結局はシスコン。
蘭さんを初めて知ったのは中学二年生の秋頃。まだ仮面を被らず、彼女とも普通の友達だったときのこと。彼女と行った本屋で、その雑誌を見つけた。
彼女がレジにいる間、私は平積みされていた雑誌の表紙を眺めていた。当時は自分がどう見られているのかに全く興味などなく、おしゃれには割と無頓着だった。今もそこまでこだわりはないけれど。買う気も読む気も一切なしで、ほんの暇つぶしにそれらを眺めていた。
どれも似たような笑顔をしたモデルや芸能人が並んでいて、テレビで見たことがあるかないかの区別しかできなかった。その中でたった一人、私の目に留まったのが蘭さんだった。
まだテレビには出ていない頃で、表紙に書かれた名前を見ても誰だろうとしか感じない。それでも何かが気になって、つい買ってしまった。
彼女は珍しいねと笑っていた。
『松之葉蘭』というモデルに割かれた誌面は七ページ。多いのか少ないのかはよくわからないけれど、どのページを開いても、そのモデルは輝いていた。裏表のない無邪気な表情をしていた。心から笑い、喜び、楽しんでいるように感じられたのだ。
取り柄も熱中できるものも持っていなかった私には、あまりにも眩しい輝きだった。
私は『松之葉蘭』の輝きを羨み、憧れを抱いた。『松之葉蘭』の特集が組まれていれば、その雑誌は必ず買い、何度も、何度も、読み返す。写真を超えて伝わる輝きに私は酔いしれていた。
あの出来事が起こり、周囲の視線がひどく気になりだしても、『松之葉蘭』の輝きは私の支えになっていた。曇りを知らなさそうなその輝きは、不思議と心を落ち着かせてくれた。彼女の湿った笑みを忘れさせてくれた。
十六年の人生で唯一、私が夢中になっている生きがいが『松之葉蘭』なのだ。
しかし、私が気付かなかっただけで、『松之葉蘭』、いや、蘭さんにも陰があった。
若くして父親を亡くし、仕事で忙しい母親の代わりに弟の面倒を見る。学校に通いながら仕事をこなし、弟の学校行事にも参加する。中学生の、今の私よりも幼い少女が。
高校生の私でも、そんなことは不可能だと思う。学校生活さえ上手くいってないのだから。
心に陰を抱えながら、どうして蘭さんは輝けるのだろう。何が蘭さんを輝かせているのだろう。
その答えを知ったとしても、おそらく私に理解することはできない。私と蘭さんでは生き方が違うのだから。それでも私は蘭さんについて、もっと知りたいと思っている。
いつの間にか、『松之葉蘭』の輝きよりも、松原蘭という一人の女性に興味を持っていた。
私がいくら願っても蘭さんにはなれない。それに気付いた今では、この感情を憧れとは呼べない。なれないとわかっているものに憧れても意味がない。
では、この感情は何か。
憧れを超え、私は蘭さんが好きなのだ。眩しい笑顔が、陰に負けない強さが、幼さが、優しさが、全て引っくるめて好きなのだ。
世間から見れば変わっていると思われるだろうけれど、それこそ亮介くんと同じくらいに、私は蘭さんが大好きだ。
亮介くんと一緒にいられるのは嬉しい。でも、蘭さんとも仲良くなりたい。芸能人ではない松原蘭さんとも、何気ない話をしたい。
私はこの思いを、蘭さんへの想いを、亮介くんにはっきり伝える。
「私はずっと蘭さんに憧れていたの。蘭さんみたいに心の底から笑える人が、羨ましいと思ってた。夢中になれることが何もなかった私にはわからない、とても遠い存在だったの。
でも、蘭さんには蘭さんなりの、私とは違う悩みがあった。気付かなかった私が鈍いのか、蘭さんの心の強さが隠していたのか、私は蘭さんの外側だけを見ていたんだと思うと恥ずかしくなった。私と蘭さんは違う人間だから、私は蘭さんにはなれない。憧れてもムダなんだって気付いた」
