『開戦』
「黒木、どうだった」
滝は黒木の通話が終わると同時に尋ねた。
黒木は戦術班、戦略班の全員を見回す。
彼らも黒木に注目していた。
「今回の戦いは、勝った方の判断に一任ということになりました」
「おい、それってつまり上は何もしないってことか」
現場肌な植山が如何にも嫌そうに尋ねる。
「いいえ、上も下も両方とも全面戦争です、手抜き無しの」
「つまり、内戦? 」
珍しく赤沢が戦慄している。
「違います、今揉めている省庁のしがらみを、この戦争で決着をつけるそうです。
大臣がどちらを信用するか、その力量を図る為の疑似戦争ですよ」
「じゃ、とことんやってやろうじゃないの」
公納がばしんと膝を叩いた。
「霞が関が動くとなると、戦略班は解散か」
公納が戦術班の方へ身を寄せる。
「いえ、上とのコンタクト、もしかしたらこっちの方が決定権を持つ事態もあり得ます」
黒木は手を伸ばし、否定した。
「私も黒木に賛成です、庁舎で何かあったときにも柔軟性を維持できますから」
滝が付け加える。
「ウチの一個中隊が到着します」
機動隊の小隊長が、駐車場及び予備戦力集結地点を指さす。
「ですが、装備はどうしますか。実弾を撃つ訳にはいかないでしょう」
賢明な彼は赤沢ではなく、黒木に指示を仰いだ。
「先ほど霞が関と連絡が取れました。非殺傷装備なら問題ないそうです」
「そうですか、了解しました」
今どきの機動隊ならライフル、サブマシンガンが通常装備だ。
彼らなにり何を使えばいいのか苦慮したのだろう。
黒木の頭が突如として動き出す、『覚醒』と呼ぶ火事場の馬鹿力だ。
非殺傷兵器は許される、機動隊は銃を持っている、少なくとも拳銃は通常装備だ。
今、事務所を守ってる機動隊員は? これから来る機動隊員は?
多分装備している、エアウェイトから刷新された米軍のお古のベレッタM9を。
そして、警察内部に潜む警備局スパイ。
そこから導かれる、警備局の作戦は——
「至急、機動隊全員の拳銃を回収してください! 」
黒木が叫ぶと、部屋中の人間が振り向いた。
「機動隊内に警備局のスパイがいるかもしれないって共有しましたよね」
「それがなんで、回収に繋がるのよ」
赤沢は、身内を疑われたのが気に喰わないのか、唇を尖らせる。
「一発でも銃声が鳴れば、警備局に火器や重武装の名目を与えます」
植山は合点がいったという表情で
「おい、それなら弾薬も回収しろ。数もきっちりそろえるんだ」
植山は、既にインターフォンで支持をしている小隊長に命令する。
「銃が無くても、炙ったり、ハンマーで殴れば『発砲』はできるんだ」
衣川会事務所には大量の拳銃がコンテナに収められておいてある。
ぱッと見、抗争前のヤクザの事務所だ、まあ警備局とは抗争中なのだが。
一個小隊と一個中隊、総数70丁近い拳銃が並んでいる。
「しかし、これだけ頭数そろえれば、どうにかなるか」
後藤が安堵にも似た、希望的観測を漏らす。
「いえ、警備局は強化外骨格を装備しています。敵一人につき三人分の戦力は」
黒木は苦言を呈する。
「もう一個中隊呼びますか」
小隊長に変わり、戦術班に着いた機動隊中隊が具申する。
「いえ、ガス、ゴム弾銃装備の一個大隊の用意をしておいて、もしかすると機装具も」
赤沢はさらりといっのけたが、中隊長は武者震いでなく、体を震わせ始めた。
「ウチら、警察には武装強化外骨格はあっても強化外骨格はないんですよ」
機動装甲具と呼ばれる武装強化外骨格は警察、特能省、海保、一部自衛隊が保有する。
が、強化外骨格は特能省、自衛隊にしか装備されていない。
機装具が交戦能力を高めるのに対して、強化外骨格は単に筋力、持久力を高める。
つまり、強化外骨格は『兵隊』向けの装備であり、警察には不向きなのだ。
機動隊に装備させ、暴動鎮圧なんてさせようものならうっかり相手を殴り殺しかねない。
機装具はそもそも『殺す』ために作られたらから、一部の警察にも導入されている。
「だから、一個大隊とガスとゴムでボコボコにするの。力押しで負けないように」
赤沢は年上の、しかし自分の父親の教え子に説明した。
「了解、一個大隊と警備車にガス銃、ゴム弾を輸送させる」
そういうと中隊長は無線をいじる部下を呼び寄せた
「PCより入電、こちらに特能省の輸送ヘリが移動中」
後藤がうろたえた声で叫ぶ。
「空を飛ばれちゃ車止めと、検問の意味がねぇ」
後藤は丸坊主の頭をぱちんと叩いた。
「ちがうわ、ヘリを下ろせる場所は限られてる。ラぺリングしようにも重装備は下ろせない」
赤沢は断言する。
