第十二話 Bブロック
闘技場。
観客席の一部に立てられた、全面ガラス張りの部屋にて。
コフィはAブロックの戦いの様子を見ていた。
今日も豪華な服装。座る椅子も、もちろんのこと高級。
正真正銘のVIP待遇に、孤児院育ちの少女は違和感を拭えない。が、しかしこの状況から逃れることもできない。
コフィは眼下で行われる戦いを、若干緊張しながら見ていた。
「誰だ?」
コフィの隣の席。
一人勝ち残った青年を指差してそう言うのは、昨日初めて会ったばかりの勇者、ウィオル・クラウン・ライオネアス。
王族が着用するような服を自然と着こなし腰に黄金の剣を差している彼は、整った顔も相まってまさに勇者といった風貌。
それに答えるのはコフィの近くで立っているロンウィ。
「ライオネアス様、彼は舞踏格闘家のウィルです。鉄拳・グラトムの道場の門下生でもあったようですが」
「グラトムの弟子か。あそこの門下生は優秀と聞いていたが嘘ではないようだな。他が腰抜けすぎる点もあるが」
「水の魔術師・ルーシーは、あの歳にしては中々の魔法を使うように見えましたが」
「あの歳にしては、優秀だろう。だが、ただ優秀なだけで入れるパーティーではない。学校じゃないんだ。優等生を集めてどうにかなる問題なら俺は出ない」
「確かに、その通りですね」
「全く、選抜戦のテストの基準設定が甘すぎる。参加人数を増やしたところで質が低下しては意味が無い。立食回でも言えたことだが、今回の勇者騒動は荒削りすぎだぞ。デウス教の上は何をしているんだ」
落ち着いた声色。ライオネアスは、十五歳とは思えないほどに理知的で、普段から落ち着いている男だった。
ロンウィと話す内容も、貴族・王族間で流れる情報についてや選抜戦の選手の質について。
すると。
(何話してるのか分かんない……)
孤児院生まれには若干厳しい会話内容。
VIP席に居座る三名の中で、他二人の話に全くついていけないコフィである。
ライオネアスから話を振られる度、曖昧に頷くことで窮地を凌ぐ彼女の精神状態は混沌。
ガリガリと神経が摩耗する音が聞こえてきそうなほど。
大変である。
(ジンのバカ……早く戻ってきなさいよ……)
魚を罵倒。
知らず知らずの内に二次被害を被っていることなど、当の本人は知る由もない。
なぜなら彼は今まさに、Bブロックの選手の一人として闘技場の中に足を踏み入れている。
Bブロック、はじめぇえええっ!
実況の大声が耳に入り、VIP席の三人は闘技場へと意識を向ける。
すると開始直後であるのに、一人、闘技場の中からVIP席へ顔を向ける人間が。
先程罵倒された魚である。
まさか出場していたとは思わず、コフィは声を漏らす。
「ジン……」
孤児院聖女が名前を呼んだことに、ライオネアスは疑問の声。
「あの男、知り合いか?」
言わずもがな、コフィの緊張は一気にピークへ。
「は、はい。わ、私の幼馴染で」
「なるほど、強いのか?」
これにはロンウィが答える。
「情報によれば、グラトムからの推薦状で出場している、と」
「面白いな。グラトムが推薦状、か。それは……勇者か?」
「いいえ」
「天命は」
ロンウィは、とても答えにくそうに答える。
「……魚です」
「…………は?」
これには勇者も、間の抜けた表情。
「魚、は、それは天命なのか」
「私も詳しくは知りませんが……天命です、よね」
ロンウィはコフィへと顔を向け、尋ねるように言う。
慌ててコフィは喋る。
「は、はい。ジンの天命は魚です」
「そうか……そうか」
理解に苦しむライオネアス。
意味不明である。
「天命についてはかなり勉強してきたつもりだったが、それは初めて聞いたな。本当に調べて出たんだな? 間違い無いんだな?」
「ま、間違いは無いはず、です」
実際、勇者になる前は魚だった、と心の中で言い訳するコフィ。
その言葉にライオネアスは顔をしかめるが、まあいい、と闘技場の方に視線を戻す。
「それよりも試合は……これは一体どうなっている?」
試合が始まったにも関わらず、まだ誰も戦闘を開始していない。
武器は持っているが攻撃体勢に入らない。
異常事態だ。
彼らの視線はある一人の男に集まっていた。
――ジンである。
闘技場中央。
孤児院出としか思えないボロボロの服。
数多の視線が集まっているにも関わらず、表情に焦りや驚きは全く見えない。
それどころか、眠そうにあくびをする始末。
まるで緊張感のかけらも無かった。
そして、一メートルほど離れた場所。
ジンに対面する形で仁王立ちする巨漢の男が一人。
発達した筋肉は周囲を威圧するよう。丸太のように太い腕に握りつぶされればひとたまりもない。
背の低いジンを見下ろすように、男は声を張り上げた。
「俺はグラム! 二つ名は豪腕! 普段は手練の傭兵として活動している」
するとジンは、ぼそっと呟く。
「手練って自分で言っちゃうのか」
その言葉を聞いてグラムは一瞬怒りを見せるが、すぐにニヤリとした笑みを浮かべる。
「名前を言え」
「ジンだけど」
「貴様だな」
「は?」
