誘拐
そろそろお暇をしようと、シュザンヌ様にお迎えを頼みました。
我が家の馬車が来るまで、シュザンヌ様と一緒に待っています。
「エリーゼ様がもう一つ見落とした点はね、女狐を振り切って、ランドゥール様が貴女を追いかけて来たという事実。その時、ランドゥール様はどんな顔をなさっていたかしら?」
「‥‥顔ですか?う〜ん‥‥深刻‥というか、必死というか‥‥」
シュザンヌ様はクスッと笑って言いました。
「見たかったわ!いつも涼しいお顔をなさっていらっしゃるのに、ほほほ!」
「シュザンヌ様?」
「ほほほ。エリーゼ様、何故そんなお顔をされたか、よく考えてみたらよろしいわ」
「‥‥はい!」
しばらくすると、お迎えの馬車が来たというので、表へ向かいました。
シュザンヌ様も送ってくれます。
馬車へ乗り込もうとして、踏み台に足を掛けた時、何か違和感を覚えました。
こんな馬車あったかしら?
よく似てはいますけど、開けられた入り口の扉の装飾が無いのです。
我が家の馬車には、ユリテーヌの紋章をモチーフにした、幾何学模様に似た装飾が施されている筈なのですわ。
それに、いつもだったらメイドが馬車の外で待ち、私が乗り込んでからメイドも続いて乗り込み、扉を閉めるというのが常なのですが、何故かメイドは馬車の奥に座っています。
「あなた、誰かし‥」
言いかけた瞬間です!腕を掴まれ中に引っ張られました!
引っ張られた衝撃で座席に倒れ込み、咄嗟に受け身を取ります。
これぞ護身術の賜物!
身に染み付いてますわ!
それにしても、一体何が起こっているのでしょうか?
「エリーゼ様!!」
シュザンヌ様の声が聞こえるか、聞こえないかのタイミングで扉が閉まります。
いきなり馬車が走り出しました!
車内は大きく揺れて、慌てて座席にしがみつきます。
メイドもよろけて向かい側の座席に、ドスンと尻餅をつく格好になりました。
馬車は激しく揺れ、物凄いスピードで走っています。
私は座席にしがみつきながら、向かい側のメイドを見ました。
メ、メイドじゃない!
えっ!?男だわ!
メイドのお仕着せを着た男!
しかも、この顔は‥‥
「ブロア様!」
「エリーゼ嬢‥‥君を奪いに来た」
「は?」
「君をランドゥールなんかに渡さない!!私と結婚するんだ!」
「ご、ご自分が何を仰っているか分かってますの?」
「ああ、よく分かっている。僕はいたって正気だ。無理矢理にでも奪って、君を僕の妻にする!」
「狂ってるわ!!」
「ああ、狂ってるさ。君に焦がれて狂ったのさ。美しい君と、ユリテーヌ領は僕の物だ!」
そう言って、ブロア様は揺れる車内をジリジリと近付いて来ます。
狭い車内は、他に逃げ場が無く、私は絶体絶命!
と、思うでしょ?
でも私、こんな男にやられる気なんて、更々ありませんわ!
相手の動きを良く見て、反撃するチャンスを伺います。
チェン師匠の教えですわ!
あ、チェン師匠は私の護身術の先生ですの。
ブロア様は徐々に近付き、ついに私の真横に辿り着きました。
そして私の左腕を掴みます!
「ハァッ!!!!」
気合いの叫びと共に、掴まれた左腕の肘を折り曲げ、ブロア様の顔面めがけて思いっっきり肘鉄を喰らわせました!
「ヴッ!!!!‥‥」
ブロア様は、変な悲鳴を上げて、頭が後ろに反り、ゴツンと壁に激突しました。
そのままズルズルと床に腰を落とす姿勢になり、ブルブルと震える手で、顔の真ん中を押さえています。
ボトボトッ!
押さえた手の指の隙間から血が滴り、床に血溜まりを作りました。
大量の鼻血です。
これぞ護身術歴4年の集大成!
やりました!チェン師匠!
ブロア様は体をワナワナと震わせ、顔を押さえながら叫びました。
「ごの、よぐも!よぐも!ぼぐのゔづぐじいがおを!!」
は?
何語でしょうか?
あ、鼻血の所為ですのね。
なんて呑気な事言ってられません!
怒りに震え、ブロア様は私のドレスの裾を掴み、思いきり引っ張ります!
今度こそ絶体絶命!
誰か!助けて〜!!
私は座席を掴み、必死に抵抗しました。
すると、次の瞬間‥‥
「ガタン!」
馬車が急ブレーキをかけて、車内が大きく揺さぶられました。
何頭かの馬の嗎と、数人の声が聞こえます。
「バン!」と音がする程勢い良く、入り口の扉が開きました。
そして、入って来た人が叫びます。
「リーゼ!!」
私は息が止まるかと思う程驚き、体を震わせながらその顔を見つめました。
ティエリー!!
読んで頂いてありがとうございます。