「さぁ、これからようやく本当の闘いよ、なに根を挙げてるの」
赤沢は年上のマルボウの頭を小突く。
「中隊長、私にも出動服を貸してください」
赤沢が珍しく敬語で、それも頭を下げて頼み込む。
「君の気性は教官からうかがっている、ゴム弾が到着次第、相談室に装備を供与する」
「ありがとうございます」
赤沢はびしっと敬礼した。
「失礼ですが赤沢さん抜きで戦術班は大丈夫ですか」
極めてぶしつけな質問を単刀直入にぶつけた。
「大丈夫、大隊長は頭脳派だし、キレものだってオヤジに聞いてるから」
ほかの戦術班を遠回しに脳筋と公言する赤沢に黒木は呆れるほかない。
「あ、ああ大丈夫ですよ、黒木さん。その扱いは慣れている、というか適材適所なんですよ」
中隊長は苦笑いする。
「本職はたたき上げ、一方大隊長はキャリアの癖に骨がある、そういう人ですから」
「そんなもんですか」
黒木は、どこか腑に落ちずなぁなぁな返答しかできなかった。
「大隊集結地点に到着! ゴム銃とガス弾、マスクの配布を開始します」
インターフォンで中隊長付き隊員が叫んだ。
「警備局、月見公園にヘリを降下。総数30名強、強化外骨格装備と思われる」
後藤も叫ぶ。月見公園はここから400m程先にある。
そこはヘリが着陸すると思われる第二候補だった。
「大隊長、入られます」
中隊長付きの叫ぶと当時に、出動服をまとった男が入ってきた。
身長は、低い。だが低いがゆえに妙な迫力を持った男だった。
「状況は無線で把握している。月見公園はきっと罠、この本丸を守る。
大隊は消耗を防ぐため中隊ごとに交代交代で警備にあたる」
そう言い放つとソファーへ身を沈めた。
赤沢はショットガンを受け取ると、嬉々として飛び出していった。
ガス銃と呼ばれる、実際銃ではなくグレネードランチャーは重いと断った。
「ハハハハハハ、ボコボコにしてやる」
不吉な彼女の笑い声を聞いた者は皆凍り付いた。
「アレのオンナ、生まれる時代が違えば英雄か大悪党だな」
三沢が独り言ちた。
「それと第二列までやられたら、ガスを撃て。連中が下がったらゴムに切り替え。
ガスはガス銃、ゴムは散弾銃だ。ガス銃は連中の足元に向かって撃て」
ゴム弾といっても至近距離では致死的な威力を持つ。
この戦争は相手に死者を出せば不利になる、ファニーウォー。
そんな状況を把握しての命令だった。
黒木はよほどのことが無ければこの人の指示に異議は挟むまいと決めた。
遂に警備局執行班が到着した。
手には樹脂製警杖を持ち、腰には大量のタイラップを下げている。
市街迷彩服が異様に盛り上がっている、あれが強化外骨格だ。
その上から防護服を着ているように見える。
強化外骨格が放つ警杖の一撃は、機動隊にとって防護服無しでは致死的である。
さっきの情けない捜査官とは違い、無言で機動隊に突っ込んで《吶喊》くる。
対照的に防御に回る機動隊は、割れんばかりの雄たけびを上げる。
ガスマスクの下から放たれる叫び声は、さながら地鳴りの様だった。
「負傷者は後列の者と速やかに交代、いいか絶対に隊列を崩すな」
小さな大隊長は『ケガしてでも戦え』なんて不条理とは真逆の合理的な命令を下す。
外からはゴツン、ゴツンと杖と盾とが交わる音と怒声が響く。
黒木と戦術班は事務所の外に張り巡らされた監視カメラのモニターを睨む。
「隊長! 不味いです、盾にヒビが入ってます」
共にモニターを睨む大隊付き隊員が叫ぶ。
さっき聞いたが、あの盾は拳銃なら防げるらしい、それにヒビを入れるアレは……
「そうだな、あの警杖は通常のソレじゃないだろう。少し早いがガスを撃て」
大隊長が命ずると隊員はすぐさまレシーバーで下命する。
「ガス、構えェ―」
怒声の中からさらに響く声が木霊する。
警備局執行部隊と対面する、ボロボロの盾の隙間からにゅうと、太いパイプが突き出る。
「テェエ《撃て》」
ボン、ボン、ボンという音と共に白いガスが広がる。
マスクをかぶってない執行隊はもだえ後ずさる。
「おい、あれ赤沢さんのお嬢さんじゃ」
画面には機動隊の第一列の隙間から、ショットガンを構えた赤沢が飛び出る姿が映る。
植山が監視カメラに駆け寄ってくる。
「あー、やっちまったか」
対して困った風でもなく植山はつぶやく。
「今の赤沢は戦の女神気取りだ。見ろ彼奴二丁もショットガン持ってるぞ」
赤沢は構えている散弾銃とは別に、もう一丁を背中にかけている。
彼女が白装束だったら『女版八つ墓村』と言われても、信じてしまうだろう。
シャンメリーがわりに催涙ガスを撃ちました。
次回は赤沢無双です。