王子様のつくり方。
「外、暑かったでしょ。ペットボトルのお茶だけど、よかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「そんなにかしこまらなくていいのに」
蘭さんは静かに笑い、机を挟んだ向かい側に腰を下ろした。
「その服、着てくれているんだ。私の見立てが間違ってなくてよかったぁ。似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます……へっ!?」
今、大切なことを聞き逃してしまった気がする。ぼんやりしていたせいでよくわからなかった。
それより、蘭さんが綺麗すぎてどうしたらいいのかわからない。雑誌で見るより百倍も千倍も美人。どんな生活をしたらこんな美しい人ができあがるのだろうか。種族が違うのではないか? いったい何頭身なのだろう?
「着せ替え人形みたいにしちゃってごめんね。写真もたくさん撮られて疲れたでしょう? あれ、私が亮介に頼んだことだから、あの子を悪く思わないであげて」
「…………………………」
信じられない。訳がわからない。
でも、それ以外に考えられない。
私は頭に浮かんだ疑問を、口にせずにはいられなかった。
「あの……、このワンピースや、ミュールを買ってくださったのは、蘭さんなのですか?」
「そうだけど、お金のこととかは気にしないでね。それは感謝の証だから」
お礼をするべきは私の方なのに、なぜ蘭さんが感謝するのだ。
亮介からどこまで聞いてるのかは知らないけれど、と蘭さんは言葉を続けた。
「十年くらい前にお父さんが亡くなって以来、亮介はずっと誰かのために頑張っていたの。家にほとんどいないお母さんの代わりを務めようとしたけど、私には無理だった。料理も掃除も洗濯も、私じゃ何もできなかった。
すると亮介が掃除や洗濯を、お母さんの見様見真似でやり始めて『お姉ちゃんは休んでて』って。小学校一年生で、だよ? 料理は危ないからってコンビニ弁当で賄っていたのも、四年生になる頃には私のお弁当を作るようになってた。」
情けない姉だよ、と苦笑いを浮かべる。
私は蘭さんの話に聴き入っていた。私の知らない亮介くんの過去を、一言も聞き逃さないように。
「でも、親がいないのって結構目立つみたいね。中学校や高校の行事は親がいなくてもどうにかなるのに、小学校は親がいないとそれだけで異常だとされるの。参観日だったり運動会だったり、二分の一成人式なんてのもあったなぁ。
朝早いお母さんのできたことは、運動会や遠足のお弁当作りぐらい。学校行事はほとんど参加できてないんじゃないかな。入学式の写真はあるけど、卒業式にはいなかったし。
家庭訪問や懇談会は中学生だった私が全部行った。考えてみればおかしいよね、当時の亮介の担任は誰も何も言わなかったんだよ?
それにさ、亮介は隠せてたつもりだろうけど、いじめられているのも知ってたのに、担任は一切そのことに触れない。それどころか! 松原くんは友達がたくさんいてクラスの人気者ですよ、って!
見下されていたのかも。中学生だから。
だけど、亮介にはそうやって我慢させておいて、私は中三からモデル活動を始めていて、やりたいことをやって、家事は全て小学生の弟に任せて……。私、母親役どころか、姉としても失格だよ」
蘭さんの声は震えていた。
目の前にいるのはタレントの松之葉蘭ではなく、弟を大切に想う一人の姉、松原蘭だった。
うらやましい。でも、これは、やきもちじゃない。これは憧れだ。私にはまだ、誰かのために一生懸命になった経験がなかったから。
涙が勝手に流れていた。
「えっ、ちょっと!? どうして紅葉ちゃんが泣いちゃうの!?」
私の涙で余裕を失くした蘭さんが、混乱であたふたし始めた。
しばらく泣いて落ち着いた私に、蘭さんがティッシュを差し出した。目元を拭ったそれで鼻をかみ、記憶をたどる。
「……少し前に、亮介くんが言ってました。『俺はずっと姉ちゃんだけを頼りにしてきた』『姉ちゃんは俺の姉で、母親でもある』って。だから……、蘭さんは亮介くんにとって大切な存在なんです。失格なんかじゃありません」
自分でもらしくない言葉だと思う。年上の人に、憧れの人に、私は何を言っているのだろう。
けれど私は知っている。勘違いのすれ違いが生むのは、悲劇だけなのだ。亮介くんにも蘭さんにも、あんな思いをしてほしくない。
「ありがとう」
私が男子に生まれていたら一目で恋に落ちたであろう、かわいくて無垢な笑顔だった。そんなことを言いながらもドキッとしたし、好きだけれど。
「私まで紅葉ちゃんに助けられちゃったね。大人なんだから、しゃんとしないといけないのに。恥ずかしいな。感謝の言葉すら見つからないよ。ありがとうじゃ、全然足りない」
「そんなことないです。私は何もしてません。感謝される理由なんてありません」
滅相もない。私は人に感謝されるほど、出来た人間じゃない。
そもそも亮介くんに招かれたはずが、どうしてこんな状況になっているのだ。彼は何をしているのだろう。
蘭さんと二人きりになって、お話して、これは私の夢なのだろうか。
「夢みたいな話だよね」
「はい?」
「亮介と紅葉ちゃんが出逢い、同じ高校に入学して、一年後には同じクラス。二人とも、ううん、私もか。心に傷を抱えているけど精一杯に取り繕って隠そうとしていた。その上、紅葉ちゃんは亮介と私を癒やしてくれる特効薬。こうして私達が出逢えたことが、本当に夢みたい。奇跡だよ」
「私のことを買い被りすぎです。私は蘭さんのように、誰かに影響を与えられる人間ではないです」
蘭さんは首を横に振った。
「紅葉ちゃんに出逢うまで、亮介は今より頑固で卑屈だったの。高校デビューってやつね。春休みに、バイトから帰ってきたと思ったら、『スタイリストさんかヘアメークさんを紹介してくれ』だとさ。」
少し引っかかる。亮介くんの話と違う気がする。いじめに屈しないために、彼は変わろうとしたのではなかったのか。
その違和感は、蘭さんの次の言葉で打ち消された。
「驚いたわ。滅多に私を頼らない亮介の、人生で二度目のお願いなのよ。初めてのお願いは小学生のときの『アイドルになりたい』発言ね。モテたいの? って訊いたら、『学校中の人気者になりたい』って答えて。
あのときは、テストで満点取り続けたらなれるよ、なんて言ったかな。満点なら目立てるだろうし、将来いい仕事に就こうと思ったときに役立つかもしれないとか考えたりして。適当なでまかせだったのに、意外と上手くいったみたい」
「それで、二度目のお願いの理由……とは?」
「知りたい?」
突然、蘭さんの声がいじわるになった。新しいおもちゃを見つけた子どものような、無邪気で危うい笑みを浮かべている。
「どうしても知りたい?」
私の意志を試したいのか、同じ質問を繰り返す。
ずるい。そんな尋ね方をされたら、是が非でも知りたくなってしまう。
彼女の言葉を正しいと思いたくはないけれど、かわいいは罪だ。
私はためらいなく口に出した。
「教えてください。どうしても知りたいです」
こんにちは、白木 一です。
久しぶりに長めです。
現在レポート用紙ストックの三十五話目を書いているのですが、こちらも会話多めの、松原姉回です。
松原姉、意外にも私と似ていてびっくりしました。
似ている部分が出てくるのは次話になりますが、暴走してます。おねいさん。
脳内お花畑、恋愛脳の痛い気100%な私の書いた『モミジ、色づく。』これからもよろしくお願いいたします。




