お2人の馴れ初め
シュザンヌ様は続けます。
「私、以前から不思議に思っておりましたの。ポリニュー侯爵家は、最早経済的には風前の灯。それなのに何故あの女狐は、いつも高価なドレスや宝石を身に付け、夜会に現れては自信たっぷりに、自分はランドゥール様と婚約間近だと吹聴して回っているのか?と。まあ最も、誰も本気にはしておりませんでしたけど。ランドゥール様と一緒に夜会に現れた事など1度もありませんでしたし、寧ろランドゥール様が、出席されそうな夜会を狙っていた様にも見られましたわ。ここ最近のランドゥール様は、夜会にも出席されておりませんでしたから、見ていてかなり痛い女という印象を受けましたの」
「痛い女!?」
「ええ。痛い勘違い女ですわ。そこで私、女狐の事を調べようと思いましたの。ドレスや宝石に費やすお金の出所を。そうなるとやっぱり、尾行という方法が一番有効だと思いまして、女狐を見張っていたのですわ」
「尾行!?」
「あら、もちろん全て私が尾行した訳ではありませんのよ。家の者に尾行させましたの。そうしたら、怪しい行動が決まった場所で、行われている事が分かりましたわ」
「どこですの?」
「シャルレ通りにランドゥール商会のお店がありますでしょ?あの、ドレスや宝石等を扱う高級品店。決まってそこから、身に付ける物は購入しておりましたの」
「何故かしら?」
「私も何故?と、思いましたわ。そこで思い切って自分の目で確かめようと、女狐がお店に向かった後を尾けましたの。来店して程なく、女狐は支店長と一緒に裏口から出て来ましたわ。私は会話を聞こうと、物陰に隠れたんですの。そうしましたら慣れないせいか、隠れた時に積んであった空箱を倒して、盛大な音を立ててしまいましたの」
「えっ!危険ですわ!」
「支店長が誰だ!と叫び近付いて来ましたわ。私、どうしようかと思って、オロオロしておりましたら、後ろから音も無くフランツ様が現れて助けて下さったの。これがフランツ様との出会いですわ」
「待って、シュザンヌ様、フランツ様はどうやってシュザンヌ様を助け出しましたの?」
「ああ、そこは‥‥飛ばしましょう」
「え〜!!そこが聞きたいですわ!」
何でしょう?シュザンヌ様が珍しく照れていらっしゃるわ!
これはどうしても、お2人の馴れ初めを聞き出さなきゃいけません!ウフフ
「まあ、いいではありませんか」
「いいえ!エマ!暫く席を外してちょうだい!」
「はい、お嬢様」
エマはサッと部屋を後にして、しっかり扉を閉めました。
「さあ、2人きりですわよ!シュザンヌ様、話して下さるわよね?」
「そんな瞳をキラキラさせてお願いされたら、誰も断れませんわ。分かりました、お話ですわね」
「はいっ!」
シュザンヌ様は軽く咳払いをして、話し始めました。
「私がオロオロしておりましたら、いきなり抱きしめられましたの。最初は女狐の手の者かと思って、暴れましたら、耳元で「シッ!騒がないで僕に合わせて。見付かりたくないだろう?」と言われまして、私は無言で頷いたのですわ」
「うん、それでそれで?」
「そうしましたら、私をご自分の胸に押し付け、女狐達に言ったのです。「誰だとは失礼な!せっかく愛しい人に口付けをしていたのに、後から来て邪魔をするな!」と」
「うんうん」
「女狐達は呆れた様で、呆然とこちらを見ていた様でしたが、フランツ様は更に「愛しい人、君は情熱的に口付けに応えてくれた。足がもつれる程に。愛しくて堪らないよ」と言って、私の頭にキスをしましたの。私の顔がバレない様、すっぽりと両腕で包み、隠してくれたのですわ」
「紳士ですわぁ‥‥」
「女狐達は「やれやれ、飛んだバカップルだ」と言って、戻って行きましたの。私、殿方にあの様に抱きしめられたのは初めてでしたし、もし見付かったらと思うと怖くて、震えてしまいましたわ。女狐達がいなくなって、やっと息をつきますと、フランツ様は私を離してこう仰ったわ「危険なマネをしちゃいけないよお嬢さん。今回は運が良かった」本当にその通りだったので、私は頷きましたの」
「そうですわ!危険なマネしてはダメですわ!」
「ええ。その点は反省していますわ。それで助けて頂いた方のお顔を拝見致しましたの。でも全然見覚えがありませんでしたわ。ほら、フランツ様って普段はあの通りホワッとしていて、存在感がありませんでしょう?でもあの時は、キリッとしていて、顔つきが全く違いましたの。私はなんだか胸が熱くなり、お礼を言って急いでその場を離れましたわ」
「えーなんだか想像と違いますわ!もっと何かこう‥‥」
