北の離宮の密談
ポリニュー侯爵は真っ青な顔で大量の汗をかいて向かい側に座るランドゥール家当主と対峙していた。
以前からランドゥール商会にはポリニュー侯爵の名前でかなりのつけがあり、その返済を迫られていた。更に自身の娘がそれを膨らませる行動を取り、彼は言い逃れをする事は出来ない。
そしてランドゥール伯爵の隣には司法長官の側近と、保安課の役人が数人ポリニュー侯爵を睨みつけている。
ポリニュー侯爵には逃げ場は無かった。
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王都の北に位置する王家所有の北の離宮の一室。
「待たせてすまんな。ジュール」
「いえ、先ずは報告を申し上げます」
「まあ、とにかく座って話そうではないか。飲み物はどうだ?」
「果実水を頂きます」
フランツの向かいに座っている、上等だが決して派手ではない青い衣服に身を包んだ男性が指を鳴らすと、たちまち給仕が盆に乗せた果実水とグラスワインを運んで来た。
男性はグラスワインをひと口飲み、テーブルの上に置く。
「さて、どこまで調べはついた?」
「本日ポリニューの身柄を拘束しまして、現在も家宅捜査を続けています。
まず出て来たのはポリニューの領地の半分は、ペール卿に譲渡されていたという書類です。ポリニューはペール卿夫人の名前で名義変更しておりました。しかし、ペール卿は領地分の税金を支払っておりませんので、殿下の睨み通り脱税の線は間違いありません」
「まあ、想定内だな。ペールもまさかこんなに早く見つかるとは思っていまい。して、領地では何が栽培されておったか?」
「タガン草が栽培されておりました。収穫し、乾燥させて粉にする作業場も見付かりました」
「ふん!ペールめ!人の領地で本当に麻薬を栽培するとはな。それで、その麻薬はどの様に売り捌いていたのだ?」
「ランドゥール商会の支店長をしていた、アインという男が、商会の販売ルートを使って裏取引していた様です」
「そのアインなる奴は捕らえたか?」
「鼻の効く奴でして、ポリニューの娘と一緒に行方を眩ましています」
「大方アインが隠れ家を用意したのだろう」
「ペール卿がポリニューに目を付けたのは何故でしょう?」
「ペールは兼ねてより麻薬栽培の為の土地を探していた。そんな時碌に領地管理もせず、贅沢し放題のポリニューが、投資に手を出したという情報を入手したのだ。元々大損をする様な投資では無かったが、ペールが手を回してポリニューを破産寸前まで追い込んだ。そこで困ったポリニューに近付き、投資の損失分の肩代わりに領地を半分譲る様持ち掛けたのだ」
「成る程、ポリニューはまんまと罠に掛かった訳ですね?」
「その通り。しかしペールはポリニューに近付き思わぬ拾い物をした。何だか分かるか?」
「いいえ」
「アインという男だ。思いの外頭のキレる抜け目のない男だった。だが何故頭のキレる男が没落寸前のポリニュー家に留まっていたか?」
「よっぽどの恩があるとしか‥‥」
「そうだ。孤児だったアインの優秀さに気付き、娘と一緒に育てたのだ。そしてアインにはもう一つ理由があった」
「理由とは?」
「ポリニューの娘に恋慕していたのだ。それこそ狂信的に」
「アバタもえくぼですかね。人の趣味にどうこう言うつもりはありませんが」
「まあそう言うな。アインには大恩ある主人の娘が女神にも等しく思えていたのだろう」
「しかし、まだ全貌が分かりません」
「麻薬栽培場所が決まったら次は密売ルートが必要になる。それを分かっていたアインは、ランドゥール商会に目を付けた。国内でも有数の販売ルートを確保しているからな」
「何故ランドゥールなんでしょう?ランドゥール以外にも大手販売ルートを確保している所はあるはずですが?」
「ポリニューの娘だよ。娘はティエリー・ランドゥールに想いを寄せていた。そこでアインはペールにランドゥールの販売ルートを持ち掛け、話に乗ったペールに娘とティエリー・ランドゥールの婚姻を後押しする様取引したのだ。自身が実行犯としてランドゥール商会に潜入するのと引き換えに」
「ですがそれではポリニューの娘は他人の物になりますよ?恋慕しているなら、それは望まないと思いますが?」
「娘に頼られる事がアインにとっての存在意義であったのだろう。そんな事を知らない娘は派手に行動して、其方の婚約者にまで気付かれたがな」
「私の婚約者は洞察力に優れていますので、あのバカ娘と違います。お陰でアインとバカ娘からペールへの繋がりが掴めました」
「ペールも明日の貴族院議員会議で断罪されるとは知らずに、ノコノコやって来るだろうよ。ポリニューに全ての罪を着せるつもりだからな」
「しかし、決定的な証拠は脱税以外出ていません」
「其方が別件で発見した誘拐事件の馬車の床板があっただろう?」
「はい。ポリニューの紋章ですね」
「私も見たが、あれが本当にポリニューの紋章だと思ったか?文字をよく見てみるがいい。PはペールのPと同じデザインだ。想像するに、ポリニューの娘はティエリー・ランドゥールから婚約者のユリテーヌ公爵令嬢を奪えば、自分がその場に座れると本気で思っていた。ペールが後ろ盾に付いている筈だからな。しかしペールは余りにもポリニューの娘が愚かな為、ランドゥールのルート以外を模索し始めた。そこで娘からユリテーヌ公爵令嬢の誘拐を懇願された時、新たなルートを思い付いたのだ。ユリテーヌ領の海からのルートをな」
「では、フリッツをそそのかしたのはペールの手の者ですか?」
「そうだ。其方の言う謎の男とは、ペールの庶子で、イカサマカードが得意なマンティスという男だ。公には息子として公表されていないがな」
「アインは誘拐に関わっていないのでしょうか?」
「アインは娘の望みは反対しない。間違っていると分かっていても反対出来ないのだ。娘はユリテーヌ公爵令嬢がフリッツに汚されるのを望んだ。だがペールは公爵令嬢をマンティスと結婚させ、新たなルートを手に入れるつもりだった。マンティスにフリッツから公爵令嬢を救出させ、恩を売って結婚させようと計画したのだろう」
「それと床板とはどういう関係が?」
「ペールは愚かな娘を始末したかった。だからわざと床板にポリニューの紋章を入れ、フリッツを捕まえたマンティスにポリニューの娘の差し金だと言わせる予定だった。ところが捕まえたのはティエリー・ランドゥールでフリッツは捕縛された。マンティスは仕方なく逃げた筈だ。フリッツが証言するだろうからな」
「まだマンティスは見つけておりません」
「ペールが匿っているから見つからんよ。最も明日ペールを断罪すれば観念して出て来るだろうが。ああ、そうだ、床板のPのトリックだが、あれはアインの仕業だ」
「アインですか?反対出来ない筈では?」
「反対出来ないが娘に危害が及ぶのを最小限に留めたかったのだろう。元々あれはペールの馬車だ。派手好きなポリニューに合わせてモザイク画を入れたのだろう。そのモザイク画にはアインが手を加え、ある方向を指している」
「ある方向とは?」
「Pから始まり茶色の石が規則的に並んでいるだろう?よく見ると文字が刻んであるのだ。一つずつ繋げるとPLACEとなり、御者側の座席を指した矢印が刻まれている」
「座席に何かが隠してあるのですか?」
「それをさっき手に入れて、来るのが遅れたのだよ。さあ、これだ」
殿下と呼ばれた男はポケットから手の平くらいの大きさの皮袋を取り出した。
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