第二話 最強の天命
「あんた――勇者だよ」
その言葉を聞いたコフィは、ぽかんとした表情だ。
「コフィ……勇者、なったのか。おめでとう」
「あ、ありがとう」
声をかけても毒舌が帰ってこない。
こりゃマジで動揺している。
「でもなんでだろう、ジンにありがとうって言われても全然うれしくないんだよね」
「そうですか」
全然動揺してなかったわ。
「でも私……」
少し不安げな表情を見せるコフィに、オバハンが声をかける。
「あんた、大丈夫かい?」
勇者という職につくということは、重大な責任を背負うということでもある。
コフィの心中は、穏やかじゃないだろう。
こんな責任、背負えるのか。
そういう恐怖があるのだろう。
そう思いながら俺が様子を見ていると、恐る恐る、コフィはつぶやいた。
「聖女がよかったなぁ……」
平和だ。めちゃくちゃ平和だ。
責任のせの字もなかった。
「あ、あら、そう……」
これにはオバハンも困惑だ。
勇者は最強の職業だ。
世界の秩序を保つため、神から超強力な加護を授けられる英雄。神の使徒。
精霊との親和性、魔力適正度、身体能力、潜在エネルギー。その全てにおいてトップクラスであり、これといって弱点が存在しない万能型最上位職。
誰もが憧れる、男女ともに人気ナンバーワンの天命。
「聖女がよかったなぁ……」
確かに聖女もすごい。
攻撃力こそ物足りないものの、精霊との親和性だけなら勇者をも凌駕する回復系最上位職。
世界の秩序を"保つ"勇者に対して、聖女は世界の秩序を"回復させる"役割を持つ。
平和の象徴であり、清楚の極み。
女神の加護を受ける、女の子の憧れの天命だ。
「聖女がよかった、なぁ……」
しかし、勇者。勇者だ。
誰もが憧れるナンバーワン職だ。
確かに女の子なら聖女に憧れるかもしれないけどさ、勇者だぞ?
誰もが憧れる勇者様に、なったんだぞ?
「聖女がよかったなぁ!」
「いや、どんだけ聖女なりたいんだよ」
コフィがしかめっ面で反論してきた。
「でも、勇者だよ? なんでなの? 聖女の方良いでしょ?」
「まあ、聖女の方が女の子らしいのは分かるけど、勇者だっていいところはあるぞ」
「ええー、勇者ってただの破壊兵器じゃん」
「今すぐ勇者に憧れる全国の子供たちに謝れ」
「しかも魔王討伐の報奨金がリスクに見合ってないわ。聖女の方が給料いいわよ」
「世界の平和を守る勇者がそんなこと言うなよ。平和は金で買えないんだぞ」
「じゃあ私は平和を売るわ。買いなさい。さもなくば処刑するわ」
「勇者怖っ」
スパルタ勇者だ。平和を人質にするとはこれいかに。
「……まあいいさ。ジン、今度はあんたの番だよ」
困惑から抜け出したオバハンが話しかけてきた。
「水晶玉の上に手を乗せな」
「わかった」
言われた通りに手を乗せる。
何度も転生しているので、自分の天命を調べるのも何度も経験している。
できればコフィみたいに上位職につきたいけど、そんなの宝くじに当たるような確率しかないので期待はしない。
水晶玉が白光する。
一瞬、眩しい光が部屋を覆う。
そして光が収まり、オバハンが口を開く。
「はい、あんたの天命が分かったわよ。あんたは……あら? 見間違いかしら? あ?」
オバハン、再度困惑。どうした。
「あんた――魚だよ」
「は?」
魚? なんだそれは。
「ジン?」
訝しげな表情でコフィがこっちを見てくる。
「ジンって、本当に魚だったのね」
「いや違うから」
「でも、天命は魚だよ」
「いや、意味わかんねーよ! オバハンそれ本当なのか?」
そう聞くと、オバハン、困惑。
「ほ、本当よ。魚なんて初めて見たわ」
嘘ではないようだ。
「よかったね、ジン。あんたの天命は魚よ」
「よくねえよ。なんで『魚』が天命として存在してんだよ」
魚って本当に天命の一つだったのか。
選ぶなら人間じゃなくて魚類にしてくれ。
勝手に俺を魚にするな。
「ぷっ、ジン、魚って」
くそ、コフィに笑われた。
「そういう時もあるわよ、頑張りなさい」
オバハンが慰めてくる。
くそ、魚は嫌だ。マジで嫌だ。
なんでだ。なんで魚なんだ。
勇者にしてくれ。流石に天命が魚じゃ厳しいだろ。いろいろと。
「ジン。あんたの職業、何?」
「魚ですがなにか?」
「あははっ! きもい」
「容赦ないな」
これじゃずっとコフィの尻にしかれて生きることになってしまう。
「ちょっと、魚はマジで勘弁してくれませんかね」
すると、突然水晶玉が強く輝いた。
まるで、俺の声に呼応するかのように。
そして光が収まると、オバハンが驚愕の顔でこちらを見てきた。
「あんた、天命が勇者に変わってるわよ!?」
は?
天命って可変式だったのか。
「え? ジン、天命変えた?」
「おう、なんかよくわからないけど、変わったぞ」
「じゃああたしも。聖女にしてくださあああああああい!」
するとまた光る水晶玉。
光が収まり、オバハンがまた驚きの表情。
「はあ!? コフィ、あんた聖女になったわよ!?」
「やったわね」
おい! そんな気軽に変えていいのか!
ガバガバじゃねえか、天命。
「一体どういうことだ?」
「今までいろんな人の天命を調べてきたけど、あたしも初めてよ、こんなの」
オバハン、めっちゃ困惑。
「でも、いいんじゃない? 変わったものは変わったんだから。ね、ジン」
「あ、ああ。そうかもな」
まあ、このままだと俺の天命が魚になるところだったからな。
「……そうね、人生に一度くらい、こういうこともあるわね」
オバハンも開き直った様子。
「コフィ、天命の調査も終わったことだし、孤児院に帰ろう」
「そうね」
俺は部屋の出口へと向かう。
そうして、部屋の扉に手をかけようとした時だった。
俺が扉を開ける前に、勝手に扉が開く。
扉の向こうには、人影が一つ。
清楚な宗教服を着たその少女は、俺たちに向かって床に膝をついて頭を下げ、こう言ってきた。
「勇者様、お迎えに参りました」
コフィが驚きの声をあげる。
「え、誰ですか?」
そう聞かれ、彼女は立ち上がる。
俺は知っている。この女が誰で、どんな存在であるかを。
「申し遅れました。私はデウス教司祭位、そして対魔王部隊総隊長、ミドルル・ロンウィ。勇者誕生に伴い、お迎えに参りました」
シスター然とした柔らかい笑みを浮かべるそいつは、その見た目に反する超有能攻撃魔法使い。
そして、巨大宗教組織デウス教の――幹部である。