「残念ながら、その場はそれがベストでしたわ。落ち着いてから、お名前をお聞きしておけば良かったと思いましたの」
「怖い思いしたばかりですものね」
「確かに怖かったのですが、同時にあの逞しい胸に守られているという安心感もありましたわ。そして、何度も思い出しましたの。でも、名前も知らない人でしたし、忘れる事に致しましたの。あの気持ちは一種の吊り橋効果だったのだと」
「あ、ちょっと切ないですわ」
「それから暫くして、女狐が出席すると聞いて、ジュール伯爵家の夜会へ出掛けましたわ。ですが残念な事に女狐は欠席で、エリーゼ様もいないし、つまらなかったので、バルコニーへ出て時間を潰しておりましたの」
「シュザンヌ様、くれぐれも危険なマネはしないで下さいね!」
「フフフ。私、懲りませんのよ。まあ、とにかく、バルコニーで月を眺めておりましたわ。そうしましたら後ろから「また会いましたね、お嬢さん」と声を掛けられ、振り向くとフランツ様がいましたの」
「キャ〜!運命の出会いですわ!」
「それが、運命でも何でもなく、計画的でしたの。エリーゼ様クラスの高位の貴族でしたら、ジュール伯爵家がどんな任務を担っているか、ご存知でしょう?」
「あ!‥‥」
「王家直属の諜報員として、知る人ぞ知るですわね。女狐と支店長は脱税の疑いで、調査されていたのですわ。ですから、タイミングよくフランツ様があそこにいらしたの。そして、不審な動きを見せた私に、調査の邪魔をしない様釘を刺す為、女狐を餌に夜会へおびき寄せたのですわ」
「!!」
「運命もへったくれもありませんでしたわ。私はそれをフランツ様から聞かされて、胸が痛みましたの。私1人で舞い上がって滑稽だわと思い、同時に現実ってこんな物よね。などと考えておりました」
「うっ‥‥胸が痛みますわ」
「ですから開き直って、私は邪魔はしないし、勝手に女狐を調査する!と、フランツ様に宣言しましたの。フランツ様は困った顔をされて「危険な目に合ったらどうするんだい?」とおっしゃったものですから、私も意地になって、危険は承知の上ですし、貴方が困る訳ではありません!とはっきり言いましたの」
「か、かっこいいですわ‥‥シュザンヌ様!」
「ええ、私にもプライドがありますわ。少しでも淡い思いを抱いた事を、フランツ様に悟られたくありませんでしたし。ですから思い切り反抗して離れるつもりでしたの。ですがフランツ様は「困るんだ」とおっしゃって、私の手を取り、ご自分の方へ引き寄せましたの」
「!?」
「一瞬の内に私はフランツ様の腕に包まれ、目の前にはあの逞しい胸がありましたわ。そして「君を抱きしめた感触が消えないんだ。どうか、そんな事を言わないでくれ」と。私は言いましたわ。それなら、貴方が私を守ってって。フランツ様は微笑んで「困った人だ。でも断れないから仕方がない」と、そうおっしゃって私の頭を撫でましたの」
「キャ〜!!ロマンス小説みたいですわ」
「私、その一瞬で恋に落ちましたわ。それから私達のお付き合いが始まり、婚約に至りましたの。女狐についてはフランツ様が調査を進めてくれましたわ。あの支店長は元ポリニュー侯爵家の使用人で、女狐にドレスや宝石を用立て、自分も売上金を着服していたそうですわ。女狐は、いずれ自分はランドゥール様の妻になる身だから、今の内に貢ぐ様にと、支店長に強要していたんですの。フランツ様は、一部始終をランドゥール様に報告し、怒ったランドゥール様は女狐をランドゥール商会へ呼び付けたって訳ですわ」
「‥‥そこへ私が鉢合わせた‥と、いう訳ですのね‥‥」
「ええ」
「私、恥ずかしいですわ!勝手に早とちりして、酷い言葉をティエリー様に言ってしまった‥」
「あの場は勘違いしても仕方がないですわ。全てはあの女狐が悪いんですもの。この期に及んで、よくも腕に縋りつけたものだわ!本当、どんな図太い神経しているのかしら?まあ、あのポリニュー家なら分かる気もしますわ。見栄とプライドだけは立派なんですから!」
「シュザンヌ様?」
「あら、女狐の事となると、少々お口が‥‥。エリーゼ様の勘違いは、可愛いヤキモチですわ。きちんと謝って、じっくりお話なさってね」
「はい。シュザンヌ様、本当にステキなお2人のお話、ありがとう!私、凄く感動しました!」
「まあ!やめて!恥ずかしいですわ‥‥」
シュザンヌ様は照れながら「自分の気持ちに正直になりなさい」と言って、帰って行きました。
シュザンヌ様、ありがとう!
読んで頂いてありがとうございます。




