表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

第一話 転生のエキスパート

「グハッ……」


 吐血。ちょっと服に血がついた。

 流石に、もう死ぬか……。


 勇者パーティから追放されたという男が、俺のもとにやってきたのが昨日。

 そしてそいつは、いきなりバカみたいな強さで俺に攻撃してきた。

 流石に負けるわけないだろう、と思っていた俺の予想はことごとく裏切られた。


 魔王としての力を全開放しても、俺はそいつに勝てなかったのだ。


 だが、別に良かった。


 久しぶりに全力の戦いを出来たから、これといって悔いは無い。


 そう、悔いはない……はずだった。


「はっ、魔王なんて大したことなかったな。これで世界は俺の物だ……追放した勇者も、それに加担した人間どもも許さない。今日から俺が新たな魔王として人間どもを殺してやる……待ってろよ、クソ勇者ども! つっても、どうせ雑魚だろうがな! くははっ!」


 死に際にそいつが漏らした不穏な言葉が、頭に残った。


(……まあ、次の転生には関係無いと信じたい)


 その時、事前に準備していた転生の魔法陣が、俺の身体に働き始める。


 そこで、意識がぷつりと途絶えた。





 それは、奇跡の光。


「みんなっ……うぐっ……死なないでっ……」


 涙を流す少女から放たれる光は、人々を癒やす聖なる光。

 だが、闘技場の中で必死に悪魔に抵抗する者たちの傷は治らない。


 悪魔が唸る。


「コレガ、ワレラノ王ヲ脅カス存在ナノ力……クハ、クハアハハハハ!」


 悪魔が笑う。


「弱イ! 弱スギル! イイダロウ! オマエタチニハ苦シミヲ与エテヤル! 精々、我ラガ王ガ満足デキル悲鳴ヲアゲテミセヨ!」


 悪魔が右手を天に掲げる。

 瞬間、闘技場が真っ黒の霧に包まれた。


「あう、ぐっっうううぅっ!」


 少女が悲痛な声を出す。

 胸を強く握りしめられるような強烈な痛みが、少女を襲っていた。


(誰か……)


