた怒りが蘇ってくる。
「上手く見張りは乗って来るでしょうか?」
「バカ娘とアインが消えてそろそろ2週間だ。雇った見張りも痺れを切らして、単調な見張りを辞めたいと思う頃だろう。なによりバカ娘がイライラして当たり散らすんじゃないかな?僕が見張りなら、報酬だけ貰ってとっととおさらばしたいと思うだろうよ」
「納得です。僕もそう思いますから」
「罠に掛かった見張りは僕の子飼いに尾けさせよう。そうして場所を確認したら、相手の動きを今度はこちらが見張るんだ」
「動き出したら次はどうします?おびき出す前に捕まえますか?」
「いや、確実におびき出すんだよ。上手くやればアインの雇った奴等も全員捕まえる事が出来る。其奴らは所謂指名手配犯の可能性が大だからね、僕としては仕事柄全員捕まえたいという訳さ」
「僕としてはやはり、リーゼの安全が確保出来ない作戦は反対せざるを得ません。指名手配犯では危険過ぎます!」
「うん、まあエリーゼ嬢に万が一の事があったら、僕だってシュゼに嫌われる。それは絶対に避けたい。だからこちらとしても精鋭中の精鋭を派遣すると約束するよ。それにどうやらポリニュー邸には抜け道がある様だ。それを上手く利用させて貰うよ」
「抜け道をどう利用するんですか?」
「表では護衛が数人しかいないと見せかける。油断した奴等は楽勝だと思うだろう。元々チームワークなんて取れない奴等ばかりだから、好き勝手に動くんじゃないかな?抜け道を使った精鋭達が中で待っているとも知らずに」
「それでもリーゼが危険である事には変わりないのでは?」
「奴等はエリーゼ嬢は狙わないよ。バカ娘はエリーゼ嬢だけは自分の手で始末しようとしているからね。あんなバカ娘にやられるエリーゼ嬢ではないだろう?」
「なぜそう言い切れるんですか?根拠は?」
「まあ、落ち着いて。この情報の出所は明かす事は出来ない。だが確実な情報だとだけ言っておこう。王家とジュールの名にかけて、この情報は絶対だ」
「‥‥!!」
王家の名が出てしまった以上、これ以上の反論は不敬に当たる。
「バカ娘からは君が守るんだ。勿論僕も一緒に行くよ。だけど何よりエリーゼ嬢の覚悟を君は尊重してやるべきだ」
「‥‥分かりました。最初はアドバイスだけ貰えればいいとだけ思っていたのですが、まさか思ってもみないような展開になりました」
「こちらとしてもエリーゼ嬢に協力頂けるとは思ってもみなかったよ。助かると言ったら君は怒るだろうがね。そのかわり、絶対にエリーゼ嬢は守ると約束するよ」
「よろしくお願いします。彼女は大人しく守られてくれるか不安ですが」
「まあ、お互いに断われないから仕方がないんじゃないかな?」
「本当に」
フランツのセリフが痛い程分かると思ったのと同時に、このフランツにこんなセリフを何度も言わせるシュザンヌは、想像以上に強者だなぁと思って笑みが零れた。
まあ、人の事は言えないけどね。
読んで頂いてありがとうございます。




