表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超能力者は戦わない、戦うのは人間だ EP3『トラッシュ/ロンダリング/ヤクザ』  作者: 眞道 亀吉
トラッシュ/ロンダリング/ヤクザ 
2/22

前編①『警視庁対組織非暴力』

 ホワイトボードに小さなテーブルとイスが並ぶ定員四人のミーティングルーム。

普段相談室と地下の往復を繰り返す黒木はこの都庁舎の施設に初めて入った。

ここにいるのは、これからやってくる植山の知り合いと面会する為だ。

相談室からは黒木、赤沢、植山がそろい踏みで待機している。


 「少しばかり、面倒なことになった」

ついさっき植山は黒木と赤沢に深刻そうにそう告げ、この会議室に呼び寄せた。

具体的な話は何も聞いてないが、事の深刻さは植山の表情から読み取れた。

だが、この数か月の体験で黒木も少し成長したのか、平然と待ち構える。

 

「失礼します」

野太い声と共に、明らかに正業ではない服装の男が二人入室してきた。

一人は丸坊主にサングラス、ストライプのスーツに黒シャツに金の刺繍が派手なネクタイ。

もう一人はカフスや腕時計、指輪が厳つく輝くアクセサリーをつけ、口ひげが整っている。

二人とも強面で、服の上からでもはっきりわかるくらい身体が鍛えこまれている。


 ヤクザがなんで相談室にやってくるんだ、犯罪組織と特殊能力者の接触は厳禁だ。

特能警備局がこれを知ったら、特殊部隊でもヘリでも戦車でもなんでも送り込むだろう。

そしてこの場にいる全員が刑務所行きだ、生きていればだが。

 黒木は無意識にヤクザを怖がっていない、それくらいには度胸は鍛えられた。

だがそのことを黒木自身が自覚していない。

黒木はただ、恐怖の表情を浮かべるのみだった。


 「あ、お兄さん怖がらないで僕らこういうものです」

口ひげが黒木の恐怖の根源を間違えながら、名刺を取り出した。

丸坊主もそれに続いて名刺を差し出す。


口ひげの名刺は

『警視庁組織犯罪対策部 総務課 組織犯罪対策企画係係長 警部 公納 松雄』

丸坊主の方は

『警視庁組織犯罪対策部 第一課 第5係主任 警部補 後藤 良樹』


 「マル暴って奴です、警官ですのでご安心を」

後藤は頭をなでながら、軽く頭を下げる。

 「公納、お前現場に居たがってたのになんで係長、それも企画なんかなったんだ」

植山が驚き尋ねる。

 「どうもこうも、今はもう暴力団なんて殆ど生き残っていないからだよ」

喜ばしいことの筈なのに、どこか不満げに公納が答える。


 特能省警備局は設立された直後、戦後から続く暴力団を徹底排除することを決めた。

徹底排除、これまで何度も警察官僚が口にした空虚な言葉を特能省は実行した。

 組本部へ突如として特殊部隊がなだれ込み、幹部クラスを拘束し、資金を全て押収した。

一部の地域では市街戦の様相を呈したが、特能省側に殉職者は出なかった。

 横暴、恐怖政治、官僚独裁と非難する声が上がったが、その中でヤクザマネーと絡んだ

政治家、資本家、ジャーナリストは特能情報局が流し、批判は薄まった。

今でこそ特殊能力と犯罪組織の接触の危険性は明確だが、当時は理解されてなかった。


なぜ、当時あそこまで特能省が踏み込んだ強硬策をとった意思決定のプロセスは謎である。

今はお目こぼしされた「無道会」という小さな暴力団が元ヤクザを吸収している。

それすらも特能省の采配で、職業能力の無い前科者を再雇用し再犯を防いでる構図だ。

 とにかく、今の日本に暴力団は無道会以外残っていない。


 「では、単刀直入にお話しします」

公納が後藤に目配せする。

「ヤクザが特殊能力者になりました」

「特殊能力者がヤクザになったのではなく? 」

黒木は困惑を隠さず思わず問い返した。

後藤も困り顔で首肯する。


「犯罪組織が特殊能力者と関係を持つのはご法度だという事はご存知ですよね」

後藤が、聞くまでもない質問をする。

そうやって自分の中で現状を整理したいらしい。

「えぇ、そのために特能省は警備局捜査一課を運用してますよね」

黒木も後藤に合わせごく基本的な事から整理する。


「はい、現行法は暴力団認定をされた組織のリクルートを禁じてはいます」

後藤は前置きを置き、自前のペットボトルのお茶を飲む。

「ですが、今回は暴力団指定されていないヤクザ組織の、それも若頭が特殊能力者になって」

後藤警部補は丸坊主の頭を抱える。

「ですから、今回彼らを取り締まる法的根拠は全くないんですよ」

頭を挙げた後藤は今にも泣きそうだ。

「馬鹿野郎、このくらいでへこたれるんじゃねぇ。それでもマルボウか」

後藤の上司、公納が激を飛ばすが、公納も似たり寄ったりの顔つきになっている。


 「でも、犯罪を犯す様子があれば検挙すればいいですし、その様子が無ければ」

放っておけばいい、とまでは言えず黒木は口ごもる。

「今回面倒なのはそこなのよ」

植山が黒木を制する。

「たぶん特能捜一は法的根拠も無しに連中を絞り上げるだろうさ」

自分たちの縄張りが重武装の同業者によって非合法に介入される——