「貴様だなあああああああっ!! この選抜戦において不正を行った男というのはあああああああああああっ!!」
ざわめく会場。
そのざわめきは、VIP席の三名にも漏れなく届く。
胸中に不安が押し寄せるコフィ。
しかし豪腕の男は続ける。
「言え! お前の天命はなんだ!」
ジンは全く動じることなく答える。
「魚だけど」
答え、その言葉が会場に広がり、浸透。
どこからともなく、笑う声が漏れ出てくる。
それは次第に広まり、嘲笑、嘲笑。
あざ笑う声。雨のように、ジンに降り注ぐ。
グラムは声を爆発させた。
「ふざけるなあああああああ! なんだ!? その天命は!? よくそんな天命で、この選抜戦に挑もうという気になれたなあ? 戦闘職である俺たちが、真面目に、誠実にこの戦いのために日々訓練を積んできたという中、そんなふざけた天命で大会に出るなどよくできたなあ? あ? どうなんだああっ!」
声と同時、拳を床に叩きつける巨漢。
床にヒビが入る。怒りのこもったヒビが。
そして、ジンヘ質問。
「お前、どうやってこの場に出たんだ」
「どうやってって、グラトムの推薦状出したに決まってるだろ」
「はあああああ? 推薦状、だと? 見え透いた嘘をつくんじゃねええええっ!!」
嘲笑を響かせていた会場の観客は、グラムの言葉に共感し、ジンに怒りを覚えていく。
「鉄拳・グラトムは武の極みとも言えるお方。そして道場の弟子、しかも自分を倒して認めさせた者のみに推薦状を出すと明言した話は、誰もが知っている。それを、それをっ……魚などとふざけた天命で挑もうとする者に与えるなど、ありえないんだよッ!」
――そうだっ!
――不正だ!
その声は会場のどこからか。
弓から放たれる矢のごとく、当の本人の耳へ突き刺さる。
グラムは観客に見えないようニヤリと笑みを浮かべる。
少しだけ声色を優しくして言った。
「お前の不正は明らかだ。だが、時に人は間違うものだ。俺も、間違った人間をただ殴るのは良くないと思っている」
「今すぐ降参しろ。そしてこの戦いから辞退しろ。それがお前の唯一の選択肢だ」
それは打算であった。
ジンという男がグラトムから推薦状を貰った。ということは、その男はグラトムよりも強いことになる。
グラムにはそんな男に勝てる自信など無かった。
その時に、彼は思いついてしまったのだ。
不正として訴えて降参させればいいのだ、と。
グラトムから推薦状を出されるというのは普通ありえることではない。
加えてジンは、魚。戦闘職とは思えない意味不明な天命。
明らかに弱そうなガキ、とは控え室でジンを目にしたグラムの感想である。
打算だった。
そして怒りもあった。
こんなガキが推薦状など、嘘に決まっている、と。
――辞退!
――降参しろっ!
――そうだ!
――早く帰れ!
――この詐欺師が!
――早くここから出てけ!
観客席から、罵声。ジンを非難する内容のものが次々と。
それは鳴り止まず、次第に強くなっていく。
波のように押し寄せる声。
ニヤリと笑うグラム。その内心は高笑いで満杯だ。
見下すように、ジンの表情を伺う。
対して沈黙を貫くジン。表情を少しも変えること無く、ただ立っている。
それを見て、グラムが再度何か言おうとした時だった。
「ふわぁぁっ、ねむ」
大きなあくび。
唖然とするグラムを前に、続けざまに一言。
「それで、選抜戦っていつ始まるんだ?」
聞こえた直後、誰もその言葉の意味を理解できない。
次第にその言葉の意味を分かりはじめ、そして完全に理解し。
「クソがあああああああああああああああああああッッ‼」
そのグラムの咆哮が引き金となる。
Bブロックの選手全員が、一斉に、ジンに向かって武器を持ち駆け出す。
全方位からの、同時攻撃。
その一番手であるグラムの斧が、ジンの脳天へと振り下ろされ。
触れる、その瞬間。
「おっそい」
その声を聞き取れたのは近くにいたグラムだけか。
その光景を見ていたすべての者が、驚愕に支配された。
何も見えず。
何が起きたのかも分からず。
気絶。
駆け出した選手すべてが、前触れ無く倒れたのだ。
倒れる音。武器が床にぶつかる音。
その全てが終わり、闘技場が静寂に包まれた中、立っていたのはただ一人。
「腹減ったな」
腹を右手でさする少年。
ジン、ただ一人。
ガラス張りのVIP席の中でも、その驚愕は変わらない。
素直に驚き、声が出ない孤児院聖女、コフィ。
表情には出さないが、内心驚きすぎて何も言えないデウス教狂信者、ロンウィ。
表情を固め、何が起こったのかを必死に理解しようとするが、一ミリも理解できない王族勇者、ライオネアス。
静寂の中、スタスタと歩いて闘技場から出ていくジン。
その場にいた全員が、ただそれを見守ることしかできなかった。
ぽつり、と呟くコフィ。
「一体何が……」
しかし、それに答える者は誰もいない。
次第に、観客がざわめきを取り戻していく。
異例の戦い、未知の魔法、詐欺試合など様々な呼ばれ方がされたが、Bブロックの試合の噂は、瞬く間に人々の間に広まっていった。




