昔話をしよう
シュザンヌ様が帰ってから、私はティエリーに話す事を考えています。
まず、勘違いにより酷い言葉を言ってしまった謝罪と、攫われた時に助けてくれたお礼を伝えたいわ。
ああでも、私の気持ちはどう伝えたらいいかしら?
結局、上手くまとまらないまま悶々と過ごし、気が付けばエマに「夕食はどうされます?」などと聞かれる時間になっていました。
夕食を済ませて、ティエリーが来るのを待ちます。
ドキドキしますわ‥‥
こうなったら開き直るのみ!ですわね。
だって結局、ティエリーが好きという事しかないのですもの。
例えティエリーが財産目当てだとしても、私が好きだという気持ちは変わらないんですもの。
うん。そうだわ!その気持ちを正直に伝えましょう!
よしっ!などと拳を握り締め、気合いを入れていたら‥‥コンコン!と、ノックの音が!
「お嬢様、ランドゥール様がいらっしゃいました」
いよいよですわ!
「‥‥お通しして」
扉が開き、ティエリーが入ってきます。
ティエリーは案内して来たマリアに、「大事な話があるから、席を外してくれ」と言って、下がらせました。
部屋の中には私達2人きり。
ハァ‥‥緊張しますわ‥‥
「リーゼ、大丈夫?もう落ち着いた?」
そう言ってティエリーが近付いてきます。
「‥‥ティ‥‥エリー‥‥」
私より頭一つ分も大きいティエリーを見上げ、顔を見たら、色んな感情が溢れて目がジワジワ熱くなってきました。
ヤバイですわ!目がウルウルしてきましたわ!
こんな時に泣きたくないのに‥‥
「わっ!リーゼ!ごめん思い出させたね。泣かないで」
全然違うのに‥‥
ティエリーは優しく抱きしめ、頭を撫でてくれます。
「‥‥違うの。違うのティエリー」
「うん?何が違うんだい?」
「あのね、あの‥‥」
涙が溢れない様に話そうとすると、上手く話せません。
するとティエリーは少し屈んで、私の唇に軽いキスをしました。
「!!」
ティエリーはイタズラっぽく微笑みながら「こうすると昔から泣き止んだよね?」
と言って私の顔を覗き込みました。
ええ、確かに涙は止まりましたけど‥‥
「とりあえず座って話そう」
ティエリーに言われてソファへ腰掛けます。
隣にはティエリーが腰掛け、私の肩を抱きました。
「それで、何が違うんだい?」
「‥‥あの、私、シュザンヌ様に聞きましたの。ヴィヴィアンヌ様があの場にいらっしゃった訳を。それで、私の勘違いで、貴方に酷い言葉を言ってしまったわ。それなのに貴方は、私を助けに来てくれた。本当にごめんなさい!!」
「‥‥‥」
「そして、本当に感謝しています。ありがとうティエリー」
ティエリーはハァーと長い溜息を吐き、私の目を見つめながら言いました。
「シュザンヌ嬢には、本当に世話になってばかりだな。あの時君にさようならと言われて、目の前が真っ暗になったよ」
「うう‥‥ごめんなさい」
「あの時ほど絶望した事はないし、あの時ほど後悔した事もなかった。もっと早く、君に全てを話すべきだった。そして、もう僕は絶対に後悔したくないんだ。リーゼ、昔話をしよう。聞いてくれる?」
「‥‥ええ」
僕の家はダゴベールの家の隣にあるけど、あの家には9歳まで住んだ事が無かった。
父は事業がまだ軌道に乗る前だったから、忙しく飛び回っていて、ホテル暮らしが常だった。
僕と兄は勉強もあるから、ソレンヌ地方に住む叔母に預けられていたんだ。
やっと事業も軌道に乗り、父も家族と一緒に過ごせる様になって、今の家で暮らし始めた。
学校にも通い始め、そこでダゴベールに会ったんだ。
ダゴベールはあの通り、面倒見が良く人当たりも良い。
僕等はすぐ仲良くなって、一緒にいる事が多くなった。家が隣というのも便利だったね。
10歳になって、ダゴベールに「夏休みは何処へ行く?」と聞かれ、僕は「何処にも」と答えたんだ。父は相変わらず多忙で、それまで家族と旅行に行った事は無かったから。
そうしたらダゴベールが「僕と一緒にエリーの所へ行こう!海が綺麗なんだ」と言って、旅行へ誘ってくれたんだ。
僕は「エリーって誰?」と聞くと「可愛い僕の従兄妹で妹さ」とダゴベールは自慢気に微笑んで、どんなにエリーが天使みたいに可愛いか、沢山話してくれたよ。
僕は思った。天使なんかいる訳ないじゃないかと。
でも海が見たくて、ダゴベールと旅行へ行く事にしたんだ。
ユリテーヌ領へ入り、滞在先の公爵邸へ着くと、何処からか潮の香りがした。
ダゴベールが庭から海がよく見えるからと、僕の手を引っ張って庭に連れて来たら、高台にある公爵邸から眼下に広がる綺麗な海が見えたんだ。
2人で眺めているとピアノの音が聞こえてきて「エリーがお稽古してるんだよ。前よりはマシかな」などとダゴベールは説明してくれたけど、僕は特に興味が無かった。
暫くするとピアノの音は聞こえなくなり、邸の方からダゴベールを呼ぶ声が聞こえた。
僕等が声のした方を見ると、天使が走って来たんだ。
僕は驚いたよ。本物なのかと思って目が釘付けになった。
すると天使は何かに驚き、転んで泣き出してしまった。
泣かないで欲しい‥‥そう思ったら、体が勝手に動いて天使を抱き起こし、確かめたくなってキスをしたんだ。
天使はポカンとして僕を見ていたけど、僕は酷く満足だったよ。天使の宝石みたいな紫色の瞳に、僕が映っていたからね。何より泣き止んでくれたしね。
ダゴベールは走って来て「ティエリーなんでエリーにキスしたの?」って聞いてきたけど、確かめたかったとしか答えられなかった。
だってこの、奇跡の様な存在が本物かどうか、キスして確認したかったんだ。
僕はあの時、僕の天使を見付けたんだ。
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