偶像の憂鬱。
「松之葉蘭――いい加減にしろっ!」
「すっ、すみませ……ん? 亮介、どうしたの? 怖い顔して」
蘭さんの雰囲気が、私の知る蘭さんのそれに変わる。
しかし、今度は亮介くんの様子がおかしくなった。真っ赤な顔で、彼は本気で、姉に逆上した。
「いくら姉ちゃんだからって、弟のプライバシーを侵してもいいわけないからなっ! 仕事で青春を満足に過ごせなかったとはいえ、姉ちゃんの恋愛の価値観を、俺や紅葉にぶつけるなよっ!」
「先に、女子の気持ちがわかんなーい、教えてくれーって泣きついてきたのは、どこの弟だったかしら?」
「それとこれとは話が別だ!」
「アドバイスしてあげるって私が言ったら、跳び上がって、姉ちゃんありがとうって抱きついたのは、どこのシスコンだったかしら?」
「と、跳び上がってまではいねぇよ!」
……抱きついたんだ。
「とにかく、だ。俺と紅葉は俺達のペースで進んでいく。それを姉ちゃんにとやかく言われる筋合いはない。金輪際、俺と紅葉の関係に口出しするなっ!」
ぴしゃりと姉を拒絶した亮介くんに、蘭さんはたった一言、言い返した。
「嫌よ」
「嫌って何だよ、嫌って! これは、俺と紅葉の問題だろ。どうして姉ちゃんが関わろうとするんだよ!」
どんどん機嫌が悪くなる亮介くんとは対称的に、蘭さんはにこやかに、弟の質問に答える。
「だって、楽しそうだから」
なぜか蘭さんは私の方へと身体を向けた。
「学生時代は学校を休んだり早退したりが多くてね、目立ってはいたけど浮いていたの。友達をつくる時間すらないし、友達だった人たちとは自然と疎遠になっちゃうし。亮介が言った通り、青春の思い出はこれっぽっちもないの」
亮介くんは静かに姉の話を聴いていた。
私を見つめながら、蘭さんは続ける。
「少女漫画や恋愛小説は空き時間に読んでみた。ラブロマンスのドラマに出演したこともある。でも、何かぴんとこないの。恋とか愛とか言葉は知っていても、いまいち想像がつかないのよ。
経験するのが一番なんだろうけど、色々と迷惑かけちゃうことになるから無理。
困ったなぁと思ってたところに、亮介が恋をしたなんて言うじゃない。考えることは一つしかないでしょ?」
「だから、俺と紅葉を観察するために、逐一写真を送れなんて頼んできたのか?」
「そう……。紅葉ちゃんの写真しかなくて、思っていたものとは違ったけど。ツーショットみたいにラブラブした写真が見たかったのにね」
なるほどなと呟き、亮介くんはソファに座った。腕を組み、何かを考え始める。
「それにね、もし紅葉ちゃんが亮介と仲良くなったら、こうして家に来る機会も増えるでしょ? そしたら紅葉ちゃんと話すことができるじゃない。
私には弟しかいないし、仕事場では素の自分を出しにくいから、会話が全く弾まないの。亮介の話を聞いて、紅葉ちゃんに興味が湧いたのもそのせいかもね。本音で話せる友達が欲しかったのかも。さっきのおしゃべりも結構楽しかったしね」
おしゃべりというか……ほぼ一方的に聞かされていただけなのですが……。
「うちの母さんでさえ、姉ちゃんの壊れた姿を見たことはないな」
「そりゃあそうよ。あんな姿、人に見せるものじゃないし。たぶん、二人以外に見せたことないね」
「初対面の人間にあんなに懐いた姉ちゃんは初めてだと思う。そうなると、姉ちゃんのためにも紅葉と姉ちゃんは仲良くなるべきなのか?」
あれが松之葉さんじゃない、本当の蘭さんなのだろうか……。複雑な気持ちになってしまう。嬉しいというより見たくなかったということの方が当てはまる。
憧れの人の普段の様子……。
舞台裏なんて見るんじゃなかった。
私の気持ちを見透かしてか、蘭さんはあっけらかんとして言った。
「余程気を許した人にしか見せないだけで、あれが私の素じゃないからね? 現実と妄想がごっちゃになっていただけなのよ」
「暴走中に自覚ないのが困るんだよな。それよりさ、紅葉は姉ちゃんのこと、どう思ってるんだ? 仲良くなりたい、放っておいてほしい、どうでもいい、とか。紅葉の正直な意見を教えてくれないか」
私の正直な意見。
私が蘭さんをどう思っているのか。
昨日までは、今日蘭さんに逢うまでは、間違いなくそれを憧れだと答えていただろう。
しかし、『松原蘭』としての蘭さんを知り、少なからず蘭さんの言葉を聴けたことで、心に触れられたことで、『松之葉蘭』に抱いていた感情は憧れではなくなっていた――。
こんにちは、白木 一です。
次話で松原姉編終了です。
眠いです。
ネマシュ。




