仁義なき省庁間代理戦争
マイノリティーを擁護する人権派の滝も、流石にヤクザと会ったことは無いらしい。
彼の体は縮こまって、恐怖を隠せないでいる。
「皆さん、落ち着いてください。彼は警備局じゃありませんから」
黒木が殺気立つヤクザとマル暴をなだめる。
「でも特能省なんだろ」
三沢が黒木を睨みつける。
外から見れば特能省は巨大で統制のとれた官僚組織に見えるだろう。
ヤクザ、暴力団からすれば、特能省は突如現れた殺戮集団だ。
「特能省と一言に言っても、警備部門、民生部門、経済部門とセクションがあります」
黒木は人差し指、中指、薬指の三つ指を立てて見せる。
「ですが、民生と経済は近しい役割があるのですが、警備部門は全く違う役所と言って良い」
黒木は器用に中指と薬指をくっ付けた。
「彼は民生部門、特殊能力の把握、給付金等支援の決定を担う部門で警備とは畑違いです」
「うう、そうか」
三沢は腑に落ちたような、落ちないようなどっちつかずの態度を示す。
「そろそろ、いいですか。先ず特能評価委員会の現在の方針をお伝えします」
いつも若者らしい軽薄な滝が鯱張った口調だ、それほどヤクザが怖いのか。
そうか、黒木はドンパチ狂の赤沢との日々を過ごしているから多少の暴力に慣れたのだ。
それもどうかと、黒木自身思うのだけれども。
「この能力は現状評価が下せず、今後大規模な調査が必要になると思われます」
意外な言葉が滝の口から語られた、この場で驚いてるのは黒木だけだが。
特殊能力を持った者と特能省とを確実につなぎ留めるために、
能力が不詳の常態でも給付金や一定程度の能力認定を素早く下すのが委員会の定石だ。
身分があやふやな特殊能力者の不安感や、給付金頼みの過剰な借金を防ぐ目的もある。
だが、今回はそれが先送りされている。
「氏家さんのご家業が問題ではなく、能力事態が問題なのです」
「おい、待て。氏家が特殊能力を自覚したのは今朝だ。それをなんでお前らが知ってる」
後藤がヤクザ張りに凄む。
「え、えーと、業務上の機密でして。全く完全にお答えできかねます」
滝が物おじしながら、一切の返答を拒む。
「つまりですね、ゴミが『どこか』へ空間移転したか、『消滅』したかが問題なのです」
一同は、どうでもいいだろうという顔付で滝を見つめる。
「たとえばですよ、『核のゴミ』があるとしましょう」
相談室一同はピンときた。
が、こうした問題と無縁のヤクザとマル暴は滝の説明を求めてる。
「これを、氏家さんが消失させることができるなら、莫大な国益につながるのです。
処分地を拵える上で地元の反発、設備投資、ランニングコストが削減されるのですから」
「一方」
前置きを置いた滝は、植山が手を付けていないお茶を飲んだ。
「これがゴミの移転となると、行先、質量の限界、確実性等の問題が或るわけで……」
「それに、今回の能力が本当に『ゴミ』だけに限定されるかわからない」
呼吸のタイミングを逸した滝に黒木は助け舟を出す。
「その通り。だから大規模な調査が必要な訳です、失礼」
滝の携帯が鳴り響き、彼は席を外した。
「あの兄ちゃん、本当に役人なのか」
滝のケミカルジーンズをずっと見ていた公納が黒木に尋ねる。
「ええ、僕より優秀ですよ」
滝は元々イベントサークルの長でマイノリティー支援のライブや、イベントを手掛た。
イベントサークル、つまりイベサーというと俗っぽい印象だが企画立案、意思決定、根回しとお役所仕事で必要な要素が詰まってる。
それに、彼はもとより頭脳明晰で、非の打ち所がない好青年なのだ。
ヤクザにはビビりまくっていたけども。
ふうん、と公納が疑いをぬぐい切れぬまま黒木から視線を逸らした瞬間だった。
「マル暴さん、機動隊、機動隊を呼んでください」
滝が冷静に叫びながら組長室に『突入』してきた。
「機動隊って、お前らグルでガサ入れる魂胆だったんか」
三沢が相談室、マル暴を怒鳴りつけ、背後にあった日本刀に手を伸ばす。
赤沢、植山は素早く拳銃を抜き、三沢と氏家に狙いを定める。
「違います、そうじゃないんです。警備局がこっちに向かってるんですよ」
