第三話 巨大宗教の幹部
デウス教とは、この世界に存在する宗教の一つだ。
その組織の大きさはとてつもない。この世界に住んでいる人間の半分以上が信仰していると言えば、その規模の巨大さが分かるだろう。
抱える信徒の数は計り知れず、勢力のある国や商会、そして冒険者ギルドにすら繋がりを持つ。
その莫大な資産と人と影響力をもってすれば、小国の一つや二つなど簡単に滅ぼせるだろう。
そんなデウス教なのだが、組織が巨大すぎる故に義務が発生してしまう。
それは――魔王討伐、だ。
魔王は超強力な力を持っている。その力の大きさと言えば、一つの国家が持つ武力を全てぶつけたとしても倒せないレベル。
ならば複数の国で協力して倒せばいいじゃないかという話になるのだが、そううまくはいかない。
国同士で小さくない争いは常日頃発生している。いきなり協力しろと言われても難しいのだ。
加えて、もし仮に協力して魔王を倒せたとしても、その手柄をどの国が受け取るのか、発生した損害は誰が負担するのか。
そういう面倒ごとが山のように湧き出てくる。
そうしてごたごたしてるうちに魔王に滅ぼされては本末転倒だ。
それならば、いくつもの国と繋がりを持ち、かつ一国家よりもよほど力を持っているデウス教に全部任せればいいのでは、となる。
魔王を倒すには、魔王に対抗できる素質を持った人間を探さなければならない。例えば勇者とか、聖女とか。
どこに国にいるかも分からない一人の人間を探すなど、普通できることではない。が、しかしデウス教の財力と影響力をもってすれば容易にできることだった。
苦労せずとも実行でき、かつ魔王討伐という大きな功績を手に入れられる。
ということでデウス教は、魔王討伐という役目を背負うことにしたのだ。
まあ、実際に背負うのは勇者本人なんだけど。
そして今目の前にいる少女――ミドルル・ロンウィが、デウス教の幹部となる。
一連の説明を終えたロンウィは、綺麗な銀色の長い髪をさらりとかきあげて言う。
「理解して頂けたでしょうか」
コフィが返答。
「大体わかったけど……それって強制なの?」
対して、ロンウィはニコリと微笑んで言った。
「いいえ、決してそのようなことはありません。しかし、もし断られた場合、デウス新から裁きが下されるかもしれませんね」
「裁き? なによ、それ」
「今までに、断って家に帰ったら家が全焼していた、という方がいましたね。神の怒りを買ったのでしょう」
それ強制って言うんだぞ。
その時、ロンウィが着ている服の袖からマッチが数本床に落ちた。
「ああ、すみません、不注意で落としてしまいました」
家燃やしたの絶対お前だろ。
「…………」
コフィも若干引き気味の様子。
ロンウィは強い。有能だ。けど、それ以上にやばい。
転生する前、俺が魔王だった頃にも一度会ったが、その頃はまだ十歳にも満たない子供だった。
にもかかわらず、「神が私を呼んでいる!」などと騒ぎ散らし、うるさいぞと止めに来る大人を、神罰と称して攻撃魔法で吹っ飛ばす。
一見してかわいいロリっ子なので更にタチが悪い。
その時すでにデウス教の僧侶見習いだったというのだから、恐ろしい才能と信仰心の持ち主だ。
そしてパワーアップして帰ってきたというわけだ。願わくば帰ってこないで欲しかった。
見た目騙しの狂信者め。他の奴いなかったのか。
「さあ、どうしますか?」
「……わかったわ。行けばいいんでしょ」
「ご協力、感謝いたします」
美麗な動作で頭を下げるロンウィ。
見た目だけなら完璧なシスターなのに、世の中うまく行かねえな、ほんと。
「それでは早速行きましょうか」
「行くってどこへ?」
「教会本部です。すでに外で馬車が待っています。さあ」
そう言って、ロンウィはコフィの手を取る。
「……え?」
コフィが困惑した声を上げた。
「どうしました?」
「その……私?」
訝しげな表情で、ロンウィはコフィを見つめている。
「どうかされました? まさかお断りに?」
「そうじゃなくて……」
若干申し訳なさそうに、コフィは言った。
「私、勇者じゃないですよ?」
その瞬間、ロンウィの目が壮絶に開かれた。
早速、教会のシスターがする表情じゃない。表情筋がミシミシと震えている。
「……そんなはずは」
信じられないと言った様子で、水晶玉の近くにいるオバハンの方を見るロンウィ。
オバハンは少し慌てた様子で答えた。
「こ、コフィは聖女でございました、司祭様」
「それは間違いないのですか?」
「間違い、ではございません、おそらく」
流石にこのタイミングで「最初は勇者だったけど強引に聖女になった」なんて言えないのだろう。
というか言うな。
更に面倒くさいことになるぞ。
ロンウィは顔をしかめる。
「……一度教会に連絡を取ります。少し待っていてください」
そう言ってロンウィは部屋から出る。
扉が閉まり、一分ほどして再度扉が開いた。
部屋に入ったロンウィは開口一番に告げる。
「聖女でも構わないそうです。では、行きましょう」
言葉を聞いて、コフィが驚く。
「ええ? なんで?」
「勇者に劣ると言えど、聖女もまた強力な加護を受ける天命です。魔王討伐において必ずあなたのちからが必要になる機会が来るでしょう」
「そ、そう……」
「さあ行きましょう」
ロンウィはコフィの手を取り引っ張る。
そしてそのまま部屋を出ようとする。
「……え、ちょ、ちょっとまってよ」
「……何でしょうか?」
何度も止められ、若干いらだちがこもった表情のロンウィ。
コフィは俺を指差しながら言った。
「ジンは連れて行かないの?」
まあ、俺勇者だし。
「なぜですか? 報告では彼は魚のはず。魔王討伐に魚は必要ありません」
「魚じゃねえよ!」
「ほざくなゴミが」
「あっはいすいません」
ロンウィ怖えええ。
司祭のくせに、司祭らしさが欠片も無い。
するとコフィが強く言った。
「ジンのことをそんなふうに言わないで」
ロンウィは不思議そうな表情だ。
「なぜですか? ゴミに事実を突きつけただけですが」
「あなたにとってはそうかもしれないけど、私にとってのジンは決してゴミなんかじゃない」
こ、コフィ、お前……っ!
そんな優しいこと言ってくれるなんて……っ!
「ジンを連れて行かないなら、私も行かない」
ありがとうコフィ。俺は一生お前についていくぜ。
困った顔のロンウィは苦しげに反論する。
「……彼を魔王討伐に連れて行っても足手まといですよ」
「壁くらいにはなるでしょ」
おい! 今までの優しさはどこに行った!
ロンウィが納得したように言う。
「確かに言われてみれば、彼は壁のような顔つきをしていますね」
「誰が壁だ!」
すると、コフィが驚きの表情で俺を見てくる。
「壁が、喋った!?」
「だから壁じゃねえよ!」
くそ! コフィは味方だと思ってたのに!
「まあいいでしょう。彼も連れて行きます」
俺に拒否権は無いようだ。これは本当の強制だな。
「では行きましょう、聖女コフィ」
そうして俺たちは、それなりに豪華な馬車に乗って教会本部へと向かうことになった。