確かにマルボウが頭を抱える訳だ。


 組事務所に向かう車内で後藤からブリーフィングを受ける。

問題の組は『衣川会』という構成員は組長以下5人しかいない小所帯。

元をたどれば江戸時代の漁師の取りまとめを行っていた伝統あるヤクザだ。

大戦後は賭博と闇市を仕切りながらも、古臭い任侠道とやらを守り続けた。

シャブには手を出さず、抗争には中立で、カタギには迷惑を絶対かけない。


そんな堅実な運営でどうやって組を維持してきたのかというと、肝は警察との癒着だ。

癒着というと聞こえは悪いが、地元にとっては痒いところに手の届く頼れる存在だった。

だから警察もこの組には温情をかけ、無理をすれば出来たはずの暴力団指定をしなかった。

後藤が衣川会をヤクザと言うものの暴力団と呼ばなかったのはそれが理由だ。

その代わりに衣川会は警察に他暴力団の動向を伝え、違法薬物の取り締まり等に協力した。


 「そもそもね、衣川会は暴力、犯罪行為はしていないのですよ」

後藤は黒木の隣、つまり防弾SUVの後部座席で嘆く。

公納も後部座席に座っているが、男三人並んでも余裕がある。

「今の組長はその傾向が顕著でね。しのぎは、他暴力団からのカンパなんですよ」


「それって結局違法なんじゃねぇか」

植山がつっこむ。

「それが、全然ダメなんです。衣川組長に感激したって名目の少額送金でして」

後藤が警察手帳をめくる。

「合計毎月50万ですね、衣川会自体暴力団じゃないから、慈善団体とおなじ扱いです」

他の暴力団といいても、特能省による強制取り締まりで青息吐息。

50万という額面は今の暴力団じゃそれなりの額だ、と公納が付け足した。

「衣川会は『最後のヤクザ』って呼ばれてて、幹部連中には一目置かれてるのです」

暴力団が軒並み特能省によって根拠のない摘発を受ける中、生き残っている衣川会は最後の希望なのだろう。


 「衣川会の武装は」

赤沢は期待した声を出す、ドンパチ狂め。

「全くといってないでしょう。組長が趣味で持ってる日本刀くらいのもんです」

後藤が肩をすくめる。

「あら残念」

赤沢は本当に残念そうだ、ざまを見ろ。

「『漢ならエモノなしで世渡りせんかい』というのが組長の理念でして」

公納が付け足す。


 この警官達は、マルボウという立場にありながら衣川会に共感すら抱いている様だ。

「お二人とも、やけに衣川会の肩を持ちますね」

黒木は今回の事件に間違った予断を持って関わると、今後に大いに関わる。

なにせ、警察とナワバリ争いをしているのはいずれ舞い戻る組織の一部だからだ。


「それは、まぁ、みてくれば解りますよ」

公納は苦笑する。

「暴力団は必要悪を唱え、自分達を正当化しますがね、そんなの大抵嘘っぱちです」

苦笑を止め、公納は真剣な顔になる。

「連中はただの犯罪者だ。ですが衣川はそうじゃないんです。必要悪、というか」

「ただの必要、だったんですよ。悪は付きません、きっと。闇賭博とかは別として」

後藤が付け加える。

 

 「その特殊能力者は洗脳かなんかすんのか」

植山が訝し気に尋ねる、黒木もそんな気はしなくもない。

「お前、本当に俺の知ってる公納だよな、おい」

「安心してくださいよ、植山さん。見たら納得しますから、もうそろそろつきますよ」

案内をしていた公納がちょうどいいスペースへと導いた。


 「おい、テメぇら何の用で来やがった! 令状有るならみせ——」

事務所のドアの前に立っていたジャージを着た若い衆が一同を恫喝する。

 が、無言の赤沢に鳩尾に素早く膝を入れられた彼はその場に崩れ落ちた。

可哀そうに、銃撃戦が無かったせいで気が立ってる赤沢を相手にするとは……

俊敏な動きを見せた赤沢は美しい雌豹を思わせた、が一同無言になる。

 「あ、赤沢君、あれは定型文だから、そのお手柔らかに」

ガタイのいい後藤もさすがに若干引き気味だった。

「膝のストレッチをしようとしたら、まさかそこに人がいるなんて。ごめんね」

犯罪者でも使わないような言い逃れをして、全く心のこもってない謝罪をする。


「都庁、特殊能力者生活相談室ですが、組長および若頭に面会に参りました」

赤沢はしゃがみこみ、地面に倒れ込んだ若い衆を睨みつけながら手帳を示す。

「ず、ずびばせん。特能省の連中かと思いまして。失礼いたしやした」

哀れな若い衆はのたうち回りながら兇悪な来訪者に謝罪する。

赤沢はこの暴力性さえなければ、魅力的なんだけどな。


事務所のドアが開く、そこには短髪の如何にもカタギではない男が立っていた。

「若いのが大変失礼いたしました。若頭の氏家というものです」

氏家は一同にしばし深く頭を下げると、倒れているジャージを蹴りつける。

「内本、テメェ、親分と俺のお客様になんつー口きいてんだ、コノヤロゥ」

「ズビバセン、カシラぁ」

氏家はフンッと息を吐くと、一行を中へと招く。

「さ、中へどうぞ。組長もお待ちでございます」

黒木以外、内本へは目もくれず事務所へ入る。

最後列の黒木が入ると、氏家は重い鉄板の扉をカンヌキで閉めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