崖っぷち
「やあ、エリー久しぶりだね。元気だったかい?」
「‥ごきげんよう、ランドゥール様。私の記憶では、貴方に"エリー"と呼ばれる覚えがございませんけど?」
目の前の男は、特に動じる事もなく、整った顔立ちを少し哀しげに歪め、くっくっと笑う。
「相変わらず手厳しいなエリーは」
はぁ?何をほざいているんだこの男は!!
あら、私とした事がはしたない。ほほほ。
自己紹介が遅れましたわね。
私の名前はエリーゼ・ド・ユリテーヌ。
崖っぷちの花も恥じらう18歳になったばかりの乙女ですのよ。
何故崖っぷちかというと、我がロワーヌ王国では貴族の女性は殆どが18歳までに婚約者を決めて、20歳までには結婚するというのが常なのですが、私は未だ結婚はおろか婚約者も決まっていないという有様ですの。
別に、特別容姿に欠陥があるという訳ではございませんのよ。
自分でいうのも何ですが、ロワーヌの華と呼ばれた母親譲りの顔立ちや金髪と、南国の貴公子と呼ばれた父親譲りの紫色の瞳はちょっとした自慢で、世の殿方にとっては大変好ましい部類に入るのではないかと思いますの。
にもかかわらず、何故未だ婚約者もいないのか?
と、疑問をお持ちかと思われますが、それは私にも少々事情がございまして、未だ婚約者を探している最中ですの。
まあ、理由といっても大した物ではございませんが、私には他に兄妹がいないという事もあり、ロワーヌ王国の南に広大な領地を所有する、我がユリテーヌ公爵家のたった1人の相続人であるという事が、まず第1の理由ですわ。
えっ?それじゃ分からないって?
ごもっともですわね。
ユリテーヌの女相続人という肩書きには、そりゃあもう魅力を感じる殿方がいるわいるわ。
私に寄って来る殆どが、財産目当てと分かっているものですから、こちらとしても慎重にならざるを得ない訳でございます。
そして第2に、私の両親は貴族にしては珍しく、恋愛結婚をしたものですから、私にも同じ幸せを味わって貰いたいという考え方で、婚約に関しては強制せず、私の一存で決めなさいという方針なのですわ。
しかし、私ももう18歳。
そろそろ本気で考えないと、本当にもう崖っぷちなんですもの、世間からの"行き遅れ"のレッテルだけはなんとしても避けなければ‥‥
まあ、最近まで財産目当ての殿方に嫌気が指して、領地へ引き篭もっていたのですが。学園時代の親友であるシュザンヌ様の婚約披露に招待されましたので、これをきっかけに、王都のタウンハウスへ暫く滞在して、社交に勤しもうかと。
と、そんな矢先に!シュザンヌ様ったら、とんでもない"規定"を付けてくれましたのよ〜〜〜!!
招待状にはこうありましたの。
「親愛なるエリーゼ様。貴方が領地へ戻られて、そろそろ3カ月が経ちます。夜会でもお会い出来なくなり、私は毎日寂しくて沈んでおりました。でも、そんな私を優しく元気付けて下さった、かけがえのない方と、この度婚約する事になりました。
つきましては、私共の婚約披露パーティへ是非ともご出席頂きたく、お願い申し上げます。
親友の貴方に、どうしても出席頂きたいのと、私の将来の旦那様を紹介させて頂きたいのです。
と、ここまではいい。
何がって?この後ですわ。
このパーティはパートナー同伴以外での参加は、御遠慮頂きます。
必ずパートナー同伴でご参加下さい。
パ、パートナー!?
えっ!?シュザンヌ様!!
私にパートナーがいない事など、知っていらっしゃるはずでは?
そりゃあもう、焦りましたわよ。
でも、私には困った時のダゴベールという格言がありますの。
ダゴベールと言うのは、私の母方の2つ上の従兄で、半年程前に結婚したばかりなのですわ。
既婚者の上に従兄となりますと、身内ですから下手な噂にもなりませんし、彼の妻も今身重の為社交はお休み中ですので、パートナーとしての理由にもなりますの。
これで解決!
と、ばかりにダゴベールの到着を待っておりましたら、現れたのはダゴベールではなく、彼の友人の目の前のこの男!!
な、なんでこの男が?
私、昔からこの男が苦手だってダゴベール!知ってるでしょ?
