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第十七話 揺れ動く影

 ジンとウィルが戦っている、その真っ最中。

 フードを深くかぶって顔を隠した男が一人、観客席でその試合を見ていた。

 観客は皆、試合を観て歓声を上げている。ものすごい熱気が会場を覆う。

 しかし、フードの男は静か。熱気もない。


 明らかに異質だった。

 だが誰も、男に目を向けることは無かった。

 否、向けられないのだ。

 男が意図的に、自分の存在を薄くする魔法を使っているために。

 誰も、フードを揺らす影を注視できない。


 男は試合を見ていた。


 ウィルがジンを投げ、膝蹴りを食らわせたのを見た。

 連続蹴りが繰り出されるのを見た。

 壁が崩れ、土煙の中から、倒れたウィルと拳を上げるジンの姿が現れるのを見た。


 男がわずかに、眉をひそめる。


「雑魚しかいないと思っていたが、中々、強い個体もいるようだな」


 男は、ジンだけをまっすぐ見つめていた。


「選手でこの強さとなると……勇者は厄介だな」


 それは、誰にも聞こえないつぶやきだった。


 男は静かに笑う。


「次の試合……楽しみだ……」


 不敵な笑みを浮かべて、一つの影が観客席から消えた。

 誰も、その影には気づかなかった。




*




「やっとこれで終わりかー」


「そうだね。これで終わりさ」


 試合を終え、俺は闘技場から出た。

 するとスタッフの人から、控え室で少し待つように伝えられた。

 現在は、ウィルと適当に喋って時間を潰している。


「にしても、ウィル。最後の方は結構いい動きだったな」


「そうかい?」


「ああ。もう少し頑張れば、お前の師匠と同じ速度は出せるようになると思うぞ」


「ええ!? それは本当かい!?」


「喜べ。本当だ」


「やった……やったよ! これで更に……パンチラができる!」


「変態的な喜び方をするな」


「よく考えてみてよ、パンチラが……パンチラの技術が向上するんだよ! 僕の人生でこれ以上の喜びはないと断言してもいいくらいだ!」


「くそ安い人生だな」


「……人の生きがいを否定するのは良くないよ」


「お前の生きがいが間違っていると思うんだが」


「パンチラのどこが悪いって言うんだい?」


「全部だよ!」


「ぜ、全否定……ま、まあ、こういうこともあるさ。パンチラが好きな人もいれば、嫌いな人もいるからね。平等さ」


「その言い方、なんかパンチラ好きな人と嫌いな人が半分ずついるみたいに聞こえるんだが」


「えっ、そうじゃないのかい!?」


「んなわけあるか! 嫌いな人のが多いに決まってるだろ!」


「くっ……人間は、愚かな生き物だね」


「お前が言うな」


 ウィルはいつも通りのクソ変態テンションだ。

 ちなみに魔法の影響でしばらく動けないので、現在俺が背負っている状態だ。


「ああ、今動くことができればパンチラを補給できたのに……」


「パンチラって補給するものだったのか。初めて知ったぞ」


「何を言っているんだい、ジン。それは常識だよ」


「そんなのを常識にするなよ。どんだけ変態ならそういう考え方になるんだ」


「ありがとう」


「少しも褒めたつもりは無かったんだが」


 人に背負われてるのに生き生きとしすぎてるぞ、この変態。


 その時、急に控え室のドアが開く。こちらへどうぞ、とスタッフの人が案内してくる。

 はい、ありがとうございます、とウィルが笑顔で答える。

 スタッフは少し顔を赤くした。

 やはり、世の中イケメンが正義なんだろうか。

 変態はセーフなのだろうか。

 ううむ、解(げ)せぬ。


 案内される通りに進んでいくと、何度か重厚な扉をくぐり、赤い絨毯の上を歩き、到着したのはまさにVIPルームって感じの部屋。


 シャンデリアぶら下がってるし、丸テーブル沢山あるし、めっちゃ高級そうな食べ物が広がってるし。

 俺の背中でウィルが、おお、と感嘆の声を漏らしている。うるさい。


 スタッフの人は、ここで少しお待ち下さい、と言って、ウィルの方を向いて、ウィルは笑顔を返して、スタッフは顔を赤くしてから出てった。解せぬ。


「解せぬ」


「どうしたんだい?」


「世の中の不条理を噛み締めていたところだ」


「それは、大変だね」


「大変だよ」


 主にお前の影響でな。


「それにしても、こんなに豪華な料理を見たのは初めてだよ。ここ、本来は貴族とか偉い人が来る場所だよね? 何をするかは知らないけどさ、僕たち、ここにいていいのかな?」


