第八話 紅色と朝。
朝の五時に目が覚めた。
正確に言えば、昨日ベッドに入ってから、およそ二時間置きに目が覚めていたのだけれど。寝た気が全くしない。学校に行く日でさえ、少なくともあと一時間は眠れる。
パジャマのまま一階におりて、顔を洗う。
父も母さんもまだ寝ているようだったから、三人分の朝食を作り、私だけ先に食べた。
『メイクをするな』なんて無理な注文は無視して、歯を磨き、洗顔を始める。
松原くんは『私を変える』と言った。たぶん、『私が仮面に頼らなくても良いように、変えてやる』なのだと思う。つまり、彼の言う『メイクの禁止』は『髪を染めるな』が正解だろう。そもそも(滅多にしないけれど)外出するときは髪を染めず、マスクもつけず、なのである。だから、普段と変わらない。
ただ、目的がデートなだけ……。
肌の調子を整えたら、ファンデーションとチークを薄くつける。頬の色と紛らわしくて、チークをつけるのにはいつもより時間がかかってしまった。
髪は染めないため、気持ち普段より丁寧にとかす。
気付いたら、六時半を過ぎていた。
父の起きる気配を感じながら部屋に戻る。
昨晩さんざん迷って決めたはずの服が気分にそぐわず、着替え終わったのは八時五分前だった。
姿見の前に立つ少女は、仮面の私とは正反対だ。今の私は白色で、俗に言う清楚系を意識している。
――よし、完璧。
家を出たら、松原くんは既に来ていた。
「あっ、藍澤なのか?」
「失礼ね。何か文句ある?」
「冗談だよ。文句なんて全くない。やっぱり綺麗だよ、藍澤は」
褒められているのに、素直に喜べない私がいる。それには恥ずかしいという理由もあるけれど、心の隅に残されたわだかまりが、ひどく私を揺さ振ることにある。
辛い過去ほど記憶に残り、忘れるなんてできない。まるで影のように、それは、私に付きまとう。
「行くぞ、藍澤」
松原くんは私の手を取り歩き出そうとするが、一歩進むと動きが止まった。
私が立ち止まっているからだ。
「どうした、忘れ物か?」
「ねえ。行くって、どこに?」
いつもマスクをしていて、誰も素顔を知らないだろうけれど、同じ学校の人と遭遇するのだけは避けたかった。有名人の松原くんと一緒にいたら、少なからず注目を浴びるはずだから。
でも彼は、
「着いてから教えてやるよ」
再び歩き出す。
しぶしぶ私も諦める。
こうして、私の初めてのデートは始まった。
私は一生、『恋に恋することしか許されない』のに。
こんにちは、白木 一です。
今回は合併号(風)ということで、二話投稿いたします。
まとも? な後書きは次話でいたします。