『ムショへのお勤めはヘリでいこう』
「もう70近いおばあちゃんなのよ、これからOLは辛いわよ」
可愛らしい老女の声が狼狽える。電話の相手は伝説の元スリ師、『狙撃手ヤスコ』
「わかります、しかし現在設立中ののこの警備会社は凄く優良企業でして、
康子さんの罪悪感とか世に恩返しとか、そういうことにうってつけの会社なんですよ」
時間はない、衣川会の実情やこの戦場について説明は触れない、
片付いた後で実は元ヤクザですごめんなさいと後で謝ればいい。
会社を去りたいならば、また別の特殊能力者を探す羽目になるが、それもしかたない。
並行して滝には起業用の書類をそろえてもらっていた、
ネットのテンプレートや、元々衣川会が所持していた印鑑もあり作業は順調な様だ。
「警備会社って、何をすればいいの。私ずっと立ってるの無理よ」
「大丈夫です、『財布の透視』を使ってスリや現金での贈賄を摘発するんです。
監視対象が動かなければ、座り仕事でもできますよ」
警備会社にふさわしい康子の能力の使い道だ、嘗て彼女が歩んだ道と真逆の、正業。
「私ね、何回も『人様のお役に立ちたい』って思ってたのよ。丁度つい、さっきも」
黒木は彼女の返答を固唾をのんで待つ。
「その会社は、そういう会社かしら」
「はい、自信をもって断言できます」
「わかりました、黒木さんに助けていただいたこともありますし、御受けさせて頂きます」
よし、これで衣川会が「警備会社」から「特殊能力警備会社」にすることが成功した。
これで特能省民生、経済部門が衣川を守る法的根拠が出来た。
法的根拠なき解散と根拠のある支援では、明らかに後者のほうが筋が通る。
滝は書類を書き上げた。
公証役場等の認可が必要な所は、滝の上司が全て押さえたらしい。
だが、滝が書き上げたのはあくまで衣川会の企業化の書類であって、特能企業ではない。
次のステップは黒木の十八番だが、その前に状況を報告するため水野に連絡を入れる。
<で警備部の伏魔殿をぶっ壊す銀の弾丸は出来たか>
いつになく、比喩的でどこかファンタジック……水野は盗聴を警戒している。
<えぇ、ランチェスター大聖堂の十字架を溶かして作りました>
黒木もそれに応じる、特能省職員間の連絡を盗聴できるのは情報局だ、
情報局は中立だと思っていたが……
<そいつはいい。ブラムストーカーが読みたい気分だ、だが最近疲れ目でな>
恐らく、企業に必要な書類、特能企業化に必要な書類を送れと命じているのだろう。
だが、物理的に運搬する手段はない。
<だから、眼鏡を買ったんだが、デカすぎた。お前からでも見えるぜ>
黒木は窓から身を乗り出す、つうと催涙ガスの辛い匂いが鼻を刺す。
空を仰ぐと、低空で旋回する武装ドローンを発見した。
色は茶色に緑の迷彩日の丸、つまり陸上自衛隊。
自衛隊は民生、経済部門の味方に付いたはずだ。
<なるほど、良い眼鏡ですね>
<そうだろ、そいつに向かってブラムストーカを見せてくれないか>
黒木は水野に応じ、ゆっくりと一枚一枚が見えるように書類をかざす。
下では殴り合いの喧騒が広がる中で、紙を天に捧げる黒木の姿はどこか宗教じみていた。
<よく見えた。この訳、少し間違っている所があるが許容範囲だ、僕の脳内で補ったよ。うーん、ちょっと足りないんじゃないか。俺が書いてみるか、5分待て>
水野は特能関連企業として認定するのに必要な書類を自前で用意するという。
今回改めて元上司の機動力に驚かされる。
<ありがとうございます、お願いします>
黒木は電話であるにも関わらず、首を垂れる。
<だが、悪いことに警備局は氏家を何が何でも『ビニールハウス』送りにしたいらしい。
『今朝消したゴミで組の犯罪行為の抹消』を行ったといって、口実をたてやがった。
たぶん時間はない、こっちの騎兵隊が向かってる。だからお前の所で『緊急保護』しろ>
水野はさっきまでの周りくどいしゃべり方を改め、素早く支持を飛ばす。
ただ、騎兵隊の意味だけは解らないのだが。
『緊急保護』っていっても、どうすればいいのだろうか……
今や氏家は機動隊に守られていいる。
保護、緊急、ああそうか。
特能省でいう『緊急保護』か。
「氏家さん、これ持っててください」
黒木はボールペンを入れたビニール袋を氏家に手渡す。
「お、おう」
氏家があたりまえだが、当惑する。堅気に物を持てと指図させるなんて経験が少ないのだ。
「ゴミ箱に投げてください」
氏家はその指示に従い、ゴミ袋が箱に入る。
ゴミ袋がスチールの箱の底に触れた瞬間消失する。
「あぁ、それはゴミじゃなかったのに!まだ使えたんですよ、あのボールペン。
氏家さんあなたの能力は暴走しています」
黒木は演技っぽく訴える。
「よってこれより、東京都特殊能力者生活相談室の元で『緊急保護』します」
黒木は相談室手帳を手に取り、承認を求める。
30秒ほどの後、決済が下りた旨を立体フォログラフィが映し出す。
『特殊能力者氏家敦夫の能力暴走を確認、保護施設への移送を承認』