「いいだろ、案内されたんだし」


 というか立食会なんて転生する度飽きるぐらいやったし、お偉いさんに呼ばれてやらされたから、ぶっちゃけ今更どうなんだって感じもするんだよな。

 むしろマックのハンバーガーを食べたい。

 慣れって怖いな。


 すると、俺たちが入ってきたドアが開いた。

 三人ほど入ってくる。勇者って感じの男と、ロンウィと。


「って、コフィじゃん」


「あ、ジン!」


 コフィは俺のことを見つけると、トコトコと小走りで歩み寄ってくる。


「うわ、何だその服、絶対高いやつだろ」


「これは用意して貰ったの」


「コフィ、いつの間に偉くなったんだお前」


「ジンが闘技場で遊んでる間に」


「遊んでねえよ、必死に戦ってたよ。手、振ったろ? 見てなかったのか?」


「見えたわ。ほんと、遊んでいる最中に手を振らないでほしいわ。同類だと思われたらどうするのよ」


「ひでえ……ん?」


 何か揺れている。

 見ると、動けないはずのウィルが震えていた。


「どうしたウィル」


「……耐えているんだ」


「何にだよ」


「こんな美少女を前にしてパンチラができないなんて……くっ!」


「ここまで来るとその執念に感動さえ覚えるぞ」


「ありがとう」


「だから褒めてねえよ」


 そのとき、勇者って感じの男がこっちに寄ってきた。


「すまないが、食事にしないか」


 知らない人だ。

 思わずコフィの方を向いてしまう。


「え、誰? この人」


「ええっと……」


 コフィは珍しく、オロオロとしていた。


「……ライオネアスさん、よ。勇者の」


 さん?


「コフィ、お前いつからそんなキャラになったんだ?」


「うるさいわね」


 人前で、俺を三枚に下ろすとか言ってても困るけどな。

 すると、勇者の男が一歩出て言ってくる。


「俺はウィオル・クラウン・ライオネアス。天命は勇者。歳は十五」


「そうか。俺はジン。天命は魚。歳は――」


「知っている」


「知ってるのか?」


「ああ。闘技場でアナウンスされたからな」


「なるほど」


「それより君に、一つ聞きたいことがある」


 冗談とは言えない表情で、そいつは詰め寄ってきた。


「君は本当に、勇者パーティに入る気があるのか?」


「と言うと?」


「そういうところだ。品性のかけらもない。勇者パーティのメンバーがそういう雰囲気ではいけないと、君はそう考えられないのか?」


 品性については、今俺が背負っているウィルの方が圧倒的に問題アリなんだが。

 勇者パーティのメンバーでなければ関係ないといったところか。


「加えて、魚という天命は意味が不明だ。それを否定するわけではないが、こうやって正面から対峙した今も、勇者パーティのメンバーとしての力が君にあるようには思えない」


 すると、コフィが一言。


「ジンは強いです……」


「聖女である君に言われたとしても、勇者である俺が納得できなければ無意味だ」


「うっ……」


 仕方ないので、止める。


「確かに、品性が無いかもしれない。勇者様の御眼鏡に適わないかもしれない」


「分かっているなら」


「けど、実際問題、俺はウィルに勝っている」


 言いながら、背中の変態を見せつける。

 勇者は顔を顰めた。


「だがそれでは」


「そう焦るなよ。勇者パーティに一番必要なのは品性じゃなくて”力”。そうだろ? どうせ次の試合もあるんだし、もう少し考えてもいいんじゃないか」


「っ…………」


「その品性を確認するためにこうやって立食会の場を作ったんだろうけど、俺は参加しない」


「なぜだ」


「高級な飯は好きじゃないんだ。味付けが濃すぎる。貴族の舌専用の食い物だ。それに立って食事するなんて、落ち着かない。俺は適当に外の飯屋で食べてくるから、ウィルはよろしく頼んだぞ。次の試合が終わるころには戻ってくる」


「おい待て」


 ロンウィにウィルを預ける。

 狂信者に介護される恐怖で引きつった表情のウィルに見送られながら、さっさと部屋から出る。

 面倒そうなやつに絡まれちゃったな。

 試合終わる頃に戻るとか言ったけど、もう少し遅くしようかな。

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