この男の名前はティエリー・ランドゥール。
ランドゥール伯爵家の次男であり、どういう訳かダゴベールの親友だ。
「ダゴベールでなく、何故貴方がいらっしゃったのかしら?ランドゥール様?」
「ティエリーと。昔はそう呼んでくれたじゃないか」
「何も分からない子供の戯言ですわ。知人で独身の殿方に対して、その様な馴れ馴れしい口をきかないのが淑女という物。私にはユリテーヌ領の女相続人という立場もございますの。いえ、そんな話より、ダゴベールは何故貴方を寄越したのです?」
「ダゴベールの妻のアリノールが妊娠中だというのは知ってるね?」
「ええ。‥‥っ!まさか!流産!?」
「いいや、そうではないが、安静にしていないといけないと医師から注意を受けてね。ダゴベールは心配で妻の側を離れたくないそうだ」
「‥‥まあ!私ったら大変な時に、身勝手な都合でダゴベールを使おうとしていたのね‥‥」
困った時のダゴベール!などと言っていた自分が恥ずかしい‥‥
「パーティには断りの連絡を入れますので、ダゴベールに緊急時に申し訳なかったとお伝え頂けますか?ご友人のランドゥール様にまで御足労かけまして、私、申し訳なく思いますわ」
「なぜ僕が来たのかと聞いたね?」
「ええ。ですからアリノール様の一大事に、ダゴベールがお隣のランドゥール様へ使いを頼んだのでしょう?手紙よりよっぽど早いとダゴベールなら考えますわ」
「ダゴベールは、僕に自分の代わりを頼んだんだ。つまり、君のパートナーの役を」
は?いや、意味分からないんですけど。
ダゴベールに頼んだのは、噂避けの為なんですけど。
貴方と出たらそれこそ噂の的なんですけど。
ええ、この男ティエリー・ランドゥールはいつでも女性の注目度No. 1なんですの。
ランドゥール伯爵家の次男とはいえ、ランドゥール家はかなり手広く事業を行っていて大層な資産家の上、この男自身も衣料品や雑貨等を扱う事業を国内外に展開して成功させている資産家であり、加えてこのルックス。
艶やかな短く切り揃えてある黒髪、スッと通った鼻筋と形の良い唇。サファイア色の瞳。
そりゃあもう、おモテになる事この上ありませんわ。
学園時代にはファンクラブまでありましたし。
「ダゴベールが気を使ってランドゥール様に頼んで下さった様ですが、お互いにとって良くないと思いますの」
「僕はそうは思わないな。僕にとってはプラスになる」
「は?おっしゃる意味が分かりませんわ?私もランドゥール様も、未だ婚約者のいない者同士。そんな2人がパートナー同伴を義務付けられた婚約披露パーティに出たら、婚約間近と噂されてしまいます。ですから、お互いにとって良くないはずですわ?」
「お互いにとって良い方法だとは思えない?」
「だから、意味が分かりませんわ?」
ホントこの人昔から良く分からない。
だから苦手。
「僕と婚約間近という噂が広がれば、君は行き遅れのレッテルを貼られる事もないし、君の周りをブンブン飛び回る蝿も追い払える」
「それはそうですけど、それじゃ本当に結婚したい人が現れたら困りますわ。それにお互いっておっしゃったわよね?貴方の目的は何ですの?」
「僕は君の財産目当てさ」
「は?」
思わず目を丸くしてしまいましたわ。
財産目当てね。そういう輩は沢山見てきましたけど、面と向かって言われたのはこれが初めて。
驚き過ぎて空いた口が塞がらないとはこの事ですわね。
「私、貴方は既に財産を沢山お持ちだと記憶していますけど?」
「僕の言う財産とは、金銭だけじゃないよ。君自身の価値の事を言っているんだ」
「‥‥つまり、私の肩書きの事を言っているのかしら?確かに貴方の事業に私の肩書きは利用出来るとは思いますけど」
「僕が君と噂になっている間に、君は結婚相手を探せばいい。その間、僕は君の肩書きを利用させて貰う。お互いにとって、損はないんじゃないかい?それに、今日は君にとって1番の親友の婚約披露パーティーだ。パートナーがいないから参加しないと知らされたシュザンヌ嬢の気持ちを考えたら、君に断る理由はないと思うけど?」
うっ‥‥!痛い所を突かれたわ。
本当この人、言ってる事はメチャクチャだけど、ある意味正論だから苦手。
ええ、分かりましたとも!
こうなりゃヤケよ!
あら、また私とした事がはしたない‥‥ごめんあそばせ。
「分かりましたわ。パートナーになって下さる?ランドゥール様?」
「ティエリー。パートナーなんだから、名前で呼んでくれないとエリー」
「よろしくお願いします‥‥ティエリー様。それと、私の事はリーゼと」
「よろしく、僕のリーゼ」
なっ!?
何が僕の!!って変わり身の早い!
それにしても、よっぽど私の肩書きが欲しかったのかしら?
なんだか今迄になく嬉しそうなんですけど?
読んで頂いてありがとうございます。