一同はこの茶番をぽかんとした顔で見つめている。
「保護もなにも、今その真っ最中じゃねぇか……」
三沢は呆れかえった声を出す。
「ハハハ、相談室より機動隊の方が力不足ですか。それに移送ってどうやって」
大隊長は何かあると確信したようで、嫌味っぽくなく笑う。
「上司から『騎兵隊』が来るからそれまでに緊急保護、つまり身柄を管轄下におけと」
黒木が説明する、がヤクザ、マルボウ、機動隊、相談室で理解している者は居るのだろうが。
「言葉足らずだなぁ、黒木。緊急保護というのは能力の暴走、変調等を来した特殊能力者を
一定の期間、保護施設に入れて落ち着くまで監視したり職業訓練する制度です」
滝がよどみなく補足する。
「じゃぁ、オレァは軽いムショ送りって訳か」
氏家がげんなりと肩を落とす。
「なんもしてねぇのにチョウエキは辛いなァ。申し訳ねぇオヤジさん」
「いや、氏家、奴は職業訓練をすると言っておったぞ。お前はこの衣川会を盛り上げる為、精進するんだ、いいな。出所の暁には組長、じゃねぇ社長の座はやるよ」
「オヤジさん……」
氏家は跪き、頭を下げる、額が地面につかんほどだ。
三沢はしゃがんで氏家の肩を叩いてやる。
「だが、その保護施設の場所は知らねぇんだがよ、本当に大丈夫なのか」
植山が黒木を睨む、口外に結局特能省にいいようにされることへの危機感があった。
「大丈夫、だと思います。民生部門管轄の組織で刑務所よりも職業訓練場にちかいっすね」
普段の口調を取り戻した滝が補足する、がどこか苛立たし気に貧乏ゆすりをする。
「『地獄』と呼ばれてますが、これはあくまで防諜用らしく……結構快適っていう話が。
ただ、僕自身が見たことないので、詳しいことはわからないんですよ」
人権派の滝だから、当然軽犯罪や過失を犯した能力者を収容する施設を見たいのだろう。
快適であるという噂と、『地獄』という名前のギャップが滝を不安にさせている様だ。
「『地獄』なら問題ねぇ、アッシはお天道様に申し訳が立たねぇことはしてねぇ。
閻魔様の一極卒として名一杯働かせてもらいやす」
心配そうな滝を気遣ったのか、氏家が冗談を抜かす。
「そうだな。跡取りが地獄で修行して戻ってくるなんて、俺はなんて幸運なんだ」
三沢もガハハと笑いを笑い飛ばす。
「しかし、これだけ囲まれてどうやって輸送するんでしょうね」
後藤は作戦地図を睨む、が大した思いつきも浮かばないのか肩を落とす。
「ふむ、『これだけ』しか囲まれてないのかもしれませんよ」
大隊長は意味深げに指揮棒でぐるりと円を描く。
シュルルルルルル
突如として空をつんざくエンジン音が炸裂する。
素人でもわかる、複数機のヘリだ。それもかなり低空飛行。
向かいのビルの影からヘリコプターが姿を現す。
ヘリは窓から身を乗り出した黒木の頭上でホバリング、黒木の髪をなぎはらう。
見回すとほかにも何機かからなる編隊の様だ。
どのヘリは茶色に緑、日の丸が付いている。自衛隊だ。
頭上のヘリから縄が下ろされ、一人の隊員がそれを伝って事務所の壁に張り付いた。
「相談室の黒木さんですね。労働推進室からの依頼で特殊能力者保護に参りました<騎兵隊>です」
ヘリの爆音に掻き消されないよう彼は必死に叫ぶ。
これが水野の言ってた『騎兵隊』か、これなら警備部も対策局も手出しが出来ない。
「氏家、相談室、滝の5名を輸送せよとの命令です。以上の方は準備してください」
氏家が窓辺によると、宙づりの隊員が彼に縄をかけ引っ張り上げる。
「オヤジさん、あっしが戻ってくるまでご健勝で」
空中へ引っ張られながら、氏家は三沢に叫んでいた。
「おう、いつまでも待ってるからな、もうヤクザじゃねぇから出所祝いも盛大にしてやる」
三沢は軽く手をあげ、それにこたえる。
それからはするすると事は進んだ。
というか警備部が迫っている中ヘリで一人一人吊り上げるのは大変だ。
最後に黒木は引っ張り上げられる番になった。
普通のビルの高さへと昇っていくのは結構怖い。
生々しい高低感がある、落ちた時が想像できるのだ。
黒木は、どうにかこうにかヘリに乗り込んだ。
大きく見えたヘリの中は、意外とぎっしりと人が詰まっていた。
最後の黒木が乗り込んでもヘリはホバリングし続けた。
輸送ヘリだけかと思っていたが、意外にもミサイルを積んだ攻撃ヘリが隣にいた。
かなり、いやそれ以上に事態は深刻でカゲキで、同時に裏での密約が絡んでいるらしい。
バシュウ、バシュウ。
この騒動で一回も耳にしてない音が鳴り響く。
隣の攻撃ヘリが機種の向きを変えながらまんべんなくロケット弾を発射する。
途端に眼下の街一面が真っ白い霧でおおわれる。
「アタッカー1、2 IRスモークロケット散布完了」
無線機から声が漏れる。
「こちらミラーボール了解、能力を発動する」
黒木は、隣にヘリコプターに黒木自身がいるのが見えた。
お互い扉は開かれたままでなかはよく見える。
黒木が右手を挙げると、向こうも右手を挙げた。