「たす、けてっ……」


 少女の視界が、暗く、暗くなっていった。






 予知夢か、と、俺は思った。

 今回の転生も面倒事が多そうだ、とも思った。

 転生する時が近づくにつれ、その記憶は薄れていった。





「がはっ……!」


 いきなり目が覚めたと思ったら、知らないボロボロのベッドで寝ていた。


「転生、成功だ……ん? 人間の声?」


 ふと自分の手を確認。なんと、人間の手じゃないか。

 若い男の身体。十五歳ほど。容姿はそれなりに良い。

 周りを見渡す。


「孤児院か……」


 周りにあるものはボロい。貧しさという言葉を正確に表したような。

 俺の着ている服もボロい。ところどころ破けている。まあ、こういうボロいものも嫌いではないが。


「若い魔族として転生するつもりだったが、まあ、一度くらいこういうものも悪くないか」


 こういうものだと納得する他ない。

 元日本人である俺は、もう何度も転生を経験している転生のエキスパートだ。

 日本に生まれ、トラックにひかれて死亡、そして転生。

 異世界で魔法を極めて転生魔法を作り、何度も何度も転生した。

 転生先の身体を選別するように魔法陣を書いて発動させたので、今回は魔族になるはずだったんだが……ま、いいか。

 成功率百パーセントじゃないし。人間も魔族も、魔法極めれば同じようなもんだし。違うのは容姿だけだし。


 と、突然部屋のドアが開いた。

 駆け込んでくる一人の少女。歳は十五歳ほどに見える。

 そいつは甲高い声で言った。


「ちょっと! 今日は一緒に朝ごはん食べるって言ったじゃない!」


 なるほど。そういう約束をしていたということか。

 一応、俺が転生した人物のこれまでの記憶はある。

 俺は孤児院で暮らす貧しい子供だ。

 親は知らん。

 孤児院で毎日仕事。小さい子供たちの世話。それが、俺の生活だった。


「ごめん。忘れてた」


「もーっ! いっつも忘れるんだから! 早く行くよ!」


 少女はボロい服を揺らしながら、プンスカと部屋を出ていく。

 俺も一緒に部屋から出ていくと、孤児院の広い食堂では他の子供達が集まって食事をしていた。

 その中には、シスターらしき人影が。


「あらおはよう、コフィ、ジン。ジンは今日もお寝坊さんね」


 若いシスターさんだ。三十代、いや二十代後半か。

 こんな歳から孤児院の子供達の世話をするなんて、人間の規範とも言える人物だろう。


「おはよう、シスターさん!」


 そして隣の少女はコフィという名前のようだ。


 実は、転生に少し失敗したようで、人の名前の記憶だけ頭から抜け落ちているのだ。

 面倒だが覚えるしかない。


 その後は適当に飯を食べて、孤児院の仕事を始める。

 掃除洗濯その他あれこれ。

 俺は畑仕事に行かされた。

 畑担当は俺だけのようなので、適当に土魔法を使って耕しといた。

 転生したら魔法を使えなくなるとか、そういうことは一切ない。

 というか、むしろ使いやすくなっているような……まあいいか。


 そしてそれが終わると昼飯。


 適当に食べて、午後はみんなでお祈りの時間。

 神様になんたらかんたら、言う。

 魔王の厄災からお守りください、なんても言った。元魔王の俺が言っても効果無さそうなお祈りだ。

 そしてお祈りが終わり、いつもならまた仕事が再開されるはずだったのだが。


 シスターが俺とコフィに言った。


「ジン、コフィ、今日は、頑張ってくるのよ」


「はい! 頑張ります!」


 そしてコフィは孤児院から出ていく。

 何がなんだか分からない俺はコフィに質問した。


「コフィ、今日って何かあったか?」


「え!? ジン、何いってんのよ!? あんたの脳みそ腐ってない? 左脳忘れてきた?」


 なんだこの毒舌少女は。俺の知ってるコフィじゃねえぞ。

 シスターがいたから抑えていたのか?

 本性を現したってやつか。


「一応確認しとこうと思っただけだよ」


「もー、一回しか説明しないからね。耳折り曲げてでもいいからちゃんと話聞いときなさいよ!」


 話を聞く代償が大きすぎる。


「今日は天命の調査の日なのよ! 私達、十五歳になったでしょ? だからお役所に行って調査してもらうの」


「天命?」


「え、まさか天命分からないって言うの? そんなわけ、いや、でもそんなことあるの? 大丈夫? ジンってもしかして魚? 確かに魚みたいな顔してるなって思ってたけど」


「誰が魚だ」


「そう。でももし魚かな? って思ったらちゃんと私に言ってよ、ジン。そしたら、ちゃんと三枚におろして食べてあげるから」


「それは流石にひどくないか?」


「確かにジンが死んじゃうのは悲しいけど……でも花より団子って言うしね」


「俺は団子より優先度低いのかよ」


 くそ、なんなんだこの少女は。ヒロイン的な人物だと思っていたが、そうじゃないのか?


「天命は職よ。その人に与えられる得意な職業。狩人とか、料理人とか、剣士とか。たいていはありきたりな職業になるけれど、ありきたりな職業でも世界最強になれるチャンスはあるから、諦めちゃだめなんだよ」


