第二話
「お前が藍澤か? ちょっと顔、貸してくんない?」
唐突に、松原くんはそう言った。
クラス替えの興奮が覚めやらない教室の、窓際の一番前。彼に話しかけたそうな女子がたくさんいる中で、わざわざ松原くんは、私の席にやってきた。
松原亮介、校内屈指のモテ男。どれくらいモテるのかというと、こんなご時世にファンクラブが出来てしまうほど。それも、入学して一ヶ月も経たないうちに、だ。勇気を出して私に布教してきた人たちも一年生のときにはいたけれど、軽くにらんだら逃げていった。
まるでアイドルであるかのように、彼に群がって、周りの迷惑も考えずに黄色い声をあげて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。はっきり言って興味はないし、巻き込まれるのも迷惑でしかない。そういうことは他所でやってほしい。
客観的に見てかっこいいと言えなくもない顔立ちをしているし、女子たちに人気がある理由は理解できる。だけど、理解できても、私が馬鹿騒ぎに加わる理由にはなってない。
放っておいてほしい。無視してほしい。いない人間として扱ってほしい。繋がりなんていらない。友達なんていらない。ましてや恋人なんて……。
とにかく、そういう勘違いをするほど私は馬鹿じゃない。周囲を刺激しないよう、素っ気ない態度で返す。
「私が藍澤だけど、何の用? 話があるならここで済ませて」
恨みがましい視線を複数感じるが、無視。
「別にいいけど……。藍澤に迷惑がかかるかもしれないぞ」
迷惑なら、話しかけられた時点で被っているというのに。何を躊躇する必要があるのだか。
もしかして、今から告白でもするつもり? クラス替え初日の、しかも衆人環視のこの中で? 私への迷惑と言われても、そういうことくらいしか思いつかない。断っておくけれど、脳内お花畑な誤解でも勘違いでもない。彼に気のある女子が監視していることを理解した上での迷惑で、女子にモテることを自覚した上での提案。
何か、いけ好かない。が、それは確かに迷惑で、とても面倒ではある。抜けがけ──とでも言うのだろうか。学校生活を送る上での、面倒で守られるべき絶対的ルールの一つ。
目立ちたくないから目立たせているのに。こんなことで、私の努力が全て無駄になってしまうなんて、冗談じゃない。
「わかった。話があるなら今日の放課後、屋上まで来て。遅かったら帰るから」
窓の外を眺める振りをして、彼にだけ聞こえる声で告げる。こういうとき、マスクは便利だ。
「えっと、分かった」
……相手も協力してくれないと、隠した意味がなくなるのだけれど。
チャイムが鳴り、松原くんは自分の席に戻っていった。一番前に座る私は、怒りと嫉妬とその他もろもろの視線の集中砲火を浴びていた。
勘違いしないで。私にそんな気は、一切ないから。
私が誰かを好きになるわけなんてないのだから。
麗らかな日の光が降りそそぐ屋上で、松原くんを待っていた。時折吹く暖かい風が、私の髪をそっと撫でる。
風が一瞬強くなったかと思うと、彼が屋上に現れた。
松原くんは扉を閉め、鍵をかけると、
「ちょっと手荒なことするけど、勘弁な」
まっすぐ私に向かってきた。
言葉の意味を理解する前に、松原くんは手を伸ばす。耳に彼の指が触れる──も、その指はすぐに離れた。
彼は、マスクを取った。
私を守ってくれる、隠してくれるマスクを剥ぎ取った。
「えっ⁉」
マスクを奪われ、私はとっさの出来事に固まってしまう。
「やっぱり、綺麗だ」
誰かの声がした。嘘だ、誰かじゃない。目の前の、松原くんの、声だった。
不意に頭がくらくらして、視界が歪み始める。立っていられない。風邪を引いたのかもしれない。でも、顔を隠す方が大事だ。
マスクをつかもうと手を伸ばしたとたんに、景色はぐるりと反転し、真っ暗になった。
こんにちは、白木 一です。
やっぱり短いと違和感がありますが、遅筆な私にとっては楽です。この方法、もっと使っていこうかしら。
内容が恋愛小説ですし、週刊連載の少女漫画と似たようなものとして、読んでいただけたら良いかと思います。
今回はこのあたりで、失礼いたします。