第七話 過去と未来への招待状。
『明日、デートするから家にいろ』
学校からの帰り道、私の家の前で、唐突に告げられた言葉。
裏門で待つ松原くんと、私の家までの、およそ三十分間の道のり。私が口を開くことはほとんどない。松原くんが話すことを黙って聴いているだけ。口を開けば、言葉と一緒に強い自分が抜けてしまいそうで、怖くて何も話せない。
松原くんの彼女になって変わったことといえば、アドレス帳の名前が一人増えたのと彼と一緒に登下校をすることくらい。だから、毎日の生活に大きな変化はないと思う。
私を気遣っているのかは知らないけれど、始業式以来、松原くんが学校で話しかけてくることはない。松原くんに恋人ができたとの噂もない。
恐れていた事態は今のところ起きていないようだった。ただそれは、今じゃないというだけでいつかは訪れてしまう。身をもって知った私は、痛いほどに、自覚している。
友達。恋人。他人との繋がりより面倒なものなんてない。
告白から一週間ほど経ったある日、松原くんの様子がおかしかった。いつも(いつもおかしいとは思うけれども)なら、しつこいぐらいに話しかけてくる彼が、この日は少し――いや、かなり様子が違った。
まず、口数が少ない。その上、天気の話しかしていない。今日は雲が多いなとか風が涼しいとか明日は快晴だとか。正直言ってどうでもいいのに、同じような話を延々繰り返している。
そして、挙動が不審。頬を掻いたり前髪をいじったり、落ち着きが全くない。隣でずっともじもじされて、鬱陶しいことこの上ない。
帰り道のほとんどがそんな調子で、天気の話は今日と明日についてしか言わないし、もじもじは止めないし、イライラが溜まっていく。何度か切れそうになったときもある。そこは理性で堪えたけれど……。
私の家から百メートルもないところまできてようやく、松原くんは天気以外の話を始めた。
「藍澤、明日は暇か?」
無視しようかとも思った。でも、松原くんの真面目な顔を見て答えることにした。
「いつも土日は家にいて、勉強してる」
外出さえ滅多にしないのだから学校以外は家にいるだけだし、スマホをいじるか勉強するかくらいしかやることがない。勉強と言ったのは半分みえだ。
松原くんはそうかと呟いて、それきり黙ってしまった。
家の前に着いても彼は黙っている。
じゃあ、と言って扉に伸ばした手が、松原くんにつかまれる。彼の手は武骨で、力強くて、熱くて、汗でべちゃべちゃだった。
「明日、デートするから家にいろ。ただし、メイクもマスクも禁止な。八時に迎えにいくから」
松原くんはそうまくし立てると、あっという間に帰っていった。
玄関に取り残された私はポケットからハンカチを取り出し、彼の汗をぬぐうことに、しばらくの時間を費やすのだった。
こんにちは、白木 一です。
デート編開幕となります!
それと、章ごとのタイトルも付けました。
お母さまのキャラが好きなのですが、この章の間は、全く出番をつくれません……。
少女趣味な母親に憧れがあります、ヲタク的趣味に理解を示してくれそうで。
では(何がでは、なのだろう?)、次回もよろしくお願いいたします。
白木 一の黒歴史が、今、始まる。