「ありきたりな職業で世界最強に、か」


 アニメ化しそうなフレーズだな。


「私はね、魔法使いになりたいんだー。綺麗な魔法を使って、たくさんの人を幸せにしてあげたいの」


「へー、いいね」


「そしたらジンの脳みそも改造してあげられるしね」


「いいね取り消すわごめん」


「ジンはどんな職業につきたい?」


「うーん、職業かー」


「やっぱり魚?」


「魚って職業だったのか!?」


「何言ってるの? 魚が職業なわけないじゃない」


「話を振っておいてそれは冷たくないか?」


「だって、ジンがそんな感じの顔してたから……」


「お前は俺の顔から一体何を読み取ったんだよ」


「さあね。じゃあ他に、ジンは何の職業につきたい?」


「うーん、勇者とか?」


「へー、ジンも勇者なんだ。みんなそう言ってるけど、実際なれる人って全然いないからね。期待しない方がいいよ」


「急に現実的な意見を出すな」


「分かった。じゃあ盾専門勇者とか、どうかな?」


「明らかに弱そうだな」


「ね。頑張っても成り下がりそう」


「盾の勇者の成り下がり、か」


 なんか残念な感じだな。


「でも、勇者になれたらいいね」


「まあ、俺はどっちでもいいけどな」


 勇者パーティから追放された奴に恨みを持たれそうだ。怖い怖い。


「でも、もしジンが勇者になったら、私は絶対聖女になるから……」


「ん? 聖女?」


「ううん、なんでもない。消えて」


「急にひどいこと言うな」


「いいの、ちょっと恥ずかしかっただけだから」


 なんて話しているとお役所に到着。


 中に入るとブヨブヨに太った役所管理長が出現。

 俺たちのボロボロの服を見た途端、ゴミでも見るかのような目でこちらを一瞥(いちべつ)


「ああ天命調査だな。部屋あっちだから先に行って待ってろ」


 見下した表情のそいつは、コフィを目にした途端下卑(げび)た笑みを浮かべる。


「あ、そっちの女は別だ、僕と一緒に来い」


 暇な奴もいたもんだなと思っていると、コフィが俺の手を握ってきた。


「怖いのか」


「…………」


 コフィは小さく頷くだけ。

 まったく、さっきまでは俺を三枚におろすとか言ってたくせに、女の子してるじゃねえか。

 仕方ない。


「おっさん、コフィ欲しいんだろ。俺はおっさんにコフィをあげてもいい。全然構わない」


 コフィがこちらを見上げてきた。縮こまっていて、上目遣い。いつもこうしていれば普通にかわいいんだがな、せめて口から言葉の核ミサイルを発射しなければ。


 とりあえず毒舌少女の頭をなでてやる。


「何だ?」


 食いついて来た。

 おっさんは、まんざらでもない顔。


「ただ、その場合面倒なんだ」


「何がだ。君は、無条件でこちらに渡すだけで十分だぞ」


「いやいや、俺じゃなくて、おっさんのこと」


「僕の?」


「こう見えて俺は、結構足が早いから、そう簡単に人に捕まったりはしないと思う」


「それがどうした」


「だからコフィを渡した後、街中を走り回って、役所の管理長が年端もいかない少女に悪いことしたぞと言いまわるのも不可能じゃない」


「お前っ……!」


「いや、例えばの話だよ、例えば」


 するとブヨブヨのおっさんはこっちを睨んできた。


「僕は孤児院一つ潰すぐらいどうってことない地位にいる。それを分かっているのか」


「孤児院が潰れようと、俺が走ればおっさんは潰れる」


「……無駄に賢いガキだ。まあいい、どうせお前みたいなゴミは天命もゴミだろうからな、せいぜいいきがって絶望すればいい。奥の部屋に行け。準備はしてある」


 よし、いい感じに撃退できたぞ。

 と思ってコフィを見ると、こちらを睨んでいた。


「ジン、なんで私を売ろうとしたの」


「いや、助けただろ」


「結果的にはね。それでも途中で私を売ろうとした事実は消えないわ。あなたは処刑よ」


「それが助けてもらった人が言う言葉か!」


「あーあ、こんなことになるんだったらおじさんの方に行っておけばよかったー」


「はいはい分かった俺が悪かった勝手に売ろうとして申し訳ありませんでした」


「分かればよろしい」


 話している内に、天命の調査をするであろう部屋の中に入る。


 ちょっと広めの部屋の中にはオバハンが一人。

 それと部屋の中央の台には水晶玉が一つ。


 扉を閉めると、オバハンがだるそうにしゃべる。


「さっさと終わらせるよ。名前言いなさい」


「コフィです」


「ジンだ」


「じゃあコフィからやるよ。こっち来なさい」


 明らかに面倒そうな感じだが、仕事はきちんとやるようで。

 コフィを水晶玉の前に呼び出すと、水晶玉にコフィの手を当てさせ、何か唱えた。


「きゃっ……」


 強い光が放たれ、驚いたコフィが小さく悲鳴を上げる。


「はいこれで終わりよ。あんたの天命は……な、なんだってっ!?」


 突如驚くオバハン。

 そしてゆっくりと告げた。


「あんた――勇者だよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