救出
ティエリーは入るなり、わたしのドレスの裾を掴むブロア様の腕を蹴り上げ、怯んだブロア様に殴りかかりました。
「んゔぁっ!ぐっ!」
声にならない叫びが車内に飛び交います。
そしてブロア様の胸ぐらを掴んで、馬車の外へ引きずり出しました。
「下衆が!!よくも、よくもリーゼをこんな目にあわせてくれたな!」
ティエリーが叫びます。
「拘束しろ!!」
「「「はっ!!」」」
何人かの人の声が聞こえ、ガチャンという音とブロア様の悲痛な叫び声が響きました。
今更ですが、震えが止まりませんわ。
恐怖が今頃襲ってきたのです。
両腕で自分を抱きしめ、ガタガタと動けず、固まってしまいました。
「‥‥リーゼ!」
ティエリーが車内に戻って、私を抱きしめます。
そして私を抱き上げ、馬車の外へ出ました。
外には馬に乗った憲兵が数人と、我が家の馬車、拘束されたブロア様と御者、一頭の馬がいて、野次馬達に囲まれてザワザワと大騒ぎになっていました。
ティエリーは私を抱き上げたまま我が家の馬車に乗り、自分の膝に私を座らせます。
私は固まったまま、されるがままになっていると、私の髪を撫で、そのまま髪に顔を埋め、深く溜息を吐きました。
「君が攫われたと聞いて、心臓が止まるかと思った‥‥」
その言葉を聞いて、目から涙が溢れました。
来てくれた!それだけで嬉しかったのですわ。
だって、あんな態度を取った後ですもの。
もう二度と会えないのかと思ったのですもの。
「ティエリー!ティエリー!」
私は子供の様に泣きながら繰り返し名前を呼び、彼の胸に縋り付きます。
「うん。もう大丈夫だよ。安心していいよリーゼ」
ティエリーは私の背中を摩り、何度も額や頭にキスを落としました。
いつの間にか馬車は走り出し、さっきの場所から移動しています。
それに気が付き顔を上げると、ティエリーが私の頰を撫でながら言いました。
「大丈夫だよ。今度こそ家へ帰ろう」
私は頷き、再び彼の胸に縋り付きました。
そしてティエリーは、ずっと私の髪や背中を摩り、「大丈夫だよ」と繰り返し囁いて安心させてくれました。
静かに馬車が止まり、我が家の入り口へ着きました。
私がティエリーを見上げると、ティエリーは額にキスをして私を抱き上げます。
まだ足に力が入りそうもなかったので、正直助かりました。
本当は気まずい状態なんですけどね、色々あってそんなの吹っ飛びましたわ。
だって今はただ、彼の優しさに甘えていたいのですもの。
玄関ホールには使用人全員が揃っています。
「お嬢様!無事で良かった!!」
皆が口々にそう言って、私達を迎えてくれました。
サロンからシュザンヌ様が現れて、私達に駆け寄ります。
「エリーゼ様!ああ、ご無事で本当に良かった!」
そう言って、ティエリーに抱き上げられたままの私の手を両手で包み込んでギュッと握りました。
「リーゼはまだショックを受けたままだから、このまま部屋まで運ぶよ。皆もリーゼを休ませてやってくれるかい?」
ティエリーがそう言うと、皆心得ましたと頷き、道を開けてくれます。
「シュザンヌ嬢、少し待っていて下さい」
「もちろんですわ」
シュザンヌ様はサロンで待っているからと言って、微笑んでいます。
私は部屋へ運ばれ、ソファへ下ろして貰いました。
ドレスの裾が血で汚れて、酷い有り様だったからです。
あの男の鼻血ですわ。
汚らわしい!
ティエリーは私を下ろすと、名残惜しそうに言いました。
「僕は事後処理で一旦戻らなければならないんだ。本当は君の側を離れたくないんだけどね。夜までには終わらせるから、待っていてくれる?君に話があるんだ」
私は彼の手を握り、コクンと頷きます。
彼はその手にそっとキスをして「急いで戻るよ」と言って、部屋を出て行きました。
着替えを済ませ、エマにシュザンヌ様を呼んで貰うと、シュザンヌ様は入るなり私を抱きしめ、体のあちこちを触ります。
「ど、どうしたのシュザンヌ様?」
「だって、貴女のドレスに血が付いていたじゃない。大丈夫?どこか怪我してない?」
「私は無傷ですわ。あれは、あの男の鼻血ですの」
「あの男って、フリッツ・ブロアの?」
「ええ。護身術の賜物ですの」
私は事の経緯を、シュザンヌ様に話しました。
シュザンヌ様は感心しながら護身術に興味を持った様で、チェン師匠の連絡先をエマに聞いています。
「そういえばシュザンヌ様、どうしてあんなに早く憲兵や、ティエリー様が助けに来てくれたのかご存知かしら?」
「それは、私がお話します」
「エマ?」
「昨晩ランドゥール様が訪ねて来られましたが、お嬢様はご不在でしたので、お帰りになる様に言いました。ですが、何処に行ったのか教えてくれと、余りにもしつこ‥‥ゴホン!熱心に懇願されましたので、ご友人の所だとだけ言っておきました」
今、しつこいって言いかけたわよね?
しつこかったのかしら?
「そして今朝、お嬢様の迎えは自分に行かせてくれと仰って、お断りしましたら余りにもしつこ‥‥熱心に懇願されましたので、仕方なくお願い致しました」
あ、しつこかったのね。
「ここからは私が」
シュザンヌ様が続けます。
「エリーゼ様が攫われた直後、ちょうどタイミング良く、ランドゥール様が馬車に乗って現れましたの。そこで、馬の方が早いと言って、馬に飛び乗り追いかけて行きましたわ。そこで、私の婚約者フランツ様が私に付けてくれた、私兵に後を追わせましたの。その内の一人が憲兵を呼びに行ったのですわ」
「‥‥そうでしたの‥。私、運が良かったのですね」
「本当に、今はランドゥール様にお迎えを頼んでいなかったら、どうなっていたかと思うとゾッとします」
エマは身震いをして言いました。
「あのね、エリーゼ様、昨夜貴女が眠っている間に、ランドゥール様がいらっしゃったの」
「えっ!?」
「どうしても誤解を解きたいと、余りにもしつこ‥‥熱心に頼むものですから、お休みになっていらっしゃると言ったら、一目顔だけでも見せてくれと。そこで、眠っている貴女に会わせてあげましたわ」
「‥‥それじゃ、昨夜のは夢じゃなくて‥‥」
「夢?」
「え、あ、何でもないですわ」
「お顔を見て安心したのでしょうね。私に謝罪をして、あの女狐がランドゥール商会にいた訳を話してくれましたわ。エリーゼ様、あの女狐はランドゥール商会に大層な借金をしておりますの」
「借金!?」
借金って‥‥なんだか話が別の方向へ進み始めましたわ‥‥
読んで頂いてありがとうございます。