警備局の法的根拠無しの強制執行、それが今現実のものになろうとしていた。
「今、上司から連絡が来ました。恐らく、ですが警察には警備局のスパイがいます。
そこから情報が漏れたんでしょう。強制執行を防ぐには人手が必要です」
後藤はそこまで聞くと携帯を取り出す、公納は滝をぎろりと睨む。
「お前、特能省だろ。なんで、衣川の肩を持つ。これは上のお達しか、お前の独断か」
「半分半分です」
滝は曖昧な解答を断言した。
依然として三沢は日本刀を構え、植山と赤沢は彼に狙いを定める。
黒木は滝を見つめていた。
「どういう意味だ、それは」
「特能省の民生部門と経済部門は氏家さんを投獄、前科持ちにするのには反対です。
とにかく、能力評価試験とその活用を行いたい。これは幹部クラスの決定事項です」
「つまり、特能省の警備と民生、経済で内紛が起きてるんだな」
「そういうことです」
特能省の役人として禁忌の回答を、この非常時が正当化する。
「で、お前の理由ってのはなんだ」
三沢をかばう形で、植山と赤沢の間に入った氏家が滝に詰問する。
「ここに到着するまで、私は衣川会の事を調べました」
滝は三沢と氏家を見つめる。
「最初信じられませんでしたよ。本当に任侠、仁義に生きるヤクザがいるなんて。
組のシノギは警備会社と比べても真っ当な値段、そしてきちんと仕事をする。
酔っ払い客を追い出す時も暴力沙汰はなし、失礼ですが本当にヤクザですか」
滝の弁舌が熱を帯びはじめる。
三沢は日本刀を構えながらも苦笑いする。
「それに氏家さんに至っては、警視総監賞もらいかけてるんですよ」
相談室一同はうろたえた、ヤクザが警視総監賞?
氏家は照れ臭そうに馬鹿野郎とつぶやいた。
「元夫のストーキングに警察が対処しないって女性の相談を受けた氏家さんが、
包丁持って実家にやってきた元夫を捕まえたんですよ、武器も持たず」
滝はすうっと息を吸う。
「だから、衣川会を、無法な手段で取り壊そうなんてマネ、身内として許せないんですよ」
語りきった滝は肩を上下させている。
「まぁまぁの啖呵だったな、兄ちゃん」
照れ臭そうに三沢が刀を置いた。
植山と赤沢も拳銃を下ろす。
「ウチも腹を括りました」
後藤が携帯を切る。
「法治国家の治安組織として、法的根拠のない介入を許すなと課長から」
「お前らは、上の命令なんてなくても衣川の肩もっただろうよ、だろ」
植山が肩で後藤を小突きながら皮肉を言う。
「で、私たちはどうするの」
赤沢が黒木と植山に問う。
「ここに居て、今更警備局になんてつけるか」
植山がぼやきにも諦念にも似た声を上げる。
「私は、強い相手と戦える機会なんてそうそうないから衣川サイド」
この場で最凶の存在らしい理由だ。
「で、黒木は」
赤沢が、関心なさそうに尋ねる。
黒木も衣川サイドにかなり寄っていたが、決定打に欠けていた。
民生部門、つまり黒木の古巣は既に衣川サイド、
やってることは至極全うで、市井に迷惑どころか感謝されてる。
それに警備局がやってることは許されざる脱法行為だ。
「三沢さん、氏家さん『仁義なき戦い』はお好きですか」
黒木は、最後の決定をこの二人にゆだねた。
「「大っ嫌いだよ、仁義もへったくれもねぇ奴らを見せつけられてよ」」
よかった。これで安心して、真っ向勝負に出れられる。
「これで都庁相談室は全員、衣川サイドです」
黒木は第三勢力の参戦を告げた。
衣川会の若い衆と植山は一階にバリケードを築いている。
赤沢は周辺の建物や、『合法的』対抗策を練り上げている。
黒木と後藤は監視カメラの映像を睨みつける。
公納と三沢、氏家、滝は組長室で今後の相談をしている様だ。
遠くからサイレンの音が聞こえる。
警備局、警察、どっちだ、全員が身構える。
サイレンは事務所の近くまで来ると、ふいにやんだ。
監視カメラに目を凝らす、透明な大楯を持った男達が映った。
黒木は窓を開け、その方を眺めると水色のバスが鎮座していた。
よし、先手は打てた。
これで第一波はしのげるだろう。
衣川会を巡る長い闘いの火ぶたが、今切って落とされた。