昔話をしよう3
ある時、渡り廊下を歩いていたら、1人の女子生徒が向かい側からやって来て、すれ違い様に持っていたノートやペンを落とした。
僕も拾うのを手伝って渡したら「貴方の周りをウロつく赤毛の猫が、私の親友にイタズラをして困るわ」と言われた。
女子生徒の顔を見て、すぐに彼女の親友のシュザンヌ嬢だと分かった。
何という事だ!あの赤毛は僕の大切な彼女に嫌がらせをしていたのか!
僕はシュザンヌ嬢に「教えてくれてありがとう」と言って、深く頭を下げた。
僕はすぐに赤毛の娘を問い詰め、嫌がらせをやめてくれと頼んだ。
すると赤毛は条件を出して来たんだ。
僕等が学園を卒業して最初に開かれる夜会に、エスコート役をしてくれたらという物だった。
それで彼女が守れるなら、僕に断る理由は無かった。
あまり彼女に会えない日々が続き、僕は寂しさと切なさとでどうしようもなく落ち込んだまま、学園を卒業してしまった。
卒業してから、このまま彼女と会えなくなるんじゃないかという不安が僕を支配し、同時に彼女を手に入れるにはどうしたらいいのか?を考え、彼女の両親を訪ねて婚約を申し込む事にした。
彼女の両親は、夏休みの度に遊びに行っていた事もあり、僕を快く迎えてくれたよ。
でも「我々が決めるのは簡単だが、女相続人として伴侶を決めるのはエリーだ」と言われてしまった。
だから僕は「必ずエリーに認められる男になってみせます!」と彼女の両親に宣言したんだ。
彼女の両親は「君の気持ちがエリーに届くのを祈っているよ」と言ってくれた。
それからの僕は事業を立ち上げ、必死に働いた。
幸い運にも恵まれ、すぐ軌道に乗せる事が出来たよ。
そうしている内に、赤毛の娘から手紙が届き、夜会に行く事になったんだ。
交換条件だったから、仕方なくね。
気乗りのしない夜会で大嫌いな赤毛の娘をエスコートするのは、地獄の様だった。
何かにつけて体を擦り寄せてくる赤毛に、吐き気を覚えたね。
そんな憂鬱な気分で夜会が終わるのを待っていると、ダゴベールにエスコートされた彼女が入って来たんだ。
暫く会わない間に、益々綺麗になって少女から大人に変わっていた。
僕はダゴベールに嫉妬したよ。
彼女の隣に堂々と立っていたんだから。
暫くすると彼女の姿が見えなくなった。
ダゴベールに聞くと「気分が悪くなって、控室で休んでいるよ」と教えてくれた。
居ても立っても居られない僕は、真っ直ぐ控室へ向かったよ。
赤毛が何か言っていたが、正直赤毛なんかどうでも良かった。
控室をノックすると、返事が聞こえた。
久しぶりに聞く彼女の声に心が震えたよ。
だが入って彼女に挨拶をすると、彼女は僕の事を名前ではなく、ランドゥール様と呼んだんだ。
そして、伴侶を探しているが僕はその選択肢に入っていないと言われてしまったんだ。
僕は愕然とした。
僕には相手がいるだって?冗談じゃない!でもその時は赤毛との取り引きを、彼女に言う訳にはいかなかったんだ。
ダゴベールに聞いていたからね。赤毛からの嫌がらせを、僕には知られたくないと彼女が言っていたと。
僕は彼女を抱きしめて「僕は諦めない」と言うしかなかった。
それからの僕は狂ったように仕事に打ち込んだ。
彼女は明らかに僕を避け、夜会でも見掛ける事が無かった。
僕の出席しない夜会を選んで出ている様だと気付き、招待状を手に入れ彼女を探した。
案の定彼女は男どもに囲まれていたよ。敵意むき出しでそいつらを掻き分け、無理矢理彼女をダンスに付き合わせた。
彼女が学園を卒業して、本格的に伴侶を探し始めるのを見ているだけなのは嫌だった。
毎日そういった危機感に襲われて、なすすべも無く悶々としていたよ。
彼女は18歳になると、完全に僕の前から姿を消してしまった。
僕はどうしたらいいのか分からず、ダゴベールとシュザンヌ嬢に相談したんだ。
シュザンヌ嬢は自分の婚約披露に彼女を呼ぶと言った。
僕にはこのチャンスしかなく、確実に彼女を手に入れる為の計画を練ったんだ。
僕がパートナーになる為、ダゴベールには協力して貰った。
シュザンヌ嬢には必ずパートナー同伴でと、ルールを作って貰った。
後は僕がどう言えば彼女にパートナーとして認めて貰えるかだ。
僕は彼女に嫌われていたから、逃げられない様に追い詰めるしかなかった。
嫌いな相手に愛を囁かれても嫌な気分になるだけだ。
その気分は僕も赤毛で経験済みだ。
だから嫌われているならいっそ、彼女の嫌いな財産目当てだと言ってしまおうと。
ただ、僕の言う財産目当てとは彼女自身、彼女の存在そのものの事なんだけどね。
彼女さえいてくれたら、他には何もいらないんだ。
優しい彼女は、僕の思惑通り婚約者になってくれたよ。
婚約している間に、伴侶を選べばいいなんて言ったけど、選ぶ時間を与える前に結婚して僕の物にしてしまうつもりだった。
本当に僕は卑怯で憶病者だよ。
彼女に拒絶されるのが怖くて、本当の気持ちを伝える事が出来なかったんだから。
けれど日に日に不安そうな顔になっていく彼女を見ていて、誠実であるべきだと自分に言い聞かせたんだ。
ところが仕事でトラブルが発覚して、中々時間が取れなくなっていた。
トラブルというのはシュザンヌ嬢が説明してくれた通りだけど、最初から彼女に真摯に向き合い、全てを話しておくべきだったと心から後悔しているよ。
「僕の昔話は以上だけど、幻滅しただろう?リーゼ」
私はティエリーを見つめ、フルフルと被りを振りました。
「幻滅なんてしないわ。嬉しいだけ。だって、私は貴方が好きなんですもの!」
「リーゼ!」
ティエリーが私を抱きしめ、静かに唇を重ねました。
お互いの気持ちが通じ合って交わす口付けは、ティエリーが私に囁く愛の言葉と同じで、とても甘い優しい物でした。
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