「それが、紅葉の答えか?」
横目で見た蘭さんは、微笑んでいた。紅葉ちゃんが決めたことならしょうがないと、あきらめているような哀しい笑顔。今の私ならわかる。蘭さんを、理解したいと思っているから。
亮介くんの言葉を否定して、私は続ける。今度は蘭さんに向けて。
「憧れなんてどうでもよくて、私は蘭さんのことが好きなんです。松原蘭さんと、もっとお話して、仲良くなりたいんです。亮介くん、これが私の答え」
私を見下ろす亮介くんは、険しかった顔を崩して言う。
「いやー、自分で振っといてなんだけど、紅葉が姉ちゃんを嫌いじゃなくてよかったよ。大切な家族を否定されるのはキツイからさ。よかったよかった。てなわけで姉ちゃん、これからは紅葉と仲良くしてもいいからな」
柑橘系の香りが一際強くなった。
蘭さんは泣きながら私の髪に触れ、
「紅葉ちゃん、ありがとう……。おねいちゃん感動した……。今日から紅葉ちゃんは私の大切な友達。ううん、妹同然の存在よ。辛くなったら紅葉ちゃんに寄りかかるから、紅葉ちゃんも困ったときは私を頼って? 無理して弱さを抱え込んだら身体が持たないもの。お互いに、弱い自分をさらけだしましょ? 虚勢を張って強い自分を演じるのも、かなり疲れることだしね」
そして、弟を睨んだ。
「二人で女子会するから、亮介は三時間ほど帰ってこないでね。もし早く帰ってきたら、亮介がシスコンだってこと、学校中に広めるわよ」
「えっ!? いや、何で? 自分の部屋にいるのもダメなのか!? 俺、姉ちゃんに何かした?」
「もう忘れたの? まあ、覚えていても許す気はなかったから教えたげる。まず、お姉ちゃんに怒鳴った。次に、お姉ちゃんに『口出しするな』なんて罵った。それと、紅葉ちゃんを私から遠ざけようとした。
お姉ちゃんは起こったからねっ。罰として、今日は私が、紅葉ちゃんを独り占めさせていただきます」
頬を膨らませながら怒る蘭さんがかわいい。これだけで、今日亮介くんの家に来てよかったと思う。
「姉ちゃんが勝手に決めるのは違うだろ。紅葉はどうなんだ、俺と一緒にいたくないのか?」
「亮介ずるーい。彼氏の立場利用するなんて卑怯よ。紅葉ちゃん、男の子には話しづらいこともあるよね。今日くらいは女同士、羽を伸ばしましょ」
そんなこと言われたらどちらも断りにくい。亮介くんとは一緒にいたいし、蘭さんともお話したい。どっちもと答えられる雰囲気ではないのが、余計に困る。
でも、今日は、
「蘭さんがいいです。その――お仕事で、次いつ会えるのかもわからないので――」
「やったぁ!」
「ちぇっ。バイト終わりで紅葉に会えるとかラッキー、って思ってたのにな。いいか、姉ちゃん。三時間だぞ。きっかり三時間後には帰ってくるからな」
「遅いのはいいけど、早く帰ってきたら怒るよ」
亮介くんは、また後でと言い残して家を出た。
それからしばらくの間、私と蘭さんは普通の話を、おいしいお菓子を挟みながら楽しんだ。学校生活、毎日の食事、家族についてなど、どうでもいい取り留めのない話を、話たり、聴いたりした。
二人きりになった緊張や恥ずかしさは、ものの数分でなくなり、年上のお姉ちゃんとおしゃべりしているような錯覚に陥っていた。
一人っ子の私は、経験したことのない安らぎを感じた。十六年間この安らぎに包まれてきたのであろう亮介くんが、とても羨ましい。
悩みを忘れ、素の自分で、私は幸せな時間を過ごしたのだった。
――ちなみに、亮介くんが帰ってきたのは四時間半後だった。何だかんだ文句言ってるけれど、蘭さんに甘いよね。亮介くんって。
こんにちは、白木 一です。眠いです。
次回から、ちょっとタイトルの雰囲気変わります。
内容も、モミジいじめられる編になります。
以上でし。
眠いでし。




